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7、春の学院生活
75、なんで俺に相談したの
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春季のテスト期間も近付く、王立総合学院の教員室。
女学生が固まって歓談している様子を窓から目視しながら密談する教師たち。
「あれが腐……なんですかな、うん?」
「腐女子、というらしいです」
「ほう、フジョシ」
体育教師のヘルフーゴ・ハラルス、数学教師のイレーネ・エクノ、美術教師のウーバー・ダニエロワ。三人が珍獣でも見るような目で彼女らを視ている。
「準備体操でペアになった男子をネタにしていましたぞ」
ヘルフーゴはその会話を耳にして反応に困ったのだという。ウーバーは「美術の課題に薔薇やら百合やら花が咲きまくってえらいことになりました」と頷いている。
「美術で花ならよいのでは」
「そういう意味ではなく、比喩といいますか」
「ほれ、あれです。仲の良い二人を描いた本。広げていますぞ」
イレーネは眼鏡をクイッと指で持ち上げて、「破廉恥!」と叫んだ。
「エクノ先生、中が視えたのですか。眼鏡をかけていてもなかなかの近眼とお伺いしてましたが」
歴史教師のエイヴン・フィーリーがへらりと笑い、茶々を入れる。
「視えずとも見えるのです、心の眼で……」
「それはすごい」
この人たちがエクサスロイデ寮にある『乙女のための同人図書ルーム』を見たらどうなってしまうんだろう。そんな思いを胸に、エイヴンは友人でもある魔術教師ヴァルター・アンドルートを見た。
ヴァルターの机には、女学生からのプレゼントと手紙があった。もう少し隠したほうがいいのではないかと忠告したくなるほど堂々と置かれたそれは、可愛らしくラッピングした手作りと思しきクッキー、丁寧に綴ったであろう文字――ヘレナ・マッキントン。
(俺が真面目に男子学生のいじめ対応に明け暮れてる間に)
エイヴンはしみじみとした。自分が春の間にしたことといえば、同じありふれた姓の学生が揉める現場に居合わせて仲介した縁のまま面倒を見たくらいと、腐男子バレして聖女からのちょっとした頼まれ事に手を貸した程度。
「学院内の破廉恥な妄想活動を禁ずるべきでは?」
「妄想を禁止とは難しいのではないですかな」
「女学生どうしの会話を禁止とか」
「現実的ではありませんね……」
教師たちがあれやこれやと討論している。エイヴンにはふざけているように聞こえるが、本人たちは真剣だ。
「度を越すと問題かもしれませんが、そう騒ぐ事もないでしょう」
エイヴンは「まあまあ」と宥める。
『乙女のための同人図書ルーム』にはお世話になっているのだ。
(俺の唯一の癒しは守らねば……)
「失礼します」
そうこうしていると、教員室にノックが響いて男子学生が入ってきた。14歳、3年生の彼が顔を覗かせると、教師陣の間に緊張が走る。それは、彼が特別な存在だからだ。
白銀の髪がさらさらと艶めき、青空を思わせる瞳が教員室を見渡す。目があった教師は反射のような自然さで恭しく頭を下げた。
その学生は、王族であった。もっと分かり易く言うなら、王子だ。それも現時点で次代の王位に一番近い。教員室の外の廊下には、きっと取り巻きの学生が沢山控えているだろう。最近は王位継承争いなどもあり、色々と物騒なので、不可視の術を施した隠密の護衛もその辺に居るに違いない。
(やりにくいなあ)
「先生、課題をまとめてきました」
「ありがとう」
エリック・ティーリー・ファーリズ。このまま放置していると恐らく次代の国王になる少年である。
なんで剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の王子が学院に通って恋愛するの――エイヴンは先生然としたスマイルの裏でそんな疑問を噛み殺した。そういう設定が流行っていたからと言われれば「そうか」としか言いようがない。ここは所詮、そんな適当極まりない世界なのだ。
少年を見ていると、思い出す――最初、それは強大な力を有してはいたが、コードを知らなかった。コードへの理解を強めたそれは、より強くなったのだ。
「……」
少年がふと、隣の机を見た。そこにある「いかにも女子から」という雰囲気のプレゼントを。そして、呟いた。
「フィーリー先生、あの、変なことをお聞きしますが」
俺にきくの?
