竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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11、三国同盟と魔王の時代

194、戯言とチート騎士

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 北西エインヘリア、帝都――窓の外では城の尖塔に被さるような太陽の周りに虹色の光の輪が輝いている。
 ファーリズ王国出身の呪術師レネン・スゥームは窓から吹き込む乾いた風に混ざる戦の匂いに眉を寄せ、黒ローブを翻して主の前に膝をついていた。
 床には紙束が散らかっていて、ウェザー商会のルーファスからの手紙や、勇者が返却した不要な剣の処分記録といった情報が絨毯を隠している。

「『昇格する歩兵』は『混沌騎士団』指揮下に受け入れられたようで、それぞれ防衛に就いていますよ」
「それはよかった」
 レネンの主、大使の少年はそう言ってシャツのボタンをもたもたと弄っているので、レネンは手を伸ばしてそれを留めてあげた。
「あいつら、そのまま混沌騎士団に入れて貰ったらいいんじゃないかな。お馬鹿な道楽貴族相手にカードゲームして過ごすより、断然良いと思うよ」
 主はそんな風に呟いて、レネンのフードに手をかけて引っ張って楽しむ様子を見せる。
「私はお傍を離れませんよ」
「うん、うん。僕たちはお茶でも飲んで優雅に観戦していよう。道楽貴族らしく」
 身支度を済ませると、少年は手ずからお茶を淹れてくれるという。

 微妙に危なっかしい手付きをソワソワと見守れば、優しい香りが湯気になって室内の空気に溶けていく。
 他人に何から何まで奉仕されるのが当然といったこの主人に茶を淹れて貰う日が来るとは――レネンは非現実的な光景をぼんやりと鑑賞した。

「人には無限の可能性があって……何処かに行って、何かをして――僕がそれを手元に置いておくと、その可能性が籠の中で飼殺される感じがする。その人の時間を無駄に消費させていく感覚があるんだ」
「手元に置かなければ、あっさり死んで終わる可能性もありますよ」
 レネンはフードの下で眉を顰めた。少年のふわふわした声があやしい気配を醸し出していて、ひやりとする。
「……物を手放す時って特有の感傷が湧くよね。ごちゃごちゃ集めたものを整理したり、散らかした部屋をお掃除してスッキリさせるのって、独特の快感があるよね……身辺整理とかする人の気持ちが僕はわかるよ」
 少年が軽く頬を上気させてそんな事を呟くので、レネンは本気で戸惑い心配した。近親婚を多く重ねる濃い血脈には心身に特有の繊細さを持つ者が生まれやすくなるという説もあるが、果たして主人もその父であるアクセルのように、御心に変調をきたしているのだろうか、と。
「……大丈夫ですか?」
 頭は、という言葉をかろうじて飲み込む従者へと、少年ははにかむような顔を見せた。
「良いことがあったから、はしゃいでいるんだ。わからない? 僕はとても機嫌がよい」
「お茶を飲んだら休まれてください……」
「うん、うん」
 にこりと微笑み少年が差し出すカップは、妖精が春花と戯れる意匠が可憐なデザインで、中で煌めく茶は透明度の高い蕩けるような秋色を見せていた。香り高く、典雅で上品な風情だが、目の前で砂糖に替えて堂々と睡眠薬の白粉を振られると反応に困る。
「これくらいで8時間かな……?」
「それはご自分で飲まれるのですよね?」
 どう見てもレネンに向けたカップに盛っているようだが。
「レネンは働きすぎなので、睡眠をたっぷり摂って休むと良い……」
 少年はそう言ってカップを薦めた。
「僕のベッドを貸してあげても良い。子守唄を歌ってあげようね」
 ――いったいこのご主人様はどうしてしまったと言うのか。
 これは狂気としか思えない。
 外で内乱が起きて、手元の護衛をすっかり出してしまったというのに残ったレネンに惰眠を貪れとは。
「下手すりゃ寝首をかかれて、永遠に目覚めないじゃないですか! 状況を見て戯言を抜かしてください!」
 憤然とカップを突き返せば、紫紺の瞳が不満げにすがめられるのが分かった。

 その瞳は少年の母ラーシャにとても良く似た美しい色合いで、見ているとレネンはまだ未熟な腕で、手探りで呪術を弄っていた頃の自分を思い出すのだ。
「レネンは僕の従者だろう」
 勘気めいたものを不穏にちらりとさせて、少年がカップを示す。
「主人の家にテロリストが転がり込んで来たのに、報告もせずに勝手に逃がして――この上さらに、主人が厚意でお茶を淹れてあげたのに、飲むのを拒む?」


 蒼天に幾筋もの煙があがるのは、比較的日常風景として覚えられていたが、この時は非日常の薫りがほんのりと近くて、少年は耳を澄ませた。

 通路に靴音を響かせてやってくるのは、数人――扉が開く音がしたから、窓の外を見ていた少年は一拍置いてから振り返った。

「何故、護衛を置かないのです」

 不思議な調子で第一声をかけるのは、旗色不確かな騎士青年だった。
 神々の芸術品と言われれば納得してしまいそうな端正で清潔感のある美貌、正義感を控えめに煌めかせる、実直で清廉なまっすぐの眼差し。
 鮮やかな紅い髪――血濡れた長剣を手にしているけれど、自身の衣装には返り血すらない。この異常に強い英雄騎士が負傷した話など、これまで聞いたこともなかった。これからもそうに違いないと思わせる何かオーラみたいなものがある。彼は、特別な存在なのだ。そんな気配を見せるのだ。
(チートだなんだと言うけれど、ならばこの騎士はなんだろう。これはチートとは違うのかしら)

 どうやら自分は確かにアクセルとラーシャの子で合っているらしい、と自覚したての少年――クレイは、言葉を選ぶ。

(僕の大切なあいつらが、君に斬られるのが怖いんだ)
 ルーツ不明で、いつ死んでもいいような拾い物たちは個性豊かで、名前も顔もすっかり覚えていて、あっちにこっちにと拠点を移しながら皆でぞろぞろと一緒にいるうちに、いつしか家族みたいに思えてきたのだった。

 けれど、本音を話せば敵対を予想して警戒している事になるので、そうは言うまい。
 クレイは意識してあどけなく微笑んだ。

「フィニックスと僕は友達なのだから、君が来る時に護衛を備える必要はないではないか?」

 そして、懺悔するように付け足すのだ。

「友達の君に、僕は今日こそ正直に告白しなければいけないよ。……ずっと言わなきゃと思っていたのだけれど、僕にはアスライトの加護はないと思っていたんだ」

(ああ、フィニックス。君はアイザールに何か言いくるめられて、彼らの都合の良い駒になってしまった――或いは、これからそうなってしまうのだろうか?)
 せっかくの立派で綺麗な騎士なのに、主人に恵まれない。
 そんな騎士だから、愛しいのだ。
 そんな騎士だから、哀しいのだ。

「だけどどうやら、僕にはちゃんと加護があるらしい……」

 レネンが寝台ですやすやと眠っているのがとても安心して、薄い氷の上を歩くみたいにヒヤヒヤとさせる。
 この呪術師が万一起き出して『鮮血』と争いでもしたら、斬り伏せられでもしたら……そう考えると、胸がさわさわとするのだ。

(場所を変えられたら、それが良い)

 そんな提案はないものか――『友人』の眼差しを探りながら、少年は血濡れた剣に手を伸ばした。
「たくさん斬ってきたんだね、君に怪我はない?」

 ――この剣で、貴重であろう『騎士王』の味方を斬ってきたんだ。
 そう思うと、複雑だった。
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