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7、春の学院生活
69、王太子、逃亡
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後方から遠距離の支援が飛ぶ中、オスカーが前傾姿勢で矢のように駆けて標的の選手との距離を詰めていく。
敵を壁際に追い詰めて、呪力の剣を袈裟に降り下ろすと会場が湧いた。
『お客様へお願いです。試合観戦の際は、互いのチームやファンへの敬意を大切に……』
エリック王子の指示でオーガストの部下が走り回っている。会場の責任者に話を通したのだろう、わざわざ拡声魔道具でアナウンスまでされて。
エリック王子はチラチラと少女を窺った。今日の為に練習してきた色々なシミュレーションが頭を巡る。ジュースをひとくち啜るが、味がよくわからない。表面上は笑顔を湛えて余裕を見せているが、内心は緊張している――そこへ。
「公爵令嬢がいらしてますが」
そっと耳打ちされて、エリック王子はびくっとした。元婚約者候補のユージェニーは、エリック王子に好意を寄せてくれている。
「すまないが、今日は遠慮してもらいたい」
頼む、ユージェニー。
エリック王子は心から願った。
「ユージェニーも観戦してますのね」
会話が聞こえたネネツィカは、オペラグラスを目に当てて何気なく観客席を覗いた。そして、意外な人物を発見する。
(あら? あれは、キーリング卿)
フィニックス・キーリング。目立たない服装だが、目立つ赤毛の騎士だ。
(お忍びが下手ですわね)
すらりとした優男の彼が席の隙間を歩いていく。連れと思しき黒いローブの人物を伴って。
(デートかしら――あの身長、殿方ですわね)
ネネツィカはのんびりとそれを鑑賞した。フィニックスが階段をのぼり、曲がり、歩いてーー、
「あら?」
誰かを伴って――こちらに来る。
黒いフードを外して、零れ落ちたのは清らかな輝きを放つ白銀の髪。整った顔立ちには風格が漂い――、
「んえ?」
オーガストが目を丸くした。
「シ、シリル殿下?」
「えっ」
エリック王子もびっくりしている。
「兄上? 護衛は―― キーリング卿一人だけですか?」
「エリックが試合を観戦するというので、一緒にと思ったのだが」
兄にそう言われればさすがに同席を断るわけにいかず、エリック王子は兄を招いた。フィニックスが入口でオーガストに何やら耳打ちしている。
「婚約者です」
デートしてたんですよ、と多少恨みを籠めてエリック王子がネネツィカを紹介すれば、シリル王子は爽やかな笑顔を向けた。
「初めまして」
にこやかに声が続く。
「可愛らしいご令嬢に目が覚める心地です」
甘やかな声に続いて、可愛らしい声が飛び込んでくる。
「私もいいんですか? やった~!」
ユージェニーだ。
「エリック、女性には優しくしなければいけないよ」
シリル王子はそう言って笑った。VIP席の入り口では、フィニックスがオーガストを制している。エリック王子は天を仰いだ。もう、台無しだーー。
(申し訳ありません、殿下)
オーガストが悔しそうにしている。
フィニックスはシリル王子が満足そうにしているのを見て安堵した。
先日、同じようなローブ姿でひとりで何処かにふらりと姿を消して、戻ってきた時のシリル王子を思い出す。あの時は何かをしようとして、うまくいかなかったのだと悔しがっていた。
ならば、次は自分をお連れ下さいとフィニックスは請うたのだ。
何のためかはわからない。何をしたいのかわからない。
だが、主が望む何かがあるならば、願いを叶えるための道具となるのが騎士だ。
VIP席が賑やかになる中、試合は何事もなく進行した。ケイオスレッグが勝利して、ネネツィカはオスカーに手を振った。オスカーはなんと群衆の中からネネツィカを見付けたようで、ぱちりとウインクを飛ばして応えてくれたのだった。
「あ、あいつ」
思わず悪態をつきかけるエリック王子。シリル王子は機嫌良く「私の時もよく色々な噂があったのだが、学院で芽生える恋、というものもあるだろうね」と呟いて爆弾発言をした。
「実は、君たち二人の婚約を解消した」
「え」
「はい?」
シリル王子は淡々と書類を取り出して、広げた。書類上の手続きが勝手に済まされている。
「なっ!」
エリック王子が気色ばむ。
「そんな横暴、ありえません!!」
シリル王子は哂った。
「お前だって散々やっているだろう? 権力は振りかざすものなんだ」
書類を確認すれば、3年間の再婚約申請却下期間まで設けられている。
入り口では顔色を失くしたオーガストと、同じように驚いた顔で事態を見守るフィニックスがいる。
「それと、一度定まった私の王位継承の件だが、それも白紙に戻る。私は王太子の座を放棄する。明日より後は、私以外の王族が次代の王位をかけて争う事になろう」
だから、とシリル王子はエリック王子の耳元で囁いた。
「だから、私を巻き込まないでくれ。私は脇役だからという理不尽な理由でお前の引き立て役になって死にたくないのだ」
微笑む瞳の奥に、得体のしれない何かを感じてエリック王子は凍り付いた。
――何故、そんな目でオレを見るんです、兄上――、
「勇者よ、私の用は済んだ。約束通りに私を逃がしてくれ」
シリル王子が告げると、背景が透けるように、その体が消えていく。
「兄上!」
「殿下!?」
居合わせた皆の声をききながら、シリル王子は呟いた。
「さらばだ、……フィニックス、今までよく仕えてくれた」
