竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

93、餌を望む雛鳥みたいなんだ

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 栞が零れた。

 寮に残った学生たちの様子を見つつ、『乙女のための同人図書ルーム』の様子をチラチラと窺っていた(人目があるので堂々とはチェックしにいけなかった)腐男子先生に声がかけられた。
「んえ? ハーレム、やっぱりするの?」
 素っ頓狂な声で振り返ったのは、学生に誘われた学院教師のエイヴン・フィーリー、24歳。
 すでに夏季休暇中なのだが、だからといって教師という職業は自宅でごろごろしているわけにいかないのだ。

 爽やかな笑顔を浮かべていたのは、三学年の主席兼この国の第二王子であるエリックだった。

「先生のお言葉はとても含蓄がんちくがあり、オレのしるべとなりました」
 なにやら吹っ切れた調子でキラキラとした声を響かせるエリック。

 こいつが標に――そんな眼差しが傍らのヴァルターから注がれているのを感じながら、エイヴンは困ったような微笑を浮かべた。
「ファーリズ君は素直な良い子だなあ」
 周囲の王子派からは「先生に称賛されて我が事のように嬉しい」といった気配や「先生の接し方は少し敬意が足りない気がする。王子はもっと特別な扱いをされなければ」みたいな視線が寄せられているが。

「それで、俺たちが付き添うわけか。なるほどね」
 休みが減るじゃないか。とは口に出さず、エイヴンはくしゃりと笑った。

「アンドルート先生はとても頼もしい先生だよね、俺からもぜひ付き添い役をお願いしたいな。しかしファーリズ君。俺よりも他の先生がいいと思うんだ。ほら、俺は呪術とか魔法とか苦手だし。剣もできない。情けないけど、保護者としてはあまり……ね」
 傍らの友人から何か言いたげな視線が刺さっているが、エイヴンはへらへらした。

 エリックは、そんなエイヴンの手をがしっと握った。
「警備は、国からも手配します。先生のお手を煩わせることはありません。いざとなれば、守護竜ティーリーだって働かせますよ」
「へえ」
 エイヴンは少し目を見開いて、周囲の様子を探った。

 そして、こっそりと落胆した。
 誰もかれもが「さすが王子」といった顔をしているからだ。

 ――こいつは今、守護竜よりも自分が上位存在みたいな顔をしたんだぜ。

「ふふ、ファーリズ君」
 エイヴンは優しい声色でそれを紡いだ。
「君は、俺が『さすが』とか『頼りになる』と言わないと思ってるんだ。だから俺を誘うんだね?」

 先生なんだ。俺は――それを思うと、エイヴンは胸の真ん中あたりがくすぐったくなって笑ってしまった。笑って、咳が出た。
「こほん……」
 喉のあたりが少しだけ生々しくひきついて、口元を軽く押さえる。

 少年の瞳が瞬きを忘れたみたいに続きを待っている。
 それが、餌を望む雛鳥みたいなんだ。

  ……可愛いじゃないか?

「先生」
 他の学生たちの視線も、ざわめきも、友人の体温もどこかに追いやって、エイヴンは誠実な眼差しを少年に還した。
 助けてと縋る誰かに、当たり前じゃないか、君の力になるとも、なんて返す時の感覚だ。

「万能感だ。それが危ないんだ」
 エイヴンは人生の先輩として、そう囁いた。
「君は、ちょっと心配だな」
 見下ろされるのが嫌だろう。そう思いながら、ゆらりとしゃがみこんだ。なにやら、しんどいが。
「……」
 見下ろす瞳がいつかの誰かみたいで、エイヴンは愛しくなった。だから、心からの温度を乗せて言葉を紡いだ。
 大切に、たいせつに。
 そう――自分に終わりがあると思っていた時、何度もそうしたみたいに。
 この心を届けて、届けた誰かがそれで何かを得られるなら、それはとても価値があることだと思っていたのだ。

「君は、まだ大人じゃない」
 少年は、心があるみたいな顔をして頷いた。
 それは当たり前で、その子にはその子だけの心があるのだ、とエイヴンは強く思った。
 
 「……心配なんだよ」
 
 先生らしいというのは、どういう生き方なんだろう。
 エイヴンはその時、部屋の隅で時を刻む時計の秒針を見て「ああ、動いている」なんて思ったのだった。
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