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10、守護竜不在の学院編
142、僕はカップリング談義ができます。
しおりを挟む黒猫がとてとてと鍛錬場を歩いている。
愛らしい目がきょろきょろと何かを探すように周囲を見て、打ち合いの音――手合わせ中の二人に気付く。
南の気風を感じさせる柔軟で軽快な体捌きは、少年期と青年期の狭間を思わせる勢いがある。
「アローウィンの騎士役、お譲りください!」
そう言って大胆に踏み込み射程を埋めて、長剣を斬りあげるオスカー・ユンク。俺に言われてもね、と笑って退かず上からの剣をかち合わせるオーガスト・ウィンザー。
剣同士がぶつかる重く鈍い音が空間を騒がせる――一瞬で刃同士が離れて、打ち合わせ済みの剣舞のごとく再び衝突する。二度、三度と。
「決定権は俺に無いので」
さてこちらは本職騎士で大人だが、と温厚な目で微笑むオーガストは、エリックが最近連れてきた『学友』の奔放な剣の軌道に興味深く対応して、危なげなく捌いた。王子の護衛なのだ、貴族の道楽剣技に遅れは取らぬと分からせるようにしたたかに流れた剣身を打ち据えてやれば、公子がバランスを崩して。
「勝負あり、です」
「やや、今のはノーカンッ、いま一度で」
猫はそのまま通り過ぎて行った。ゆらゆら揺らめく気まぐれな尻尾を背後の声に合わせるように振って。
「ノーカンって……何故です」
「俺が負けたからですよ!」
「おう……」
楽しそうですわね、と扇をパタパタ応援するネネツィカは、フィニックスを見上げた。直接話した事はないが、薄い本では散々愛でている騎士である。
「キーリング卿も、あれを?」
「昨日」
フィニックスは若干遠い目をして、「公子を勝たせるまで延々と続いたのだ」と語る。
「しまいには譲らないと当日腹が痛くなるやも知れぬとまで」
「それはそれは、お疲れ様ですわ」
(この方は、シリル王子を探していらっしゃるのよね)
扇で風を送りつつ、ネネツィカは考えた。ティミオスが以前教えてくれたのだ。シリル王子は、アイザールに亡命している、と。
(教えて差し上げたらどうなるかしら)
少し慎重になった13歳は、ふむむと長考する。単身すっ飛んで行ったら萌えてしまうけど、シリル王子とアイザール兵を引き連れて先頭にこの騎士が立って帰還するとしたら。
(ウィンザー卿に教えるべきかしら?)
多分、そちらの方が国のために安全な立ち回りを選択してくれるのでは――ネネツィカはそう思った。
(わたくしだって、何も考えずに首を突っ込んでばかりではなくてよ)
というか、どちらかと言えば巻き込まれている被害者なのでは?
そう不満を目にのぼらせれば、傍に寄り添ってくれていたティミオスがそっと声を降らせた。こんな時、声は二人にしか聞こえていない。慣れたものだ。
「お嬢様、『セーブ』の概念をご存知でしょうか?」
首をこてんと傾げると、美しい執事は「この時間、と決めた時点に戻り、やり直す……魔法でございます」
「なるほど、なるほど。ずるですわね」
執事は隙あればずるを唆す。けれど、無機質ではない。エリックを守りたがったティーリーのような「お嬢様のために尽くしたいから」という気配を感じるから、可愛いと思った。
猫はそのまま、ふらふらと学院に行った。
「アッシュの家、行っていい?」
「あっ、うん。いいけど」
二人の学生が帰る支度をしながら。
「じゃあオイラが『飛ばす』!」
「うわああああああ!! デミルーーーーー!?」
猫が近づくより先にひゅーんと窓から飛んでいく。
きょろきょろしていると、「学院内はペット禁止だ」杖が振られてつまみ出される。
「先生。待ってください、先生」
薄い本を抱えたクレイが歴史教師を追いかけている。すたすたと進む背を追いかけて、めげずに家までついていく。
「薄い本! 新鮮な薄い本です! 『鮮血』と他国の英雄という珍しい本なんですよ」
教師エイヴンは「それは確かにレア」と食いついた。
「でもねえ。俺、隠したいのよ」
「顔を隠しましょう」
「そうね……」
手が薄い本を受け取り、家の扉が開かれる。
「ティーリーの封印もそのうち解いてやりたいなあ」
チラッと交渉カードを追加すれば、公爵令息は「魔王って怖いですよね。先に倒してからじゃないと、また暴走するんじゃないかなぁ」と言いながら慣れた様子で家に上がって、薄い本をもう一冊追加した。
そして。
「ちなみに僕は――カップリング談義も可能です」
学者のような目をして、そんな事を神妙に述べるのだ。
「君の努力の方向性も独特だね」
腐男子先生はヘラヘラと笑い、当代の英雄たちが「お前のために領域侵犯」だの「飛行船で無理やり連れ去りたい」だの現実に吐いたら国際問題になるセリフを連ねる本を楽しんだ。
「よろしいですか、『堅牢剣鬼』は守りに優れた盾として機能するわけです。隣に置いておけば攻撃特化の『鮮血』をよく守ってくれる。そして射程内に『妖精弓手』を伏せておけば、呼応して連続攻撃のカウンターです。つよい!」
少年が滔々と『カップリング談義』らしき語りを披露してくれる。
「君、それはカップリング談義かな……? なんか、カードゲームっぽく聞こえるな……?」
先生は少し困惑しつつ、それなりに心地よくカップリング談義を楽しんだのだった。
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