何かを惜しむような声を雨垂れめいてほたりと残して、ファーリズの王太子だった青年は自らの意志で表舞台から退いて、消えたのだった。
敵を壁際に追い詰めて、呪力の剣を袈裟に降り下ろすと会場が湧いた。
『お客様へお願いです。試合観戦の際は、互いのチームやファンへの敬意を大切に……』
エリック王子の指示でオーガストの部下が走り回っている。会場の責任者に話を通したのだろう、わざわざ拡声魔道具でアナウンスまでされて。
エリック王子はチラチラと少女を窺った。今日の為に練習してきた色々なシミュレーションが頭を巡る。ジュースをひとくち啜るが、味がよくわからない。表面上は笑顔を湛えて余裕を見せているが、内心は緊張している――そこへ。
「公爵令嬢がいらしてますが」
そっと耳打ちされて、エリック王子はびくっとした。元婚約者候補のユージェニーは、エリック王子に好意を寄せてくれている。
「すまないが、今日は遠慮してもらいたい」
頼む、ユージェニー。
エリック王子は心から願った。
「ユージェニーも観戦してますのね」
会話が聞こえたネネツィカは、オペラグラスを目に当てて何気なく観客席を覗いた。そして、意外な人物を発見する。
(あら? あれは、キーリング卿)
フィニックス・キーリング。目立たない服装だが、目立つ赤毛の騎士だ。
(お忍びが下手ですわね)
すらりとした優男の彼が席の隙間を歩いていく。連れと思しき黒いローブの人物を伴って。
(デートかしら――あの身長、殿方ですわね)
ネネツィカはのんびりとそれを鑑賞した。フィニックスが階段をのぼり、曲がり、歩いてーー、
「あら?」
誰かを伴って――こちらに来る。
黒いフードを外して、零れ落ちたのは清らかな輝きを放つ白銀の髪。整った顔立ちには風格が漂い――、
「んえ?」
オーガストが目を丸くした。
「シ、シリル殿下?」
「えっ」
エリック王子もびっくりしている。
「兄上? 護衛は―― キーリング卿一人だけですか?」
「エリックが試合を観戦するというので、一緒にと思ったのだが」
兄にそう言われればさすがに同席を断るわけにいかず、エリック王子は兄を招いた。フィニックスが入口でオーガストに何やら耳打ちしている。
「婚約者です」
デートしてたんですよ、と多少恨みを籠めてエリック王子がネネツィカを紹介すれば、シリル王子は爽やかな笑顔を向けた。
「初めまして」
にこやかに声が続く。
「可愛らしいご令嬢に目が覚める心地です」
甘やかな声に続いて、可愛らしい声が飛び込んでくる。
「私もいいんですか? やった~!」
ユージェニーだ。
「エリック、女性には優しくしなければいけないよ」
シリル王子はそう言って笑った。VIP席の入り口では、フィニックスがオーガストを制している。エリック王子は天を仰いだ。もう、台無しだーー。
(申し訳ありません、殿下)
オーガストが悔しそうにしている。
フィニックスはシリル王子が満足そうにしているのを見て安堵した。
先日、同じようなローブ姿でひとりで何処かにふらりと姿を消して、戻ってきた時のシリル王子を思い出す。あの時は何かをしようとして、うまくいかなかったのだと悔しがっていた。
ならば、次は自分をお連れ下さいとフィニックスは請うたのだ。
何のためかはわからない。何をしたいのかわからない。
だが、主が望む何かがあるならば、願いを叶えるための道具となるのが騎士だ。
VIP席が賑やかになる中、試合は何事もなく進行した。ケイオスレッグが勝利して、ネネツィカはオスカーに手を振った。オスカーはなんと群衆の中からネネツィカを見付けたようで、ぱちりとウインクを飛ばして応えてくれたのだった。
「あ、あいつ」
思わず悪態をつきかけるエリック王子。シリル王子は機嫌良く「私の時もよく色々な噂があったのだが、学院で芽生える恋、というものもあるだろうね」と呟いて爆弾発言をした。
「実は、君たち二人の婚約を解消した」
「え」
「はい?」
シリル王子は淡々と書類を取り出して、広げた。書類上の手続きが勝手に済まされている。
「なっ!」
エリック王子が気色ばむ。
「そんな横暴、ありえません!!」
シリル王子は哂った。
「お前だって散々やっているだろう? 権力は振りかざすものなんだ」
書類を確認すれば、3年間の再婚約申請却下期間まで設けられている。
入り口では顔色を失くしたオーガストと、同じように驚いた顔で事態を見守るフィニックスがいる。
「それと、一度定まった私の王位継承の件だが、それも白紙に戻る。私は王太子の座を放棄する。明日より後は、私以外の王族が次代の王位をかけて争う事になろう」
だから、とシリル王子はエリック王子の耳元で囁いた。
「だから、私を巻き込まないでくれ。私は脇役だからという理不尽な理由でお前の引き立て役になって死にたくないのだ」
微笑む瞳の奥に、得体のしれない何かを感じてエリック王子は凍り付いた。
――何故、そんな目でオレを見るんです、兄上――、
「勇者よ、私の用は済んだ。約束通りに私を逃がしてくれ」
シリル王子が告げると、背景が透けるように、その体が消えていく。
「兄上!」
「殿下!?」
居合わせた皆の声をききながら、シリル王子は呟いた。
「さらばだ、……フィニックス、今までよく仕えてくれた」
何かを惜しむような声を雨垂れめいてほたりと残して、ファーリズの王太子だった青年は自らの意志で表舞台から退いて、消えたのだった。
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