そこ、ヴァルターの机よ。そっちにきこうよ。
エイヴンはよっぽど声に出してそう言いそうになったが、堪えてやさしい先生スマイルを浮かべた。
「何かな? ファーリズ君」
「女の子に好きになってもらうには、どうしたらいいのでしょうか」
君はそれをなんで俺にきくの?
エイヴンは笑顔を貼りつかせたまま、本音をぐっと飲みこんだ。
「……ファーリズ君……」
「はい、先生」
周囲の教師や、潜んでいると思しき護衛から物凄い圧を感じる。権力だ。俺は今権力に圧をかけられている――、
「君は、そのままでいいんだ……ありのままの王子様な君が、一番さ……」
聖人君主のような顔で、優しい大人の声で余裕たっぷりに言ってやる。
(ふふ……わかってないなファーリズ君。わかってない。自分の魅力をわかってない。君は乙女ゲームの王子様ポジションキャラだぜ。いいんだよ、綺麗な感じで女の子の夢とロマンがいっぱいの花とかエフェクトとか背景に溢れさせてさ、薔薇でも持ってニコッてスマイルでいいんだよ……それなのに……自分が王子様キャラじゃないみたいに一人の少年みたいな顔してキャラ変しようとしてしまう……王子様キャラで満足しないであっちこっち行こうとしちゃう……へただよファーリズ君……乙女ゲームのヒーロー役がへたくそさ……)
「そう。王子様――王子様なんだ。君という少年は特別なのさ……君を好きにならない女の子がいたとすれば、その女の子がダメなのさ……君は、そう言い切っても許される存在なんだ」
教師たちが「そんなことを言って欲しかった」「下手な事を言われたらどうしようかと思った」「いや、結構アレな事いってますよ」「結構っていうか注意したほうがいいんじゃ?」「誰かフォローして」といった囁きを交わしている。
エリック王子は「ええ……?」とまともそうな反応を返している。エイヴンは笑顔で頷いた。
「ファーリズ君、先生、彼女とか全然いないけど、きっとそんな感じだから。もっと気を楽にしてハーレムつくるくらいの気構えでいいよ。君ならできる」
「せ、先生……」
何だ、その顔は。
そんな顔するくらいなら最初からこっちに相談しにくるなよ……エイヴンは全力でスマイルを維持する事に注力した。これが、なかなかしんどかった。
女学生が固まって歓談している様子を窓から目視しながら密談する教師たち。
「あれが腐……なんですかな、うん?」
「腐女子、というらしいです」
「ほう、フジョシ」
体育教師のヘルフーゴ・ハラルス、数学教師のイレーネ・エクノ、美術教師のウーバー・ダニエロワ。三人が珍獣でも見るような目で彼女らを視ている。
「準備体操でペアになった男子をネタにしていましたぞ」
ヘルフーゴはその会話を耳にして反応に困ったのだという。ウーバーは「美術の課題に薔薇やら百合やら花が咲きまくってえらいことになりました」と頷いている。
「美術で花ならよいのでは」
「そういう意味ではなく、比喩といいますか」
「ほれ、あれです。仲の良い二人を描いた本。広げていますぞ」
イレーネは眼鏡をクイッと指で持ち上げて、「破廉恥!」と叫んだ。
「エクノ先生、中が視えたのですか。眼鏡をかけていてもなかなかの近眼とお伺いしてましたが」
歴史教師のエイヴン・フィーリーがへらりと笑い、茶々を入れる。
「視えずとも見えるのです、心の眼で……」
「それはすごい」
この人たちがエクサスロイデ寮にある『乙女のための同人図書ルーム』を見たらどうなってしまうんだろう。そんな思いを胸に、エイヴンは友人でもある魔術教師ヴァルター・アンドルートを見た。
ヴァルターの机には、女学生からのプレゼントと手紙があった。もう少し隠したほうがいいのではないかと忠告したくなるほど堂々と置かれたそれは、可愛らしくラッピングした手作りと思しきクッキー、丁寧に綴ったであろう文字――ヘレナ・マッキントン。
(俺が真面目に男子学生のいじめ対応に明け暮れてる間に)
エイヴンはしみじみとした。自分が春の間にしたことといえば、同じありふれた姓の学生が揉める現場に居合わせて仲介した縁のまま面倒を見たくらいと、腐男子バレして聖女からのちょっとした頼まれ事に手を貸した程度。
「学院内の破廉恥な妄想活動を禁ずるべきでは?」
「妄想を禁止とは難しいのではないですかな」
「女学生どうしの会話を禁止とか」
「現実的ではありませんね……」
