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10、守護竜不在の学院編
150、歩くフラグと、とても安全なお化け屋敷
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「来てしまった……」
赤毛の騎士青年、『鮮血』の二つ名をもつフィニックスは、学院の門の前で呟いた。友人騎士のオーガストからは、くれぐれも外に出ないように言い含められていたのだが。
「ああ、懐かしいな。シリル殿下はこの学院で大勢に囲まれて、堂々としたお姿で歩かれていた……」
月日は流れて、戻らぬのだ。そう思うとなんだか、寂しかった。
――それは仕方のない事だとわかりつつ。
学院教師兼妖精学校教師のヴァルターは、時折悪戯な妖精をみかけて叱りつけつつも友人と和やかな見回りタイムを過ごしていた。香ばしいソースの匂いがする。
「俺、これ好きなんだよ~」
くすんだ緑色の髪を揺らして、エイヴンがたこ焼きを満喫している。幸せそうだ。
「明日の剣術大会の席を取っておいたゆえ、一緒に観よう」
教師として、ヴァルターは万一に備えて杖を持ち、会場中に目を光らせる予定である。エイヴンは――おそらく――魔術も呪術も剣術もさっぱりなので、戦力としては期待していないが、隣でのんびりと豆菓子でも食っていれば良いのではないだろうか。
「んえ? 剣術大会? ……ごほん」
たこ焼きを一瞬喉に詰まらせながら、エイヴンが炭酸飲料をぐびりと煽ってぜえぜえ言う。背をさすってやると「いつもすまないねえ」と何かヴァルターにはわからないネタを吐いて――いつものことだ。
「暑そうだし明日はサボって家で寝てようかと」
「席は取った」
「聞いてるッ!?」
親友の横顔を見つめて、エイヴンは内心で焦りまくっていた。だってエイヴンは剣術大会に出るのだ。
(いやいや待って? 前日にアポ取らないで? どうすんのよ俺。俺はひとりしかいねえのよ? こいつの隣でポップコーン喰いながら同時にステージでバトルなんて無理だって!!)
何か言い返そうとしたエイヴンは、視界に小さな黒い猫が歩くのが視えて、びくりと動きを止める。
「あ……」
橙色の眼が見開かれた。
「? どうした、エイヴン」
顔を覗き込む友人にも、うまく反応が返せない。
(あれは、『歩くフラグ』だ。拾った奴が魔王になる、『魔王化のフラグ』だ。なんで? 俺が魔王の存在をチラつかせたから、出て来たのか?)
拾わなければいい。それで自分は何事もなく、平穏に『今』を続けられる――そんな思いを巡らせて、エイヴンは自分に驚いた。
(俺は、こんな世界が嫌いで憎らしくて、はやく続編ゲームが終わって死にたいと思っていたはずなのに)
――いつの間にか、居心地の良い『今』が大切になっているんだ。
黒猫が建物に入っていく。内部では、お化け屋敷が大盛況だった。謎の「よしよしオプション」という有料サービスがあって、購入するとスタッフが「怖かったね、よしよし」と頭を撫でてくれるらしい――。
「クレイ、今まで探したんだぞ」
エリックがそう言って、しげしげと仮装をチェックする。
「オスカーは王冠があると言ってたよ」
「あんなものを僕が人前で頭に乗せるわけ、ないだろ……ないではありませんか、僕の敬愛する王子殿下」
忠臣顔をするクレイに、ネネツィカは「こちらも暗殺されてないようで、よかった」と安堵した。
「お前のなりすまし暗殺者が俺を狙ってるらしいぞ。紛らわしいから合言葉でも決めておかないか」
「僕のなりすまし? 迷惑だなあ」
オスカーが女子たちに「せっかくなのでお化け屋敷を堪能しませんか」と誘いかけている。ヘレナが「お化け屋敷のリアルスチル見に行くかあ!」とやる気になってユージェニーを引っ張った。
