101 / 260
8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編
93、餌を望む雛鳥みたいなんだ
しおりを挟む
栞が零れた。
寮に残った学生たちの様子を見つつ、『乙女のための同人図書ルーム』の様子をチラチラと窺っていた(人目があるので堂々とはチェックしにいけなかった)腐男子先生に声がかけられた。
「んえ? ハーレム、やっぱりするの?」
素っ頓狂な声で振り返ったのは、学生に誘われた学院教師のエイヴン・フィーリー、24歳。
すでに夏季休暇中なのだが、だからといって教師という職業は自宅でごろごろしているわけにいかないのだ。
爽やかな笑顔を浮かべていたのは、三学年の主席兼この国の第二王子であるエリックだった。
「先生のお言葉はとても含蓄があり、オレの標となりました」
なにやら吹っ切れた調子でキラキラとした声を響かせるエリック。
こいつが標に――そんな眼差しが傍らのヴァルターから注がれているのを感じながら、エイヴンは困ったような微笑を浮かべた。
「ファーリズ君は素直な良い子だなあ」
周囲の王子派からは「先生に称賛されて我が事のように嬉しい」といった気配や「先生の接し方は少し敬意が足りない気がする。王子はもっと特別な扱いをされなければ」みたいな視線が寄せられているが。
「それで、俺たちが付き添うわけか。なるほどね」
休みが減るじゃないか。とは口に出さず、エイヴンはくしゃりと笑った。
「アンドルート先生はとても頼もしい先生だよね、俺からもぜひ付き添い役をお願いしたいな。しかしファーリズ君。俺よりも他の先生がいいと思うんだ。ほら、俺は呪術とか魔法とか苦手だし。剣もできない。情けないけど、保護者としてはあまり……ね」
傍らの友人から何か言いたげな視線が刺さっているが、エイヴンはへらへらした。
エリックは、そんなエイヴンの手をがしっと握った。
「警備は、国からも手配します。先生のお手を煩わせることはありません。いざとなれば、守護竜だって働かせますよ」
「へえ」
エイヴンは少し目を見開いて、周囲の様子を探った。
そして、こっそりと落胆した。
誰もかれもが「さすが王子」といった顔をしているからだ。
――こいつは今、守護竜よりも自分が上位存在みたいな顔をしたんだぜ。
「ふふ、ファーリズ君」
エイヴンは優しい声色でそれを紡いだ。
「君は、俺が『さすが』とか『頼りになる』と言わないと思ってるんだ。だから俺を誘うんだね?」
先生なんだ。俺は――それを思うと、エイヴンは胸の真ん中あたりがくすぐったくなって笑ってしまった。笑って、咳が出た。
「こほん……」
喉のあたりが少しだけ生々しくひきついて、口元を軽く押さえる。
少年の瞳が瞬きを忘れたみたいに続きを待っている。
それが、餌を望む雛鳥みたいなんだ。
……可愛いじゃないか?
