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7、春の学院生活
70、紅薔薇は踊りて婚約破棄とやらを尊重せよ、ウェアュクト
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王太子が自主的に位を返上し、行方を晦ました。第二王子は婚約破棄――、
そのゴシップに、国の内も外も蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
学院内部も、然り。
エリック王子は「書類上破棄しただけで、オレたちの関係は変わらない」と主張しているが、次期王位に最も近いという事実もあって一挙一動が憶測を呼び、下心からの接近を誘い、周囲には常に人だかりが築かれている。
ネネツィカも同情めいた眼やザマァと言いたげな眼に晒され、フリーになったならと言い寄る学生も出没していた。
「イベントが進んだのかな」
ヘレナが首を捻っている。
「ゲームと違う……ような?」
歴史の講義では、相変わらずアッシュが最前線で熱心な姿をみせていた。エイヴンは落ち着きのない講義室に笑顔で現れて、「政変が気になるのはわかるけど、講義するよ?」と板書を始めた。
「ここ、テストに出すからね~」
カツカツという硬質なチョークの音が日常感を漂わせて、学生たちは必死にメモを取った。
「エリック様、ランチタイムはまた皆で学食に参りませんか」
「ああ……」
エリック王子は取り巻きに囲まれて、頷いた。
『お前だって散々やっているだろう? 権力は振りかざすものなんだ』
『学院の中でも権力振りかざして、王子様って本当にバカだね!』
二つの声が重なって心の中で蘇る。
「席を確保して参ります!」
そう言った取り巻きの声が聞こえて、エリック王子はハッとした。
「いや、他の学生の迷惑になるだろう。学食はただでさえ混むようだから」
視線の先に、寮がある。エリック王子はキュアリアス寮に所属する少年の眼を思い出した。
エリック王子は兄を思った。
去り際の言葉を想った。
巻き込む、とか、脇役、とか言っていた。何度思い出しても、意味が全くわからない。けれど不思議なことに、いつもみたいに相談をして、その意味をティーリーに問う気は起きなかった。
「大変なことになったね」
自然に取り巻きに混ざっていたクレイが話しかけてきたから、エリック王子はするりと視線を背けた。明らかな無視に取り巻きたちがひそひそしている。いつもなら、微妙な微笑みでも浮かべて何処かに行くところだが。
「きみがぼくを無視するようになった理由、言える? ぼくが無視される理由、何?」
クレイは少し棘のある口調で絡んで来た。家の教育もあって、柔和な態度を取る事が多い少年にしては珍しいーー皆がざわりとして、エリック王子もぎくりとした。
「……」
居心地の悪い視線がしばらくエリック王子を見て、ため息をついた。
「まあ、いいや」
何かを諦めたように言って、友が去っていく。
「あ」
何かを言いかけて、エリック王子は静止した。
諦めるのに慣れている、そんなクレイの気配が自分に近いように感じたのを覚えていた。だから、気が合っていた。
――そうだ、『友』だ。
エリック王子は取り巻きを分かつようにして廊下を歩いていくクレイを友だと思っていた自分を思い出した。
(友達だったじゃないか)
そして、疑念を抱いた。
――それなら、今さっきまでは『何』だったのだろう。
『何』だと思っていたのだろう……?