「みんなで!」
ユージェニーがそう言って、大所帯が暗闇を進む。スタッフのはずのエリックとクレイまで後ろの方をついてきて、「この先で俺の臣下がお化けになってる」とか「僕の呪術師が演出してる」とかネタばらしをしまくった。
「呪術はずるいだろ」
「そっちこそ、臣下にお化けさせてるくせに」
後方でギスギスが始まり、前方ではお化けと演出で悲鳴が上がる。けれど意外なことに、このお化け屋敷は安全で全く暗殺の気配がしないのだった。
「ああ、癒される……このお化け屋敷、とても癒しですわ……」
ネネツィカが呟くと、オスカーが「お嬢さんはこういうのがお好きなのか」と眉をあげた。
「俺はてっきり、キャー怖い―って可愛らしく抱き着いてくれるかと期待してたんだが」
今からでもどうぞ? と腕を広げれば、後ろから「エリック、あいつ暗殺しよう」「どっちが先に暗殺できるか勝負する?」という不穏極まりない会話が聞こえる――「人の命を懸けた勝負をなさらないでください」オーガストがそぉっとそぉっと声を挟んでいた。
涼やかな暗闇を進むと、なぜか休憩場所が用意されている。公爵家の『盗賊上がり』がぞろぞろ出てきて、飲み物とアイスまで出してくれた。
「俺はこんな場所つくってないぞ」
「休憩しないと疲れるじゃないか」
また二人がギスギスしていた。しかし、暗殺はない――平和! ネネツィカは幸せな気分でクレイが『盗賊上がり』の新しい名前を考えているという話に耳を傾けた。
「この中から英雄を出すんだぞって意味をこめて『英雄のひよこくらぶ』とかどうって言ったら、あいつら嫌だっていうんだ」
「おかわいいこと」
「ネーミングセンスがないね」
ほんわか和むネネツィカに間髪入れず、エリックがむすっとした。
「じゃあ『英雄の卵』って言ったら、雛から卵に退化してるじゃないですかって言うんだよ。めんどくさい」
クレイがため息をつけば、エリックはにっこりとした。
「俺がつけてあげるよ。考えた名前を今度リストにして送るね。『クレイの子守り』とか」
「喧嘩売ってる?」
オーガストがおろおろして、「そろそろ行きましょうかあ! 後ろもつかえてますよー!」と進行させた。オスカーはしきりに「この後ケイオスレッグの試合があるんですよ、応援してくださいね!」とアピールをしていた。それを聞くとクレイは微妙な顔をして何かを言いかけては止めるのを繰り返していたが。
「そういえば、ケイオスレッグはメンバーに変化がありましたよね?」
ネネツィカがシュナを思い出して問えば、オスカーは「ええ、そうなんですよ」と珍しく不機嫌そうな声をして。
「どうも、どこかの莫迦道楽貴族がバックについてるらしき奇矯な新興商会がですね、面白半分にエンジョイチームをつくろうってんで、うちの控えメンバーを何人も引き抜いたんですよ。まったく、我がユンク伯爵家に喧嘩売ろうってんだから、大したタマです。やり返してやらねば」
(あら……お怒りですわ。とても、わたくしがウェザー商会に頼みましたの~、なんて言えない雰囲気ですわね……)
ネネツィカはオスカーが「シュナの奴、あんなに面倒みてやったのに」とか「あいつもこいつも、金に釣られやがって」と愚痴るのを新鮮な気持ちかつヒヤヒヤと見守り――後方でそれを聞くクレイは、「莫迦道楽貴族……」と呟いて、居心地悪そうにそっと視線を外すのだった。
ゴールした後は、エリックとクレイが交互によしよしオプションをしてくれた。
「なるほど、こういうのもお金になるのだね」
「手が疲れてくるね、これ……」
およそお金に困ったことがなさそうな少年たちは、面白そうに声を連ねて微笑んで、それがなんとも平和だった。
(もしかして、もう本日の暗殺は店じまいなんじゃないかしら!)
