竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

96、救援の旗、「ぼくは人間の世界に帰りたく無い」

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 勝敗が決まると、くるくると駒が舞い、合体するみたいに固まって明暗が混ざり合ったような不思議な色の妖精が姿を見せた。
「ええと……ゲームは楽しかったよ」
 クレイが恐る恐るといった風情で声をかけると、妖精は菫色の両眼で似た色合いの少年の眼を見て、友好的に微笑んだ。するりと片手が持ち上がり、手のひらの形状がまるで握手を求めているように見えたから、クレイはおずおずと手を伸ばして、ちょこんと触れた。

 触れる感覚が、未知を伝える。
 少年は目をキラキラさせた。

(レネン、ぼくは妖精とゲームをして、挨拶をしたよ)
 ――竜じゃなく、妖精と!
(妖精はとっても綺麗で、可愛い! 人間とちがって、ぼくの血統なんて全然、まったく、これっぽっちも気にしないし、「そんなものに価値はありませんよ」って顔をしてるんだ!)
 クレイは口を開いて、名も知らぬ妖精に笑顔を向けた。

 ――ああ、ぼくは人間の世界に帰りたく、無い。
 ずっとこの子と一緒に、こんな世界でゲームをして楽しく平和に過ごしたい……。

「わ……!」
 菫の香りがふわりと吹いたみたいに、良い匂いがふわりと湧き上がる。周り中が光に包まれた。眩しい。妖精が何かしようとしてる――と身構えて、眩い視界に目を瞑る友人少女を身を挺して庇うみたいに傍らの少年が抱きしめた。ネネツィカはその体温にある種の感動を覚えた。
(まあ、クレイはアタクシを守ろうとしてくださってるんだわ)
 アタクシのほうが魔法が使えて、運動もできて、守ってあげられますのに――そう思うとくすぐったいような、何とも言えない微笑ましさみたいなものが湧いてくる。

 次に感じたのは熱と煙の臭いと、錆びたような匂い、そして聴覚が塗り潰されるみたいな人の声の重なりや物の音の集合喧騒で、二人は元の世界に戻されたのだった。

「戦ってる……?」
 ネネツィカは周囲の状況に驚いた。テントや村が炎を上げていて、人々が二手に分かれて戦っている!

「貴族のガキがフリーだ!」
「お二人がこちらにいらっしゃいます!」
 推定敵と推定味方が同時に二人を見つけて声を上げ、取り合うように集まってくる。そして、下卑た笑みと共に先に手を伸ばした罪人の手がパチリと弾けた魔法の障壁に跳ね除けられた。
「うわあああ! 坊ちゃああん!」
「あっ、レネン……」
 駆け寄った呪術師のレネンがついでに障壁に弾き飛ばされてコロンと転がった。

「ふっ、……失礼」
 天から声が降る。ネネツィカはそちらを見て、アッと声をあげた。

 戦場にそこだけ聖域がつくるようにドウム状に半透明な障壁を張り巡らせて、上空から優雅に降りた執事が状況など知らぬとばかりに澄ました顔で一礼をした。

「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ティミオス!」
 パァッと顔を輝かせてネネツィカが名を呼ぶと、執事はにこりと笑ってからクレイに視線を落とし、眉を上げた。もうそんな必要はございませんよと訴えるような視線の意味に気付いた様子で決まり悪そうに少年の体温が離れれば、執事は満足そうに微笑んで指を鳴らして。
「こちらは、お礼でございます」
 すると、ドウムの内にメイドのマナが姿を現した。ネネツィカがその手に短剣が握られているのに気づいてからは、スローモーションのように時が流れた。マナは集まった視線に驚いた顔をして、「このメイドは妖精を呼んで悪戯を唆し……」執事の声を背景に俊敏に地を蹴り、数歩の距離をひと息に詰めてメイドの体が勢いよく体当たりめいて衝突し、仰向けに倒れた体に馬乗りになって、短剣の刃を主人に突きつけた。障壁に阻まれるレネンが血相を変える中、戦闘を続けていた人々が村の外から迫る馬蹄と翻る旗に気付いて浮き足立つ。

「あれを見ろ」
「あ、あれは――」

 村を制圧するには充分な騎兵が土煙をあげてその姿を並べ、ユンク伯爵家の家紋を示す旗が幾つも掲げられる。

 整然とした、訓練を受けた動きの中隊規模の兵に囲まれ、罪人たちが動きを止めていく。
「武器を納めよ、戦闘を放棄せよ」
 実直そうな壮年の中隊長が呼びかけている隣に馬を並べているのは、上機嫌のオスカーだった。何事かを叫んで取り押さえられた罪人の青年が近くでも藻掻いている。
「久しぶりだなあ!」
 オスカーはけろりと青年を見下ろして、すぐに視線をドウム状の障壁へと逸らした。オスカーが興味を抱いた対象は、ドウム状の魔法障壁の内側にいるのだった。

 ――懐柔には失敗、罪人の選り分けと反乱分子の炙り出しには成功と、そんなところでしょうか?

 ハニートラップの応酬の狭間で感じたのは、少女が時折どうしようもない衝動でプカリとのぼらせては沈めて秘める貴族への嫌悪だった。
 オスカーへの初々しい好意のかけらも、主君に感じてはいるらしき慎まなやかな厚意のかけらも、あわく小さく芽吹かせながら、根底に色濃く根深く敵愾心を捨てず抱え込んでいた。

「はてさて、俺はあの娘が敵意をなくすのか、敵意をいっそう燃え上がらせるのか、どちらに転ぶかわからないと思っていましたがね」
 オスカーは肩をすくめて嘘を言った。オスカーの予想としては、「どちらに転ぶかわからない」と考えていたのはクレイなのだ。
 オスカー自身はそれを感じ取った時から、娘が敵対するだろうと踏んでいたのだ。
 
 何故なら――「どちらに転んでもよいように備えをするだけで、積極的にどちらかに転ばせようとしなかったから」。
「どうも、クレイ様は消極的にすぎるように俺には思えてならんのです」
 そこが残念なのだ、とオスカーは少年を見た。
「今だってほら、裏切られちゃったじゃないですか」

 できれば裏切らないでほしいと思っていただろうと、その心を言い当てて。けれど、裏切られても良いように自分に彼女の心を見せておいたのだろうと賢しげに目を向けて。

「ちゃんとわかって、兵も備えましたとも。これで俺の株も上がりますかね?」
 俺が使える奴だとと思ってくれているのだろう、とちゃんと期待に応えたぞ、と肩をそびやかしてみれば、レネンが苛立たしそうに眼前の障壁を殴っている。
「危険性が分かっていたなら、もっとどうにかできたでしょうに!」
「そう言われても」
 オスカーは当然の声色で突っ返した。
「俺にはお宅のメイド娘のご主人様への反抗心をどうにかする義務はないですし、頼まれてもいません。どうにかしたいって思ってる人がどうにかするべきな案件でしょうに」

 むしろ、思い通りにメイドに同情して父に慈悲を訴えたり、起こりうる危機に備えて兵を出してもらい救援に駆け付けたのだから、感謝してもらいたいものだ。
 快活な声がそう言えば、地上に降り注ぐ陽気が増したようだった。
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