――『エリック先輩は目がフシアナだなあ』
デミルの声がリフレインする――自分の置かれた状況も、過去の自分自身も、今現在の自分も、全くわけがわからなかった。
◇◇◇
クロがひょこりひょこりとそんな学院を散歩して、講義室にいる少女の机で丸くなる。
「あら」
「クロちゃん!」
ネネツィカとヘレナが周囲をそっと確認した。
「他の学生には、視えないようにしてるよ」
暇だったから、どんな顔で講義してるのか見に来たんだ。そう呟いたクロの視線の先で、先生はカツカツと音を響かせていた。
「537年の南西地方の少数民族との戦いは、『ゴミな』と覚えると覚えやすいぞ~」
のんきな声にペンの音が重なる。
ネネツィカはノートにエイヴンの顔をラクガキして、吹き出しをつけて『ゴミな』と言わせた。
「先生、質問いいですか」
講義が終わるとアッシュがエイヴンに駆け寄って、なにやら熱心に話し込んで笑顔を見せている。
「ありですわ」
「うん」
何が、とは言わず萌えを呟く二人であった。
◇◇◇
紅薔薇の派閥貴族たちのうち、いわゆる過激派――王甥を玉座につけようとする一派は気勢を上げていた。
「これは夜の導きというものだ、第一王子が自ら継承筋から脱落しよった」
「亡き姫のご意向や天運にて示されき。すなわち、無念を晴らせと」
――おお、盛り上がっている。
カルロ・エクノはいつものように王甥クレイのそばで気配を殺すようにして控えていた。
クレイ本人はというと、語学の本に夢中である。或いはそのふりをしているのか。
「カルロ」
小さな声で名を呼ばれて、カルロはどきりとした。名前を覚えてもらえたらしい。
「なんでしょうか? ……クレイ様」
郷に行っては郷に従えという言葉がある。カルロはこの時一瞬だけ、クレイをどう呼んだものか迷った。そして、その末に学院と同じように呼んだのだった。
「あれなる者たちは、うぇぁゅくと と表現する」
得意げに覚えたての単語を披露する声に、カルロは目を見開いて周囲を探った。幸い、他の者には聞かれてはいないようだった。
「それはエインヘリア語のスラングですね、みだりに口にする単語ではありません」
コソコソとたしなめれば、クレイは面白がるように小声でもう一度「ウェアュクト」と呟いて――どうもスラングが気に入ってしまったようだった。
「メルギン伯、ぼくは思うのだ。ぼくは、王家の忠臣である。シリル殿下が王太子の立場で無理やり通した婚約破棄とやらは、尊重されてもよいのではないだろうか。つまり、エリック殿下の側が『婚約破棄は無効』って言っても『有効です』と申し上げたい」
父に報告する内容をカルロが考えていると、クレイがメルギン伯にそんなことを言っているので、カルロはぎょっとして二度見した。
「そもそも、婚約者はユージェニーがなるはずだったのだ。あの子は婚約者を伴うエリック殿下に懸想しつづけていて、ぼくは見るたびに胸が痛むのだ」
そのゴシップに、国の内も外も蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
学院内部も、然り。
エリック王子は「書類上破棄しただけで、オレたちの関係は変わらない」と主張しているが、次期王位に最も近いという事実もあって一挙一動が憶測を呼び、下心からの接近を誘い、周囲には常に人だかりが築かれている。
ネネツィカも同情めいた眼やザマァと言いたげな眼に晒され、フリーになったならと言い寄る学生も出没していた。
「イベントが進んだのかな」
ヘレナが首を捻っている。
「ゲームと違う……ような?」
歴史の講義では、相変わらずアッシュが最前線で熱心な姿をみせていた。エイヴンは落ち着きのない講義室に笑顔で現れて、「政変が気になるのはわかるけど、講義するよ?」と板書を始めた。
「ここ、テストに出すからね~」
カツカツという硬質なチョークの音が日常感を漂わせて、学生たちは必死にメモを取った。
「エリック様、ランチタイムはまた皆で学食に参りませんか」
「ああ……」
エリック王子は取り巻きに囲まれて、頷いた。
『お前だって散々やっているだろう? 権力は振りかざすものなんだ』
『学院の中でも権力振りかざして、王子様って本当にバカだね!』
二つの声が重なって心の中で蘇る。
「席を確保して参ります!」
そう言った取り巻きの声が聞こえて、エリック王子はハッとした。
「いや、他の学生の迷惑になるだろう。学食はただでさえ混むようだから」
視線の先に、寮がある。エリック王子はキュアリアス寮に所属する少年の眼を思い出した。
エリック王子は兄を思った。
去り際の言葉を想った。
巻き込む、とか、脇役、とか言っていた。何度思い出しても、意味が全くわからない。けれど不思議なことに、いつもみたいに相談をして、その意味をティーリーに問う気は起きなかった。
「大変なことになったね」
自然に取り巻きに混ざっていたクレイが話しかけてきたから、エリック王子はするりと視線を背けた。明らかな無視に取り巻きたちがひそひそしている。いつもなら、微妙な微笑みでも浮かべて何処かに行くところだが。
「きみがぼくを無視するようになった理由、言える? ぼくが無視される理由、何?」
クレイは少し棘のある口調で絡んで来た。家の教育もあって、柔和な態度を取る事が多い少年にしては珍しいーー皆がざわりとして、エリック王子もぎくりとした。
「……」
居心地の悪い視線がしばらくエリック王子を見て、ため息をついた。
「まあ、いいや」
何かを諦めたように言って、友が去っていく。
「あ」
何かを言いかけて、エリック王子は静止した。
諦めるのに慣れている、そんなクレイの気配が自分に近いように感じたのを覚えていた。だから、気が合っていた。
――そうだ、『友』だ。
エリック王子は取り巻きを分かつようにして廊下を歩いていくクレイを友だと思っていた自分を思い出した。
(友達だったじゃないか)
そして、疑念を抱いた。
――それなら、今さっきまでは『何』だったのだろう。
『何』だと思っていたのだろう……?
