竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

文字の大きさ
110 / 260
8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

102、クレイのハーレムゲーム

しおりを挟む
 男子のハーレムタイムが始まっている。
 使用人がエイヴン・フィーリーをくどくどと注意する声とオスカーの焚き付けを背景に、クレイは周囲に視線を巡らせた。遠巻きにそわそわと距離を測るような女学生たちが集まっている。
「オスカーの好きそうな時間じゃないか」
 ええ、俺の大好物ですよと答える声を耳に、クレイは周囲に集まる令嬢たちに笑顔を向けた。歓声のような悲鳴のような声が湧いて、女学生たちが許可を得たとばかりに寄ってくる。
「……男子のタイムは満喫なさるんですね」
 オスカーは少し驚き、見直した。このどんなに煽ってもやる気の出ない少年にも女学生にちやほやされたいという欲はあったのか、と。
 
 女学生の群れが少しずつ移動していく中、エリックのハーレムグループはカップルを見守る会と化していた。
「エリック様、アタクシ、……」
 知ってますのよ。貴方が『クレイが竜を呼べない』とご存知だと――そう言いかけて、ネネツィカは周囲の視線を意識した。取り巻きは、二人が何を話すのかを耳をそば立てて注目している。下手なことは言えない。
(むむん。しかし、このままでは公爵家の加護詐欺が公に……なると、困りますわよね? 大変なことになりますわよね?)
「アタクシ、竜より妖精が見たい気分ですの」
「えっ?」
 エリックは本気で意表を突かれて、ぽかんとした。
 この竜の国で「守護竜を見せてやる」と言った王子に向かって「竜より妖精」なんて言える者がいるとは思いもしなかった。
 愛らしい令嬢は、佳麗な扇を口元にあてて流し目をおくり、言い放つ。
「あら? 殿下は竜を呼ぶことはできても妖精の1匹も捕まえられませんの? ……まさか、そんなことありませんわよね?」
 我儘な風情に、高飛車に――と意識して頬を膨らませるネネツィカの耳に、アッシュの声が聞こえる。

「デミル、どうしよう。ななななんでか、わからないけど、あっちのハーレムに誘われちゃったよ……入学式の報復されるのかな……やばいよ……」
「んー? なら、オイラが守ってあげるよ!」
 二人が連れ立って加わるのは、公爵令息のハーレムグループだった。


 洗練された楽団の演奏に紛れて、素朴な草笛が聞こえる。
「まあ、草で曲を奏でるなんて」
「なんだか新鮮ですわ」
 視線を向けると、公爵令息を中心に令嬢が集まり、メイドが披露する草笛を愛でている。ハーレムタイムのクレイを囲む女学生と、その使用人たちだ。

「クヴェルレ家のご令嬢は素朴な音を好まれるとお聞きしていたものですから、ぜひご披露したかったのです」
 クレイが殊勝に言ってはにかめば、ネネツィカの友人コーデリアとその姉リーガンがポッと頬を染めた。

(アタクシは貴方が困ると思って悪役ムーヴしてますのに、何をなさっているのかしら!)
 ネネツィカは一瞬「やはり竜を呼んでください」と言いそうになりながら堪えた。

 アッシュとデミルが輪に加わったのを見ると、クレイは少し幼い声色でデミルにおっとりと笑いかけた。
「怪盗デミル、ぼくのハーレムへようこそ」
 デミルはぴょこんと飛び跳ねて、ニカッとした。
「えっへん。怪盗デミルが、きたぞーっ」
 周囲の取り巻きたちがさわさわとする。あの天才兼問題児と仲が良かったのかしら? いかにも、不釣り合いで気も合いそうもなく、相性も悪そうなのに? と。
「ぼくは、怪盗ゲームをして遊びたいんです」
 優しく爽やかな微笑でクレイが周囲に視線をめぐらせた。
「賑やかなのはそれだけで楽しいものですが、せっかくのハーレムタイムなので、ぼくの好みに付き合って頂いても?」
 エリックが「あれは誰の真似かな」と呟いた。ネネツィカは二人をジト目で見比べてドリンクを飲んだ。甘酸っぱい。

「オイラも、怪盗ごっこする!」
 デミルがノリノリになっている。クレイは薄氷をおそるおそる踏むような少しの緊張を覗かせてデミルを見てから、微笑を湛えて使用人にカードを配らせた。
 
「怪盗ゲームは、宝がないと始まりません。参加する方は、自分の大切な宝物を賭けてください。ゲームの勝者が宝物を獲得します……、一時的にですよ?」

 心配そうな視線に気づいて、クレイはゆるく首を振った。
「ぼくたちは学生で、これはただの遊びです。ゲームが終わったら、ちゃんと宝物は元の持ち主に返されますよ」
 デミルはすこし残念そうな顔をした。
「宝物、ほしいけどな」
「ゲームで、ルールだからね」
 アッシュがこそこそとフォローをしている。
「このハーレムグループ、本気でやばいよ! 大貴族や大商人とかの子女がいっぱいいる。周りに失礼なこと、ぜったい、だめ!」
 アッシュはここで妙なことをされたら本当に危険、と若干必死になっている――、

