竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

98、世界中の薄い本が白紙になった日

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 創造の神々は定めたもうた。『夕鈴のサクリファイス』の二次創作は、禁止だと。
 特にBL、ボーイズラブは――社内にもその道の女性社員がいたので若干荒れたが。これは、聖女の記憶とも一致していて――、

 ――神々の意向に沿わぬものが流行している。
 ファーリズ王国の白き守護竜、ティーリーは激怒した。
 世界の創造主たる神々を愛し、忠実に彼らのいない箱庭の番犬を務める白竜は、それを許してはいけないと思った。

「認めない」
 竜は、コードを弄る。
「この世界に、それはあってはならない」


 そして――その日……世界中の薄い本が白紙になった。
 

「明日からはエクノ男爵領の海でハーレムかあ、はー」
 『乙女のための同人図書ルーム』に堂々とお邪魔するようになったエイヴン・フィーリーは友人のヴァルター・アンドルートと一緒に準備をしていた。ハーレムパーティの場所は、数学教師であるイレーネ・エクノ先生の実家が管理する土地らしい。
「ハラルス先生が張り切っているようだ」
「ライフセーバー的な?」
「否、エクノ先生に告白するのだと」
 何、そこでコイバナ始めるの? しかも、不穏――エイヴンはまじまじと友人を見た。
「エクノ先生はあれでしょ? 婚約済っしょ」
「ひと夏の思い出に玉砕してくると仰っていた」
「お、おう……」
 返事に困ったエイヴンは、気を紛らわせるように本棚に収まる薄い本を一冊手に取った。

 ああ、薄い本の手触りはとても安心感がある!
 この世界でたった一冊の限定感! 俺しか知らないのではないかという掘り出し物感!
 情熱をむんむんギュウギュウ詰められているのがわかって、愛を感じるんだ!
 この家庭的な手作り感が溜まらないんだよ……!
 薄い本は精神の安定に作用する。現実逃避はストレスフルな現実を生きる大人に必要なんだ。
 好きなジャンルの本という安心安全超ストレートなエンターテインメント。
 推しの笑顔は乳酸菌より強烈だ。
 この本の萌え、腸まで届くぜ……!
 
 海に持ってっちゃだめかなあ、と考えながらパラりとページをめくったエイヴンは、絶句した。そして、ぱらぱらと本をめくり、他の本も確認した。
「……エイヴン?」
 何事か、とヴァルターが眉を寄せている。何もなくてもいつも寄せているが。

「どうして!?」
 寮内に女学生の悲鳴がひとつ、またひとつあがって波紋のように広がっていく。
「あたしの薄い本、真っ白になってる!!」
「わたくしのもよ!?」
「嘘……書きかけの原稿が、真っ白」
「絵が! 絵がぜんぶ真っ白になってる!」

 その日……世界中の薄い本が白紙になった。

「落ち着け、何の騒ぎだ」
 学生たちの異変に声をあげたヴァルターは、傍らで真っ白な本を何冊も何冊も狂ったようにめくる友人を見た。
「エイヴン、貴様も学生に声かけを……」

 言葉が途切れた。

 友人が震えている。
 その瞳は、見たこともないような悲哀と憤怒を湛えていた。
 この始終くたびれて困ったように適当にへらへらしている友人がこんな顔をするのかと息を呑み、ヴァルターは無言で一歩後退りをした。

「エイヴン……?」

 エイヴンの橙色の瞳は、真っ白のページにこの事件の犯人をとうに見つけていた。

「あの蜥蜴野郎……弄ったのか、コードを」
 呟き、口の端が歪に吊り上がる。笑顔だ。笑顔をつくろうとしている……。
「蜥蜴にはわかんねえよな、この真っ白な本がどれだけ……」
 
 ぐるりと『乙女のための同人図書ルーム』を見渡せば、部屋の至るところで学生たちが泣いている。
 作品を愛し、楽しんでいた読み手が二度と読めないのだと嘆き、
 作品を大切に創り、情熱を注いだ創り手はショックで呆然として。

 壁に飾られていたファンアートまで、全て真っ白な紙に変わってしまって、この部屋にはもう何もない――、

「うっ……」
「う、うぅっ、わたしの本……」
「……」
 すすり泣きと号泣が空間を埋め尽くす中、エイヴンはゆらりと足を進めて女学生たちに声を掛け始めた。

 優しい、困ったような大人の笑顔で。
「これは驚いた、ぜんぶ……突然真っ白になってしまったのかな? みんな、びっくりしたよね、先生もだ。まずは、落ち着こう」
 女学生たちが泣きじゃくる。
 先生にはわかんない、みたいな声が幾つも混ざっていた。

 わかるよ。俺も好きだった。
「ごめんね、先生、確かにこういう本の事は、よくわからないよ……」
 困ったように微笑んで頭をかいて、エイヴンは友人の視線を意識しながら本を取った。