――『エリック先輩は目がフシアナだなあ』
デミルの声がリフレインする――自分の置かれた状況も、過去の自分自身も、今現在の自分も、全くわけがわからなかった。
◇◇◇
クロがひょこりひょこりとそんな学院を散歩して、講義室にいる少女の机で丸くなる。
「あら」
「クロちゃん!」
ネネツィカとヘレナが周囲をそっと確認した。
「他の学生には、視えないようにしてるよ」
暇だったから、どんな顔で講義してるのか見に来たんだ。そう呟いたクロの視線の先で、先生はカツカツと音を響かせていた。
「537年の南西地方の少数民族との戦いは、『ゴミな』と覚えると覚えやすいぞ~」
のんきな声にペンの音が重なる。
ネネツィカはノートにエイヴンの顔をラクガキして、吹き出しをつけて『ゴミな』と言わせた。
「先生、質問いいですか」
講義が終わるとアッシュがエイヴンに駆け寄って、なにやら熱心に話し込んで笑顔を見せている。
「ありですわ」
「うん」
何が、とは言わず萌えを呟く二人であった。
◇◇◇
紅薔薇の派閥貴族たちのうち、いわゆる過激派――王甥を玉座につけようとする一派は気勢を上げていた。
「これは夜の導きというものだ、第一王子が自ら継承筋から脱落しよった」
「亡き姫のご意向や天運にて示されき。すなわち、無念を晴らせと」
――おお、盛り上がっている。
カルロ・エクノはいつものように王甥クレイのそばで気配を殺すようにして控えていた。
クレイ本人はというと、語学の本に夢中である。或いはそのふりをしているのか。
「カルロ」
小さな声で名を呼ばれて、カルロはどきりとした。名前を覚えてもらえたらしい。
「なんでしょうか? ……クレイ様」
郷に行っては郷に従えという言葉がある。カルロはこの時一瞬だけ、クレイをどう呼んだものか迷った。そして、その末に学院と同じように呼んだのだった。
「あれなる者たちは、うぇぁゅくと と表現する」
得意げに覚えたての単語を披露する声に、カルロは目を見開いて周囲を探った。幸い、他の者には聞かれてはいないようだった。
「それはエインヘリア語のスラングですね、みだりに口にする単語ではありません」
コソコソとたしなめれば、クレイは面白がるように小声でもう一度「ウェアュクト」と呟いて――どうもスラングが気に入ってしまったようだった。
「メルギン伯、ぼくは思うのだ。ぼくは、王家の忠臣である。シリル殿下が王太子の立場で無理やり通した婚約破棄とやらは、尊重されてもよいのではないだろうか。つまり、エリック殿下の側が『婚約破棄は無効』って言っても『有効です』と申し上げたい」
父に報告する内容をカルロが考えていると、クレイがメルギン伯にそんなことを言っているので、カルロはぎょっとして二度見した。
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