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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編
92、キャンディ・ドリーム、騎士ごっこ
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草笛が郷愁を誘う音色を風に乗せている。
霧の中、数度瞬きをして気付けば世界ががらりとその在り様を変えていた。
風そのものが輝くような、プリズムが溢れる世界。
キャンディのような煌めきを放つカラフルな透壁が織り成す、目もくらむような迷路。床板も透けていて、その下にはページを勝手にぱらぱらとめくり物語を魅せる絵本。ふわふわと空から降ってくるのは、愛らしい包み紙の果実飴。
アタクシ、こういう世界は二回目だわとネネツィカが暢気に呟くと、隣で呆然として周囲を眺めるばかりのクレイが何かを思い出したような顔をした。
「ああ、エリックがワイルドしてた時の妄言」
二人でしばらく迷路をほてほてと彷徨って、ここはあまり疲れたりしないみたいだねと言葉を交わしたり、周囲にはどうやら他の人はいないようだと確認したり、果実飴を舐めてみたりして。
きょろきょろと周りを見るアメジストの瞳は、新鮮な色を浮かべて笑った。
「これ、妖精の悪戯? いいね。人がいないっていうのが特にいい」
その声が思いがけずあどけないので、ネネツィカは手を掴んで笑ってあげた。
「アタクシは妖精の悪戯にも慣れていますから、レネンがいなくても安心ですわ」
二人分の足音が草笛のリズムと遊ぶみたいに数歩分、鳴ってから、不満そうな抗議が小さく洩れた。
「別に、きみがいなくても平気だけど」
少女のライトピンクブロンドがふわふわと視界の端で揺れる。
「そういう事を言うなら、手を繋ぎません」
パッと手を放してお道化てみれば、少年が物寂しい感情を浮かばせて。
「別に、手を繋がないと死ぬわけじゃないし」
曲がり角にぺたりと手をついて、左右を比べて――どちらも変わらないから、右に行こうかなんて呟いた。
「あら、文化的じゃありませんわね」
降ってきた果実飴をひとつ、手のひらに受け止めてネネツィカは首をかしげた。
「何が」
足元で、絵本が竜の物語を見せている。黒い竜の絵に気付いて、クレイはぼんやりと足を止めた。
たくさん、竜がいる。
いろんな竜がひしめく竜の巣の中を勇者が歩いていくのだ。
天上の神様を一心に見つめる白い竜と、隣で丸くなって眠る黒い竜がいる。勇者は、そんな白と黒に向かっていく……親友の魔法使いと一緒に。
「死ぬわけじゃないからしなくてもいい、という理屈では、服を着る必要もなくなりますし、絵を描く必要もなくなりますわよ、画伯」
「ぼくは画伯じゃないよ」
床に落ちた飴が泡沫めいて消えていく。それは不思議で、すこしだけ解放的だ。ここが人の世界とは違うと感じさせてくれるから。
「ひとりぼっちでもいい、みたいなのは、寂しいじゃないですの? 周りの人は、そんなこと言うなって言いたくなったり、言わないといけない気になったりするじゃあ、ありませんか」
ネネツィカは足を止めた少年を振り返った。少年が熱心に見つめているのは、自分ではなかった。だから、ふんすと息を吐き出してやった。
「それって結局、なんかずるっこくて、さもしくて、甘ったれてます」
「うん……うん」
聞いているのか聞いていないのか曖昧な鷹揚さで応えて、ちょっと首をかしげてから、クレイが視線をずらした。
そうしながら、片方の膝をついて、片手が消える寸前の果実飴をすくう。
「ん……?」
何をなさっているのかしら? 見守る青い瞳に、自分の前に片膝をつく少年が映った。
少女めいた中性的な顔が悪戯妖精みたいに顔を見上げて、手が差し出される。まるで、よくある絵本の中の騎士のように。
「それじゃあ、寂しいぼくと手を繋いでくださいますか? 妖精のお姫様」
ふざけた調子でそう言って、ひらいた手には拾った果実飴が可愛らしく甘やかな輝きを放っていた。それが、なかなか様になっている。
「まあ、お姫さまがお姫さまだなんて」
ネネツィカが果実飴をつまみあげてから手を取って、感動したように呟けば嫌そうな顔をしたけれど、上機嫌でその手をぎゅっとしてゆらりと揺らせば、クレイは素直な普通の少年みたいな顔で背伸びするみたいにして、言い訳するみたいに茶化した。
「帰ったらエリックに言いつけてやろう。きみがポッと出の剣も使えないような騎士にホイホイついていくチョロい浮気者だって」
道の果てに、大きな遊戯盤みたいなものが視えてくる。
「そういう自虐みたいなのも、気分が良くないものですわよ」
夢の狭間に共通の友人を思いながら、ネネツィカはこの少年がどうしてティミオスの魔法で攻略対象として出てこなかったのだろうという不思議を胸の中にしまい込んだ。
霧の中、数度瞬きをして気付けば世界ががらりとその在り様を変えていた。
風そのものが輝くような、プリズムが溢れる世界。
キャンディのような煌めきを放つカラフルな透壁が織り成す、目もくらむような迷路。床板も透けていて、その下にはページを勝手にぱらぱらとめくり物語を魅せる絵本。ふわふわと空から降ってくるのは、愛らしい包み紙の果実飴。
アタクシ、こういう世界は二回目だわとネネツィカが暢気に呟くと、隣で呆然として周囲を眺めるばかりのクレイが何かを思い出したような顔をした。
「ああ、エリックがワイルドしてた時の妄言」
二人でしばらく迷路をほてほてと彷徨って、ここはあまり疲れたりしないみたいだねと言葉を交わしたり、周囲にはどうやら他の人はいないようだと確認したり、果実飴を舐めてみたりして。
きょろきょろと周りを見るアメジストの瞳は、新鮮な色を浮かべて笑った。
「これ、妖精の悪戯? いいね。人がいないっていうのが特にいい」
その声が思いがけずあどけないので、ネネツィカは手を掴んで笑ってあげた。
「アタクシは妖精の悪戯にも慣れていますから、レネンがいなくても安心ですわ」
二人分の足音が草笛のリズムと遊ぶみたいに数歩分、鳴ってから、不満そうな抗議が小さく洩れた。
「別に、きみがいなくても平気だけど」
少女のライトピンクブロンドがふわふわと視界の端で揺れる。
「そういう事を言うなら、手を繋ぎません」
パッと手を放してお道化てみれば、少年が物寂しい感情を浮かばせて。
「別に、手を繋がないと死ぬわけじゃないし」
曲がり角にぺたりと手をついて、左右を比べて――どちらも変わらないから、右に行こうかなんて呟いた。
「あら、文化的じゃありませんわね」
降ってきた果実飴をひとつ、手のひらに受け止めてネネツィカは首をかしげた。
「何が」
足元で、絵本が竜の物語を見せている。黒い竜の絵に気付いて、クレイはぼんやりと足を止めた。
たくさん、竜がいる。
いろんな竜がひしめく竜の巣の中を勇者が歩いていくのだ。
天上の神様を一心に見つめる白い竜と、隣で丸くなって眠る黒い竜がいる。勇者は、そんな白と黒に向かっていく……親友の魔法使いと一緒に。
「死ぬわけじゃないからしなくてもいい、という理屈では、服を着る必要もなくなりますし、絵を描く必要もなくなりますわよ、画伯」
「ぼくは画伯じゃないよ」
床に落ちた飴が泡沫めいて消えていく。それは不思議で、すこしだけ解放的だ。ここが人の世界とは違うと感じさせてくれるから。
「ひとりぼっちでもいい、みたいなのは、寂しいじゃないですの? 周りの人は、そんなこと言うなって言いたくなったり、言わないといけない気になったりするじゃあ、ありませんか」
ネネツィカは足を止めた少年を振り返った。少年が熱心に見つめているのは、自分ではなかった。だから、ふんすと息を吐き出してやった。
「それって結局、なんかずるっこくて、さもしくて、甘ったれてます」
「うん……うん」
聞いているのか聞いていないのか曖昧な鷹揚さで応えて、ちょっと首をかしげてから、クレイが視線をずらした。
そうしながら、片方の膝をついて、片手が消える寸前の果実飴をすくう。
「ん……?」
何をなさっているのかしら? 見守る青い瞳に、自分の前に片膝をつく少年が映った。
少女めいた中性的な顔が悪戯妖精みたいに顔を見上げて、手が差し出される。まるで、よくある絵本の中の騎士のように。
「それじゃあ、寂しいぼくと手を繋いでくださいますか? 妖精のお姫様」
ふざけた調子でそう言って、ひらいた手には拾った果実飴が可愛らしく甘やかな輝きを放っていた。それが、なかなか様になっている。
「まあ、お姫さまがお姫さまだなんて」
ネネツィカが果実飴をつまみあげてから手を取って、感動したように呟けば嫌そうな顔をしたけれど、上機嫌でその手をぎゅっとしてゆらりと揺らせば、クレイは素直な普通の少年みたいな顔で背伸びするみたいにして、言い訳するみたいに茶化した。
「帰ったらエリックに言いつけてやろう。きみがポッと出の剣も使えないような騎士にホイホイついていくチョロい浮気者だって」
道の果てに、大きな遊戯盤みたいなものが視えてくる。
「そういう自虐みたいなのも、気分が良くないものですわよ」
夢の狭間に共通の友人を思いながら、ネネツィカはこの少年がどうしてティミオスの魔法で攻略対象として出てこなかったのだろうという不思議を胸の中にしまい込んだ。
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