竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

99、エクノ男爵領のステイトリー・ホームと縛りプレイと白いスケッチブック

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 エクノ男爵領の海に向かう馬車が連なって、続々と現地に到着している。
 学生たちの団体は大所帯だ。
 女学生たちは、専らこの数日間の不思議な事件について話すのに夢中。男子たちはそんな女子たちを背景に海景色にはしゃいでいる。
 
 王子の主催ということもあり、エクノ男爵はおおいに張り切って団体用の宿泊地に親族のステイトリー・ホームを貸切状態にして提供してくれた。ハーレムパーティという名には不安そうだったが。

 引率教師陣は一階会議室で今後の方針を話し合っている。ヴァルター・アンドルートは暑苦しい黒髪をうなじのあたりで結えて、卓上に並ぶビヤマグに手を伸ばした。
「無事の到着、何よりです」
「ええ、あとはフィーリー先生が合流してくれれば」
 ヴァルターの友人でもある同僚教師は、急用が入ったと言って出発到着共に遅れている。ヴァルターは様子がおかしかった友人を思い出して眉間の皺を深くした。

 ネネツィカの元には、ユージェニーから手紙が届いていた。現地でゲームについて話したい、と。ヘレナにも同じ手紙を書いたのだというから、海に着いたら三人で話しましょうと約束を交わしたのだった。
「同じ部屋にしましょう」
 ネネツィカがユージェニーとヘレナに声をかけて、2階階段近くの部屋を押さえている。
「角部屋が良くない?」
 ユージェニーが景色を気にしたが、ヘレナは「この部屋の真上はエリック様とクレイ様のお部屋で、この部屋の右隣はデミル君とアッシュ君がいるんだ……しかも、左隣にはケイオスレッグのメンバーたちが」と呟くと「何か聴こえるかしら」と壁に耳を当てた。
「何を聞きたいのかしら同志ユージェニーさん」
「そんな、紙に書いたら白くなるような事……言えない……っ」
「白くなるよねえ……」
 ついしみじみとしてしまう三人だった。
「マリア様が描いても描いても消えてしまうのに、描かないと画力が下がるからって絵を描いて……」
 ネネツィカは遠い目をした。
 ファンが手元を見守り、描いては消え描いては消えする推しの絵を必死に脳に焼き付けて――みんなで最後は「もう耐えられない」「ひどすぎる……」と抱き合ってさめざめと泣いてしまった。
「例えるならそう……波打ち際で砂に絵を描くみたいな……」

「すまない、全員オレが必要を感じて呼ぶまでは手を貸さないでくれ」
 真上の階では、エリックが広々とした一室から使用人を追い出していた。
「いいかいクレイ、ここにいる間は使用人に頼らず、身の回りの事を自分たちだけでするんだ。自主自立……これを……シバリプレイというのだとフィーリー先生が教えてくださった」
 真面目な優等生の顔をして、エリックが荷物を解き、自分の手で着替えを衣装棚に入れた。
「エリックはフィーリー先生が随分気に入ってるんだね」
 扉の外で「待て」を言いつけられた使用人たちは気が気でない。どちらの陣営も、相手陣営が暗殺を仕掛けるのではないかと顔色を窺っている。そこに、駆けこんでくる王都からの使いがいた。扉が叩かれて、エリックがひょこりと顔を出す。
「どうしたんだい? オレはまだ呼んでないよ」
 使用人が王都からの急報を伝えると、エリックは深刻な顔をしてから一度俯き、口元に指をあてた。
「その知らせは、数日くらいは学生の間に広まらないようにできるかな? せっかくのパーティの出だしが台無しになってしまうだろう?」
 使用人はとても驚いた顔をしたが、やがて頷いた。
「お言葉ですが、……パーティをなさるのですか?」
「そのために来たんじゃないか」