「先生」
他の学生たちの視線も、ざわめきも、友人の体温もどこかに追いやって、エイヴンは誠実な眼差しを少年に還した。
助けてと縋る誰かに、当たり前じゃないか、君の力になるとも、なんて返す時の感覚だ。
「万能感だ。それが危ないんだ」
エイヴンは人生の先輩として、そう囁いた。
「君は、ちょっと心配だな」
見下ろされるのが嫌だろう。そう思いながら、ゆらりとしゃがみこんだ。なにやら、しんどいが。
「……」
見下ろす瞳がいつかの誰かみたいで、エイヴンは愛しくなった。だから、心からの温度を乗せて言葉を紡いだ。
大切に、たいせつに。
そう――自分に終わりがあると思っていた時、何度もそうしたみたいに。
この心を届けて、届けた誰かがそれで何かを得られるなら、それはとても価値があることだと思っていたのだ。
「君は、まだ大人じゃない」
少年は、心があるみたいな顔をして頷いた。
それは当たり前で、その子にはその子だけの心があるのだ、とエイヴンは強く思った。
「……心配なんだよ」
先生らしいというのは、どういう生き方なんだろう。
エイヴンはその時、部屋の隅で時を刻む時計の秒針を見て「ああ、動いている」なんて思ったのだった。
寮に残った学生たちの様子を見つつ、『乙女のための同人図書ルーム』の様子をチラチラと窺っていた(人目があるので堂々とはチェックしにいけなかった)腐男子先生に声がかけられた。
「んえ? ハーレム、やっぱりするの?」
素っ頓狂な声で振り返ったのは、学生に誘われた学院教師のエイヴン・フィーリー、24歳。
すでに夏季休暇中なのだが、だからといって教師という職業は自宅でごろごろしているわけにいかないのだ。
爽やかな笑顔を浮かべていたのは、三学年の主席兼この国の第二王子であるエリックだった。
「先生のお言葉はとても含蓄があり、オレの標となりました」
なにやら吹っ切れた調子でキラキラとした声を響かせるエリック。
こいつが標に――そんな眼差しが傍らのヴァルターから注がれているのを感じながら、エイヴンは困ったような微笑を浮かべた。
「ファーリズ君は素直な良い子だなあ」
周囲の王子派からは「先生に称賛されて我が事のように嬉しい」といった気配や「先生の接し方は少し敬意が足りない気がする。王子はもっと特別な扱いをされなければ」みたいな視線が寄せられているが。
「それで、俺たちが付き添うわけか。なるほどね」
休みが減るじゃないか。とは口に出さず、エイヴンはくしゃりと笑った。
「アンドルート先生はとても頼もしい先生だよね、俺からもぜひ付き添い役をお願いしたいな。しかしファーリズ君。俺よりも他の先生がいいと思うんだ。ほら、俺は呪術とか魔法とか苦手だし。剣もできない。情けないけど、保護者としてはあまり……ね」
傍らの友人から何か言いたげな視線が刺さっているが、エイヴンはへらへらした。
エリックは、そんなエイヴンの手をがしっと握った。
「警備は、国からも手配します。先生のお手を煩わせることはありません。いざとなれば、守護竜だって働かせますよ」
「へえ」
エイヴンは少し目を見開いて、周囲の様子を探った。
そして、こっそりと落胆した。
誰もかれもが「さすが王子」といった顔をしているからだ。
――こいつは今、守護竜よりも自分が上位存在みたいな顔をしたんだぜ。
「ふふ、ファーリズ君」
エイヴンは優しい声色でそれを紡いだ。
「君は、俺が『さすが』とか『頼りになる』と言わないと思ってるんだ。だから俺を誘うんだね?」
先生なんだ。俺は――それを思うと、エイヴンは胸の真ん中あたりがくすぐったくなって笑ってしまった。笑って、咳が出た。
「こほん……」
喉のあたりが少しだけ生々しくひきついて、口元を軽く押さえる。
少年の瞳が瞬きを忘れたみたいに続きを待っている。
それが、餌を望む雛鳥みたいなんだ。
……可愛いじゃないか?
「先生」
他の学生たちの視線も、ざわめきも、友人の体温もどこかに追いやって、エイヴンは誠実な眼差しを少年に還した。
助けてと縋る誰かに、当たり前じゃないか、君の力になるとも、なんて返す時の感覚だ。
「万能感だ。それが危ないんだ」
エイヴンは人生の先輩として、そう囁いた。
「君は、ちょっと心配だな」
見下ろされるのが嫌だろう。そう思いながら、ゆらりとしゃがみこんだ。なにやら、しんどいが。
「……」
見下ろす瞳がいつかの誰かみたいで、エイヴンは愛しくなった。だから、心からの温度を乗せて言葉を紡いだ。
大切に、たいせつに。
そう――自分に終わりがあると思っていた時、何度もそうしたみたいに。
この心を届けて、届けた誰かがそれで何かを得られるなら、それはとても価値があることだと思っていたのだ。
「君は、まだ大人じゃない」
少年は、心があるみたいな顔をして頷いた。
それは当たり前で、その子にはその子だけの心があるのだ、とエイヴンは強く思った。
「……心配なんだよ」
先生らしいというのは、どういう生き方なんだろう。
エイヴンはその時、部屋の隅で時を刻む時計の秒針を見て「ああ、動いている」なんて思ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。
篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる