竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

91、人と普通と母の夢と

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 罪人と言っても様々で、はっきりと精神に異常をきたして感性がどうしようもなく人とかけ離れた者もいたし、そうでもない者もいたように思う。
 罪人と罪人が子供をつくった。
 そんな理由で、生まれながらに『人に非ず』とグルーピングされた子どもの中には、親から虐待された者や育児放棄された者もいたし、親に愛情を注がれて精いっぱい育てられた者もいた。

 ――そもそも、人とはなんだろう。

 この村では、偶に誰かがそんな呟きを洩らす。
 そう言った時、誰かが決まって「外で生きている、普通の人だ」なんて言ったりして、「ならば普通とは何か」という議論が始まったり始まらなかったりするのだ。

 そして、誰かが言う。
 ――少なくとも、妖精じゃない自分たちは人に近い。

 ……けれど、中には混血もいるので、そこでまたひとつ議論が始まって、気付いたら殴り合いや時には殺し合いにまで発展したりして、けれどしばらくしたら野生の獣や自然災害や妖精に怯えながら、ちっぽけで貧弱な肉の体を寄せ合っていた。


 柔らかな大地と濃い緑の匂いがする。人の手で切り拓いた居住空間は、切り取られてなお生い茂る緑の生命力が感じられた。
 アドルフや元盗賊団の面々が仮設テントで行列を捌いている。遠くには、行列に寄ってこない村人もいて、そんな村人の動向にレネンたち護衛陣が気を張っているようだった。
「やはり危険ですよ、さっさと引き上げて後はユンク伯爵に任せましょう」
「お前は何処にいたって危険だと言うじゃないか」
「何処にいたって坊ちゃんは危険じゃないですか」
「何処でも危険なら此処にいてもいいじゃないか」
 少年と呪術師の問答が虚しく続く。ああ言うのを不毛と呼ぶんですよとティミオスが呟いていたので、ティミオスは公爵家が嫌いなのかしら、とネネツィカは面白がった。

「最近は悪戯妖精もよく出没するんで、お気をつけくださいね」
 そう告げたのは飢えと病に弱った妹のために盗みを繰り返し、快方に向かいつつあった妹を攫おうとした貴族に楯突いて揉めた拍子に妹をその手で殺めてしまったという青年で、話を聞いたネネツィカはどんな顔をしたものかと若干の困惑の末に妹の冥福を祈ったのだった。
 実はその貴族がオスカーで……とクレイが隣で小声を紡ぐので、ネネツィカはショックを受けた。
「え、なに? その目」
「冗談で言っても許されない事はあるのですわよ」
 ティミオスがその背中で眉をあげて機嫌の良さそうな顔をしている。ティミオスは、攻略対象でも家同士が決めた仲でもないのにお嬢様への好意をチラチラさせる少年をあまり好ましく思っていなかった。一言でいうなら『悪い虫』――嫉妬みたいな感覚に近いのだが。

「妖精には嫌な思い出があるんだよなあ」
 元盗賊団たちは北の大地での羞恥プレイを思い出していた。
「妖精の話をすると妖精が来るってことわざがあるだろ」
「やめろよ……」
 アドルフはそっとマナを気遣う目を向けた。妖精の特徴が色濃く出ている混血なのだ。
 マナはというと、草に唇を当てて草笛を吹いている。そうしていると幼さが際立って、この村で育った日々が思い出されるようで、アドルフはしんみりとした。

「あの時はエリック様が頑張っていらしたのよ」
 そうそう、と懐かしむように武勇伝を語るネネツィカは剣を上から振り下ろす仕草を真似た。
「エリックは運動神経が良いからね……剣術も頑張っているようだし」
 誰かさんの影響で、と付け足して、視線に気づいたクレイはちょっと口を尖らせた。
「ぼくに再現しろと言っても無理だよ」
 レネンが残念そうに言葉を添える。
「坊ちゃんは運動音痴……」
「レネンはお黙り」
 なるほど、と頷いて口を開きかけたネネツィカの視界にあばら屋からとぼとぼと出てくるテオドールが映り込む。嘗てこの地から集団で脱走する際、母はここに残ると言い張って譲らず、精いっぱいの黒豆料理フェイジョンで送り出してくれたと思い出を物語りながら。

 足手まといだから。そんなの、自分テオドールもわかった。
 こんな場所でも、誰かと体温を寄せ合い、誰かと生きて、誰かが死んだ思い出の詰まった村だから。そんな感覚も、長くそこにいて、歳を取った者ほど共感できる。
 今更、人生をやり直す夢もない――そう、疲労を滲ませて、人生の残りを消化するような温度で苦笑するのだ。

 けれど、我が子が広い世界に出て、普通の人間のように外で希望を掴むのだ、仲間と一緒に若者らしくその腕っぷしと志で何かを夢見てきっと幸せに伸びやかに生きていくのだ、という夢を見れば。
 ――その夢は美しく、救われる想いがするのだと母は語ったのだった。

 「母さんのせいで、ごめんね」と言い続けた母が我が子の未来に初めて夢をみる顔をして、きっと自分テオドールがいないからこそ、どこかで我が子テオドールが楽しく自由に生きている、良い思いをたんとして、周りから人らしく扱われて笑っている、ああ、もしかしたら気の良いお嫁さんを貰って、温かで平凡な家庭を築いたりしているかもしれない……、という幸せな想像を胸に死んでいけるのだ。

 自分テオドールも、背負った時に少しずつ軽くなっていくのを感じたり、力を籠めればすぐに折れそうな手首やもどかしい動きになった手足を支えて助けたり、目が見えにくくなったり、耳が遠くなったりと少しずつ確実に死に向かう母と毎日向き合い、弱っていくのをどうしようもできずに看取る――という近い将来の恐怖にじわじわと母と二人近付いていく現実の日々から逃げる事を許されて、逃げたのだ。
 逃げてからずっと、それは心の奥でどんよりと付きまとって、心を苛み続けていたけれど。

 ――仲間に寄り添われて項垂れる彼が遺品を荷物に纏めてテントに引き上げると、薄っすらと立ち込める霧と誰かが鳴らす鐘や笛のような音が聞こえた。
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