ネネツィカはそう思って、ニコニコした。
赤毛の騎士青年、『鮮血』の二つ名をもつフィニックスは、学院の門の前で呟いた。友人騎士のオーガストからは、くれぐれも外に出ないように言い含められていたのだが。
「ああ、懐かしいな。シリル殿下はこの学院で大勢に囲まれて、堂々としたお姿で歩かれていた……」
月日は流れて、戻らぬのだ。そう思うとなんだか、寂しかった。
――それは仕方のない事だとわかりつつ。
学院教師兼妖精学校教師のヴァルターは、時折悪戯な妖精をみかけて叱りつけつつも友人と和やかな見回りタイムを過ごしていた。香ばしいソースの匂いがする。
「俺、これ好きなんだよ~」
くすんだ緑色の髪を揺らして、エイヴンがたこ焼きを満喫している。幸せそうだ。
「明日の剣術大会の席を取っておいたゆえ、一緒に観よう」
教師として、ヴァルターは万一に備えて杖を持ち、会場中に目を光らせる予定である。エイヴンは――おそらく――魔術も呪術も剣術もさっぱりなので、戦力としては期待していないが、隣でのんびりと豆菓子でも食っていれば良いのではないだろうか。
「んえ? 剣術大会? ……ごほん」
たこ焼きを一瞬喉に詰まらせながら、エイヴンが炭酸飲料をぐびりと煽ってぜえぜえ言う。背をさすってやると「いつもすまないねえ」と何かヴァルターにはわからないネタを吐いて――いつものことだ。
「暑そうだし明日はサボって家で寝てようかと」
「席は取った」
「聞いてるッ!?」
親友の横顔を見つめて、エイヴンは内心で焦りまくっていた。だってエイヴンは剣術大会に出るのだ。
(いやいや待って? 前日にアポ取らないで? どうすんのよ俺。俺はひとりしかいねえのよ? こいつの隣でポップコーン喰いながら同時にステージでバトルなんて無理だって!!)
何か言い返そうとしたエイヴンは、視界に小さな黒い猫が歩くのが視えて、びくりと動きを止める。
「あ……」
橙色の眼が見開かれた。
「? どうした、エイヴン」
顔を覗き込む友人にも、うまく反応が返せない。
(あれは、『歩くフラグ』だ。拾った奴が魔王になる、『魔王化のフラグ』だ。なんで? 俺が魔王の存在をチラつかせたから、出て来たのか?)
拾わなければいい。それで自分は何事もなく、平穏に『今』を続けられる――そんな思いを巡らせて、エイヴンは自分に驚いた。
(俺は、こんな世界が嫌いで憎らしくて、はやく続編ゲームが終わって死にたいと思っていたはずなのに)
――いつの間にか、居心地の良い『今』が大切になっているんだ。
黒猫が建物に入っていく。内部では、お化け屋敷が大盛況だった。謎の「よしよしオプション」という有料サービスがあって、購入するとスタッフが「怖かったね、よしよし」と頭を撫でてくれるらしい――。
「クレイ、今まで探したんだぞ」
エリックがそう言って、しげしげと仮装をチェックする。
「オスカーは王冠があると言ってたよ」
「あんなものを僕が人前で頭に乗せるわけ、ないだろ……ないではありませんか、僕の敬愛する王子殿下」
忠臣顔をするクレイに、ネネツィカは「こちらも暗殺されてないようで、よかった」と安堵した。
「お前のなりすまし暗殺者が俺を狙ってるらしいぞ。紛らわしいから合言葉でも決めておかないか」
「僕のなりすまし? 迷惑だなあ」
オスカーが女子たちに「せっかくなのでお化け屋敷を堪能しませんか」と誘いかけている。ヘレナが「お化け屋敷のリアルスチル見に行くかあ!」とやる気になってユージェニーを引っ張った。
「みんなで!」
ユージェニーがそう言って、大所帯が暗闇を進む。スタッフのはずのエリックとクレイまで後ろの方をついてきて、「この先で俺の臣下がお化けになってる」とか「僕の呪術師が演出してる」とかネタばらしをしまくった。