教師たちがあれやこれやと討論している。エイヴンにはふざけているように聞こえるが、本人たちは真剣だ。
「度を越すと問題かもしれませんが、そう騒ぐ事もないでしょう」
エイヴンは「まあまあ」と宥める。
『乙女のための同人図書ルーム』にはお世話になっているのだ。
(俺の唯一の癒しは守らねば……)
「失礼します」
そうこうしていると、教員室にノックが響いて男子学生が入ってきた。14歳、3年生の彼が顔を覗かせると、教師陣の間に緊張が走る。それは、彼が特別な存在だからだ。
白銀の髪がさらさらと艶めき、青空を思わせる瞳が教員室を見渡す。目があった教師は反射のような自然さで恭しく頭を下げた。
その学生は、王族であった。もっと分かり易く言うなら、王子だ。それも現時点で次代の王位に一番近い。教員室の外の廊下には、きっと取り巻きの学生が沢山控えているだろう。最近は王位継承争いなどもあり、色々と物騒なので、不可視の術を施した隠密の護衛もその辺に居るに違いない。
(やりにくいなあ)
「先生、課題をまとめてきました」
「ありがとう」
エリック・ティーリー・ファーリズ。このまま放置していると恐らく次代の国王になる少年である。
なんで剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の王子が学院に通って恋愛するの――エイヴンは先生然としたスマイルの裏でそんな疑問を噛み殺した。そういう設定が流行っていたからと言われれば「そうか」としか言いようがない。ここは所詮、そんな適当極まりない世界なのだ。
少年を見ていると、思い出す――最初、それは強大な力を有してはいたが、コードを知らなかった。コードへの理解を強めたそれは、より強くなったのだ。
「……」
少年がふと、隣の机を見た。そこにある「いかにも女子から」という雰囲気のプレゼントを。そして、呟いた。
「フィーリー先生、あの、変なことをお聞きしますが」
俺にきくの?
そこ、ヴァルターの机よ。そっちにきこうよ。
エイヴンはよっぽど声に出してそう言いそうになったが、堪えてやさしい先生スマイルを浮かべた。
「何かな? ファーリズ君」
「女の子に好きになってもらうには、どうしたらいいのでしょうか」
君はそれをなんで俺にきくの?
エイヴンは笑顔を貼りつかせたまま、本音をぐっと飲みこんだ。
「……ファーリズ君……」
「はい、先生」
周囲の教師や、潜んでいると思しき護衛から物凄い圧を感じる。権力だ。俺は今権力に圧をかけられている――、
「君は、そのままでいいんだ……ありのままの王子様な君が、一番さ……」
聖人君主のような顔で、優しい大人の声で余裕たっぷりに言ってやる。
(ふふ……わかってないなファーリズ君。わかってない。自分の魅力をわかってない。君は乙女ゲームの王子様ポジションキャラだぜ。いいんだよ、綺麗な感じで女の子の夢とロマンがいっぱいの花とかエフェクトとか背景に溢れさせてさ、薔薇でも持ってニコッてスマイルでいいんだよ……それなのに……自分が王子様キャラじゃないみたいに一人の少年みたいな顔してキャラ変しようとしてしまう……王子様キャラで満足しないであっちこっち行こうとしちゃう……へただよファーリズ君……乙女ゲームのヒーロー役がへたくそさ……)
「そう。王子様――王子様なんだ。君という少年は特別なのさ……君を好きにならない女の子がいたとすれば、その女の子がダメなのさ……君は、そう言い切っても許される存在なんだ」
教師たちが「そんなことを言って欲しかった」「下手な事を言われたらどうしようかと思った」「いや、結構アレな事いってますよ」「結構っていうか注意したほうがいいんじゃ?」「誰かフォローして」といった囁きを交わしている。
エリック王子は「ええ……?」とまともそうな反応を返している。エイヴンは笑顔で頷いた。
「ファーリズ君、先生、彼女とか全然いないけど、きっとそんな感じだから。もっと気を楽にしてハーレムつくるくらいの気構えでいいよ。君ならできる」
「せ、先生……」
何だ、その顔は。
そんな顔するくらいなら最初からこっちに相談しにくるなよ……エイヴンは全力でスマイルを維持する事に注力した。これが、なかなかしんどかった。
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