 階下では、黒いドミノマスクをしたデミルが「オイラは海の怪盗デミル様だ~! お宝をもらっちゃうぞー! 鳥たちよ、お宝を捜せ~!」無邪気な声を響かせて、魔法の鳥を部屋中に飛ばしている。赤、青、黄色、彩どりの鳥は、とてもカラフルだ。
「すごいなあ」
 アッシュが感激した様子で見惚れていると、デミルは「そんで、呪術を合わせるとこうなる」と眼鏡の奥の銀色の眼をあやしく笑ませた。
 デミルは虚空を探るように指を遊ばせて、文字を綴るみたいな動きを見せた。

「いい? アッシュ。あの鳥はオイラが夢をみて、想像した鳥! 理屈も何もなく、鳥が出るよってオイラがやったから、出た!」
「うん。真似できないのはよくわかるさ……」
 色を変えてみるよ。
 デミルはそう言って、鳥の色を変えた。
「……ここに色が書かれてるんだ。これを書き替えるだけ。そうしたら、……ほら」
「変わった!」

 平民出身の女学生、マリアはハウスの庭にあるベンチにこそりと座り、真っ白のスケッチブックに線を描いていた。
 
 マリアは、『乙女』の活動を始めてから人に褒められたり、尊敬されることが沢山あって、それに戸惑いながらも満たされていた。
 自尊心、承認欲求――そういったものが、むくむくと満たされたのだ。
 貴族たちが平民の自分を「マリア様」と呼んで沢山リクエストをしてきて、「どうか絵を描いてください」なんて言って頼んできたり、「マリア様に無理を言ってはいけませんわ」なんてお姫様みたいに扱われたり――否、「神」だ。マリアは、神扱いされていたのだ。皆がマリアの絵を求めて、描けば有難がった。最高とか、素晴らしいとか、幸せとか、とにかく涎を垂らさんばかりに喜んであがめてくれた。
 これを描いたら喜ばれる、とか。
 これはウケない、とか。
 そんな感覚が自然といつの間にか出来てきた。

 自分が何を描いても褒めてもらえる。そう思う一方で、「これはどうだろう」と思って人に見せる前にゴミ箱に捨てる絵も増えていった。
 誰からも見て貰えなかった頃は、どんな風に描いていただろう。
 少なくても、最近みたいな描き方では、なかった――マリアは、そう思った。

 何を描いても消えてしまうスケッチブックは不思議で、哀しい気持ちもあるけれど、なんだか不思議と自由で、楽しかった。
 そっと隣に誰かが座る気配がして、顔をあげる。

「あ……」
 そこには、遅れていたという教師のエイヴン・フィーリーがいた。
 くすんだ緑色の髪はいつもよりくたびれて視えて、目の下には隈もある。
「先生、ごきげんよう。……おつかれさまです?」
 先生はにこりと微笑んだ。
「はい、ごきげんよう。絵を描いていたのかな?」

 はい、と答えて、スケッチブックに視線を移す。あれ、と声が出た。
「絵が、」
 ――消えてない。

 ぱらり、とページをめくる。前のページ、また前のページ。
 どのページにも、絵が戻っていた。

 真っ白になってしまうからと同じページに何度も重ねて描いたときの絵は、ぐしゃぐしゃに重なって真っ黒の線が混沌としていて、マリアは笑ってしまった。

「あは。あはは!」

 エイヴンはそれを見て、にこにことした。
「先生、君の絵が好きだなあ。上手いとか下手とかじゃなくてさ……スケッチブックが、楽しい思い出でいっぱいだね」
 そして、ふと遠くを見るような目をして呟いた。

「ああ、実家の姉ちゃんを思い出すなあ。そういや姉ちゃんも……いや、俺には家族はいなかったような。いや、いたんだっけ?」
 先生? と不思議そうにマリアが首を傾ければ、エイヴンは頭を振った。
「おっと。ちょっと寝不足で頭がぼうっとしてたよ。さて、俺は部屋に行って寝るよ。今、眠くて仕方ないんだ」

「先生、おやすみなさい」
「はい、おやすみ」

 先生を見送り、マリアは再びスケッチブックの新しいページをめくった。
 目の前に広がるマリアだけのスケッチブックの1ページはまだ何も描かれていなくて、今度は描いたものが消えることのない『これから』。
 誰にも踏み荒らされていない新雪のような、眩しくてドキドキする、最高の白色を輝かせていた。
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