「呪術はずるいだろ」
「そっちこそ、臣下にお化けさせてるくせに」
後方でギスギスが始まり、前方ではお化けと演出で悲鳴が上がる。けれど意外なことに、このお化け屋敷は安全で全く暗殺の気配がしないのだった。
「ああ、癒される……このお化け屋敷、とても癒しですわ……」
ネネツィカが呟くと、オスカーが「お嬢さんはこういうのがお好きなのか」と眉をあげた。
「俺はてっきり、キャー怖い―って可愛らしく抱き着いてくれるかと期待してたんだが」
今からでもどうぞ? と腕を広げれば、後ろから「エリック、あいつ暗殺しよう」「どっちが先に暗殺できるか勝負する?」という不穏極まりない会話が聞こえる――「人の命を懸けた勝負をなさらないでください」オーガストがそぉっとそぉっと声を挟んでいた。
涼やかな暗闇を進むと、なぜか休憩場所が用意されている。公爵家の『盗賊上がり』がぞろぞろ出てきて、飲み物とアイスまで出してくれた。
「俺はこんな場所つくってないぞ」
「休憩しないと疲れるじゃないか」
また二人がギスギスしていた。しかし、暗殺はない――平和! ネネツィカは幸せな気分でクレイが『盗賊上がり』の新しい名前を考えているという話に耳を傾けた。
「この中から英雄を出すんだぞって意味をこめて『英雄のひよこくらぶ』とかどうって言ったら、あいつら嫌だっていうんだ」
「おかわいいこと」
「ネーミングセンスがないね」
ほんわか和むネネツィカに間髪入れず、エリックがむすっとした。
「じゃあ『英雄の卵』って言ったら、雛から卵に退化してるじゃないですかって言うんだよ。めんどくさい」
クレイがため息をつけば、エリックはにっこりとした。
「俺がつけてあげるよ。考えた名前を今度リストにして送るね。『クレイの子守り』とか」
「喧嘩売ってる?」
オーガストがおろおろして、「そろそろ行きましょうかあ! 後ろもつかえてますよー!」と進行させた。オスカーはしきりに「この後ケイオスレッグの試合があるんですよ、応援してくださいね!」とアピールをしていた。それを聞くとクレイは微妙な顔をして何かを言いかけては止めるのを繰り返していたが。
「そういえば、ケイオスレッグはメンバーに変化がありましたよね?」
ネネツィカがシュナを思い出して問えば、オスカーは「ええ、そうなんですよ」と珍しく不機嫌そうな声をして。
「どうも、どこかの莫迦道楽貴族がバックについてるらしき奇矯な新興商会がですね、面白半分にエンジョイチームをつくろうってんで、うちの控えメンバーを何人も引き抜いたんですよ。まったく、我がユンク伯爵家に喧嘩売ろうってんだから、大したタマです。やり返してやらねば」
(あら……お怒りですわ。とても、わたくしがウェザー商会に頼みましたの~、なんて言えない雰囲気ですわね……)
ネネツィカはオスカーが「シュナの奴、あんなに面倒みてやったのに」とか「あいつもこいつも、金に釣られやがって」と愚痴るのを新鮮な気持ちかつヒヤヒヤと見守り――後方でそれを聞くクレイは、「莫迦道楽貴族……」と呟いて、居心地悪そうにそっと視線を外すのだった。
ゴールした後は、エリックとクレイが交互によしよしオプションをしてくれた。
「なるほど、こういうのもお金になるのだね」
「手が疲れてくるね、これ……」
およそお金に困ったことがなさそうな少年たちは、面白そうに声を連ねて微笑んで、それがなんとも平和だった。
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