「それでは、まずは――ぼくの宝物を紹介しますね」
 クレイが懐から大切そうに何かを取り出して卓上に置いて、言った。
「こちらは、母の形見です」
 周囲がざわりとした。それはまさか、と囁く声が波濤のようにパーティ会場に広がっていく。エリックがびっくりした顔でそれを見ていた。

 置かれたのは、女性用の髪飾りだった。
 精緻な花の意匠で、大きな赤い宝石が煌めいている。
 
「皆さんもご存じかもしれません『夢見るラーシャ』という歌劇にもありますように、ラーシャ姫が塔の上で守護竜と問答を交わし、三十三夜の果てにその叡智と美しき心根を讃えられ、親愛の証に贈られたという髪飾り――」

 少年の声に、どよめきと好奇心の視線が集中する。ハーレムグループに人が次々と加わって、輪が大きくなっていく。

「このように、宝とは単にものの価値だけではなく、付加価値――それにまつわる逸話や思い入れが大きなものを呼ぶことにしましょう。例えば、もの以外で申し上げるなら――賭けるわけには参りませんが、……好ましい女性の瞳などは、どんな宝石よりも美しく感じられるものですね」

 少年が意味ありげに睫毛を伏せてはにかむと、女学生たちがうっとりとした。
「ほう。ようわかりませんが、なんぞ珍しく張り切ってやる気でいらっしゃる」
 オスカーはそんな少年を好奇心いっぱいの眼でたっぷり鑑賞してから、タンッと景気よく音を立てて硝子玉で出来た玩具のような指輪を置いた。
「なら、俺はこれを賭けましょうか!」
 見るからに安物の指輪を愛し気に撫でて、オスカーは大袈裟な身振り手振りをまじえて、芝居がかった口調と表情で語った。

「これは俺が子分たちと港町で海賊ごっこに興じた時に、海に身投げした病弱な町娘を助けて親しくなり、夜の祭りに一緒に出掛けて揃いで買った指輪なんですよ。身分違いでしたが、俺は幸せにすると約束をしてですね、しかし彼女はたいへん残念なことに亡くなってしまい、ああっ、思い出しただけで涙が――と、要は悲恋の思い出というわけですよ」

 おおっとハーレムが湧いた。芝居がかっているだけに「嘘ばっかり」と言った目を向ける者もいれば、「本当なのかもしれない」と神妙な顔をする者もいる。

「お姉さま、いかがなさいます?」
「では、わたくしがこちらを賭けて参加いたしますわ」
 妹に問われ、上級生の『お姉さま』リーガンが楚々とした仕草で刺繍がされたハンカチを置いた。玲瓏とした声がたおやかに宝について説明をする。

「こちらのハンカチは、叔母であるシャジャル第二王妃が、わたくしが第三王子フレデリック様の誕生祝いをお贈りしたお礼に、とくださったハンカチなのです。この刺繍は、シャジャル第二王妃によるものですのよ」

 内務大臣の孫でもあるリーガンが扇で口元を隠して言えば、皆が湧いた。
 クレイは驚いたようにそれに見惚れて、「シャジャル第二王妃にはぼくもよくして頂いていて……けれどご覧ください。ぼくはハンカチを贈られたこともあり、大切に持ち歩いていますが刺繍を賜ったことはありません。羨ましいことです」とハンカチを取り出してみせる。真偽はともかく、リーガンは気をよくした様子でくすくすと笑いを零した。
「リーガン嬢はぜひ、次にシャジャル第二王妃にお会いした際に『クレイがハンカチに刺繍がなくて拗ねていた』とお伝えください」
「くすくす、考えておきますわ」

 ネネツィカがそわそわとそれを見ていると、そっとその手が握られる。
 見れば、エリックがじっと青い瞳を向けていた。その色に気付いて、ネネツィカはどきりとした。
 小さな声が柔らかに紡がれる。
「オレはなにをしたら、君に見て貰えるのかな」
 唇が無音で動いて、言葉をかたどるのがわかった。

 ――『クレイをみないで?』

 困ったように微笑して、エリックは手を放して視線を外した。そして、すこし項垂れるようにして両手で頭を抱えてみせた。

「何をしても、うまくいかない……」
 素直なありのままの少年がいる。そんな気がして、ネネツィカは首からさげた薔薇水晶ローズクォーツの首飾りに触れた。
「君がそんなんだから、オレはクレイに意地悪したくなっちゃうのかもしれないね」
 垂れた前髪の隙間からちらりと流し見するようにエリックが微笑した。それはなんだか悲し気でもあり、意地悪なようでもあり、仄暗い――普段は人前で絶対に見せないであろう類の気弱で後ろ向きな笑みだった。

 取り巻きの眼に入ったら――と周囲を窺えば、なるほどエリックがこうなるのも道理で、皆あちらのハーレムを注視していて、こちらを視ているのは忠実な騎士オーガストや執事のティミオスくらいなものだった。
 その理由は何も、会話やメンバーの特別さだけではない。ふと、ネネツィカはそれに気付いた。
 草笛が鳴って、魅了と妖精呼びの魔法がかけられている――ネネツィカは眉をきゅっと寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。

篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。 

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。

異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました

水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。 世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。 「見つけた、俺の運命」 敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。 冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。 食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。 その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。 敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。 世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。

処理中です...