「でも、これがさ、学生たちの手で、貴重なプライベートの時間を使って、一生懸命つくられた大切な本なのはわかるよ」
 学生たちが『先生』を見た。
「みんな、この部屋を大切にしてた。そうだろう、先生は本のことはわからないけど、そういうのは見ていたし、みんなにとってのかけがえのないものだったっていうのは、わかるよ」
 瞳には、悲しみや怒りのようなものが浮かんだ。
 学生たちは目を見開いた。
 ――「この滅多に怒らない先生は、みんなの本が白くなったことを哀しみ、怒ってくれているんだ」と驚いた。

「先生、この本がもとに戻るように『知り合いの呪術師』に相談してみるよ」
 きっと元に戻すから、待っていてほしい――エイヴンがそう語れば、女学生たちは頷いた。

「せんせい……」
「先生ぇ」
 べしょべしょの顔で縋るような泣き声が幾つも耳に絡みつく。胸の奥がざわざわとした。

 ――ライバルを対象外にする程度なら、俺は気にしなかったのに。

 エイヴンは足早に部屋を出て、後ろからついてくる友人を振り切るように駆け足になった。
 声がかけられていても、応える気にもならなかった。

 許してはいけない。
 必ずや、目に物みせてやらねばならない。
 ザマァだ。ザマァをやってやる。絶対。絶対だ!

 支配者気取りの竜に、歪で勝手なクソったれた世界――俺は許さない、と瞳を燃やす『エイヴン・フィーリー』。

 呪力で生成された鳥がぱたぱたと飛び回り、情報を集めている。
 
 聖女ユージェニーは集めた情報をノートに進行具合をまとめて頭を抱えていた。
「ルートがめちゃくちゃ。フラグがあっちもこっちも立ちまくって、今どうなってるの? これは、エリック王子の国王ルート? 妖精の祝祭ルート? 臣下の下剋上ルート? 隣国との戦争ルート? 知竜の再臨ルート? 勇者の闇墜ちルート? ……悪役令嬢の隠しルート? 共存の未来ルート? えっ、待って。もうわかんない、どうして」

「どうして守護竜ティーリーは、お兄様クレイの設定を弄って攻略対象キャラから外したの? どうして、私が会社の話をしたら機嫌が悪くなっちゃった? 神様のお話、聞きたかったんじゃないの? ティーリーは神様が大好きな設定じゃないの?」
 数日前、ユージェニーはティーリーと二人で話す機会を得て、会社の話をしてあげたのだ。管理者然として、この世界を思いのまま支配する竜が、なぜか様子がおかしい。そう思いながら、味方につけられるならそうしようと狙って。

 脳裏に友達とのやりとりが蘇る。

 『だって、ゲームじゃない?』
 『ゲームじゃないよ。リアルだよ』

 ユージェニーの部屋の戸を控え目に叩くノックの音がする。兄だ。

「わ、わからない。怖い。私が進行しないのに、勝手に同時に全部進行しないで……」

「ユージェニー?」
 扉を開けて兄が心配そうな顔を覗かせている。どうしたの、と。
 優しい異母兄クレイ
 初期から親密度が高い、絶対安心な味方キャラクター。安パイともいえる――、エリック王子ルートを進めるにあたっての罠キャラだ。

 『このキャラクターとの親密度が一定以上になってしまうと、エリック王子ルートが進められない』。

 ユージェニーは首を振った。
「入ってこないで。話しかけないで。イベントを始めないで……!?」

 烈しい拒絶にクレイが驚いた顔をした。
お兄様クレイなんて、もう攻略対象じゃないんだから!」
 真っ白になった本をなげつける。言葉の意味はわからない様子だが、感情は伝わった様子で少年は本を受け止めて、疵付いた顔をした。ユージェニーはそれを見て、もう一度ヘレナの言葉を思い出していた。

 『ゲームじゃないよ。リアルだよ』

「ユージェニー、よくわからないけど……ごめんね。取り込み中だったよね。勝手に扉を開けたり、話しかけたりして、嫌だったよね。兄さん、デリカシーがなかったな」
 優しい顔を申し訳なさそうにして、兄が頭を下げて扉をしめようとする。

「海には、行くんだよね? 準備に困ったら、声をかけてね。ぼくは部屋にいるから」
 あ――、
 手を伸ばしかけた先で、扉が閉まる。

 謝らなきゃ、と思ったのだ。扉が閉まるとその思いはますます強くなった。けれど、それどころでもないと思い直す。
「進行する可能性があるルートと、もう進行しないルートを整理して……」

 だって、ルートによっては誰かが死んだり、国が亡んだり、世界が滅んだり、大変なことになってしまうから。
 
「……情報を、共有しよう」
 ほうれんそうだ。会社でもそうだった。
 自分ひとりで抱えるんじゃなくて、仲間と共有して相談するんだ。

 ユージェニーは震える手でペンを握りしめた。
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