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10、守護竜不在の学院編
143、奴は勇者かも知れん。
しおりを挟む王立学院と妖精学校で教師を務める多忙極まりないヴァルター・アンドルートには、気になって仕方ない事がある。
「吾輩の友人は勇者かも知れん」
吐き出した疑念に、魔術講義の後片付けを手伝っていたヘレナとネネツィカが書いてヒソヒソした。
「あんなこと言ってますわ」
「美味しい」
勇者が歴史教師なのは、少女たちの間では確定事項だった。彼はネネツィカの目の前で勇者の剣を奮い、妖精王の封印を解いてくれたのだ。
その後は、また元通り教師ライフを送っているようだけど。
「たぶん、エイヴンはバレたくないと思うんですの」
ネネツィカはそう言って、あのヘラヘラふにゃふにゃした先生を想った。
「そうね。バレるのも美味しいけど、私たちがアリバイ作ったりして正体隠しに協力してあげましょうか」
ヘレナはそう言うと、「先生~」とヴァルターに寄っていった。
「何かね?」
若干、眼差しが柔らかいのはヘレナがせっせと好物を贈ったり講義で頑張ったりして好感度アップに努めてきたからだ。
「先日、えーと……妖精学校行きの幻想馬車がうっかり炎上して大騒ぎになった日なんですけど」
(わたくしたちがフランメルク城に向かってる間に、そんな事があったのね。あとで詳しく聞かなくちゃ)
ネネツィカは興味を抱きつつ、ヘレナの作り話をメモしておいた。あとで口裏合わせのためにエイヴンに教えてあげるのだ。
「ふむ? エイヴンが妖精学校に初めて訪れようとしていたのか」
それは知らなかった、と呟くヴァルターは、「妖精学校を見学するなら我輩に言えば良いものを」と眉を寄せた。もっとも、この教師はいつもこんな表情だが――。
「先生、炎上する馬車にめちゃめちゃビビって、やっぱりもう行かないって涙目だった」
ヘレナの中のエイヴン・フィーリーはそういう人物らしかった。
「なんと、奴がそんな事を? せっかく一歩踏み出したと思えば情けない」
「それでデミル・マジェス君が『ごめんなさいせんせい、泣かないで』って撫で撫でしてた」
ヘレナの作り話が止まらない。しかし、これでデミルとエイヴンが仲良くなった理由を作れたわね、とネネツィカはノートに記録をしてから、わたくしもと口を開いた。
「そしてデミルが『馬車が燃えちゃってフィーリーせんせいを泣かせたのがアンドルートセンセにバレたら、怒るかな』と恐る恐る相談して、エイヴンは『アイツは怒らないよ。でも、心配するといけないから内緒にしとこうか』と」
それからお二人はなんとなく仲良くなりまして、とヘレナと代わる代わる言葉を並べる。
「先生がなんか大人って感じの笑顔で河原に座って……」
夕焼けで。そうそう夕焼け、大事。
少女たちはシチュエーションに熱いこだわりを持っているようだった。
「この薄い本、俺のじいさんが初めてくれたんだ」
なりきりのように声を低くしてヘレナが語ると、ネネツィカが引き継いだ。
「美味しかった。こんな美味しい薄い本を貰える俺はきっと特別な存在だと感じたんだ」
ヴァルターは「我輩は何を聞かされているのだ?」と戸惑いつつ、講義の後始末を終えた。
「今では俺が先生の立場で、学生の君にあげるのはもちろんウェザー商会の新刊さ、なぜなら、君もまた特別な存在だから……」
何を言いたいのかよくわからない。年頃の女学生はこれだから――そう思いつつ、話がひと段落するまで付き合ったヴァルターであった。
窓の外からは、男子学生の声も聞こえて来る。
「オスカー、俺と鍛錬しよう」
「待ってくださいエリック様。なんかその雰囲気だと貴方『俺の騎士、俺!』とか言い出しそうじゃあ、ありませんか」
あら、面白い組み合わせ、と少女たちが食いついて窓際に寄っていく。エイヴンの話はもういいのだろうか。
「伸び代しかない。俺は可能性の塊さ……っ!」
「だめだ。これ絶対やる気だ」
「なんだい。なんなら俺が君の騎士として出てもいいよ! そして君が俺の騎士として出る……これをウィンウィンと言う!」
きらきら王子なエリックがグイグイいっていた。
「新しい本が出ますわね」
「出るねえ」
先ほどまでのエイヴントークを忘れたような顔で、ネネツィカとヘレナは妄想トークに花を咲かせる。それを尻目にヴァルターはそっと退室し、「話の続きはデミルにでも聞いてみるか」と思うのだった。
エイヴンはなんだかんだ、あまり自分の事を話したがらない気配がある。それなりの長い付き合いのうち、ヴァルターは目に見えない壁のようなものをつくり距離を開ける友人に気づいていた。一見、とても友好的で親しい笑顔で、誰にでも優しいが――「我輩は奴の友人と呼べるのだろうか」デミルとアッシュを見ていると、最近はそんな考えが浮かぶのだ。
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