竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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11、三国同盟と魔王の時代

196、一矢、打ち砕き

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 『ラーフルトン』の華やかな紅茶の香りが空間を浸している昼下がり。

「ウェザー商会だよ。やってるだろ?」
 国際交流会の西側白天幕では、旧友を呼びつけたファーリズのエリックが世間話でもするようにエインヘリアのニュクスフォスにそんな話を切り出していた。鎧姿のニュクスフォスは、古妖精がすっかり妖精同士の諍いだか戯れあいに夢中になってしまって戻って来ないと愚痴っていたが、商会の名を聞くと即座に首を縦にした。
「おお。あれか。それはもうバッチリがっつり」
「勝ち誇るね……」
 同じく白天幕に遊びに来たネネツィカと「あれが『鮮血』と……」とこそこそ萌え談義していたユージェニーは、「ウェザー商会?」と首をかしげた――それは兄の玩具ではないか、と。
「そろそろ許してあげよう?」
 エリックが眉を下げて笑えば、ネネツィカも口添えをした。
「シュナの件は、以前も申しましたけれどわたくしが頼んだのですわ」
「ウン」
 混沌騎士の一人が兜を取って顔を晒せば、シュナ本人だった。
「まあシュナ、久しぶり」
「久しぶり!」
 少し言語力が上がっている様子のシュナはニッコリとした。
「雑魚は根に持つタイプ……」
「『メンバーを飼い殺しにした』だの『手に手を取り合って逃げた』だの『エンジョイはガチに勝る』だの、妙なブランディングで『ケイオスレッグ』を引き立て役にしようとした奴が謝ってきたら許してやるよ」
 ニュクスフォスが断固として譲らないと肩をそびやかすので、エリックは「商会長に謝らせれば良いのかぁ」と首を傾げた。
「その裏にいる支援者、莫迦道楽貴族だ。そいつを連れて来い。俺の前で『ごめんなさい』と言わせるんだ」
「莫迦道楽貴族……」
 ユージェニーが呟いて、楽しさに唇を綻ばせた。
「ぴったり」
 何が、と思いつつネネツィカはそっと提案する。
「ルーファスさんにお話ししてみますわ……」

 ユージェニーはそんな友人と紅茶を見比べた。
 気がある子の銘柄の紅茶ブランドを創ったり、あれこれと影で支援していたのがバレたら気まずいのではないかしら、と思いながら。
 妹の目には、兄はいわゆる『忍ぶる恋』とやらに酔いしれて、慕わしさを秘めたり人知れず想い人を助ける自分、という概念に気持ち良くなっているように感じられた。
は……)
 生命の喜び溢るる夏の森を思わせる聖女ズアイがキラリとした。
(奴は、『忍ぶ恋いとをかし』とか言って風流気取って陶酔しちゃう莫迦道楽貴族――精神的な人魚姫自己犠牲症候群……間違いないわ)
 ユージェニーは一応、兄に対して家族愛めいた情があるし、キャラクター性を考えた会社の先輩も好きだった。
(でも、クレイは別にそんなキャラじゃなかったわ。金にものを言わせて何かすることもなかった。ユージェニーのサポートキャラに近い絶対味方キャラで)
 ついつい設定に思いを馳せそうになって、ユージェニーは頭を振った。
「あー、……私が、仲介しましょうか?」
 ――ユージェニーも、兄が嫌いなわけではない。
(兄の道楽趣味を、妹として守ってあげましょう)
 『道楽』に『ネネツィカに身バレしない事』も含まれるのは、言うまでもなかった。

 恐る恐る言えば、ネネツィカが目を丸くした。晴れやかな青い瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、それがエリックとお揃いな色だからユージェニーはちょっと嫉妬した。

 その莫迦と知り合いだと言えば、兄が連想されるかもしれない。兄が派手に金を使って変な遊びに興じがちなのを、この天幕の友人たちは知っているから。
 そう思ったユージェニーは、考えた末に家柄を盾にした。
「公爵家は、貴族に顔が利くので」
 なるほど、とネネツィカが頷くのが可愛らしい。この友人は独特ののほほんとした空気感があって、喧嘩もできるし、変に引きずって拗れることもない。ユージェニーはそこが素敵だなと思っていた。

 ニュクスフォスが引き上げた後は、他国勢を相手にするときよりよほど少し緊張した顔のエリックが少女たちをもてなそうとした。
「殿下、ご歓談中失礼します」
 優しそうな容貌をした白衣の青年が静かに寄ってきて、何かをエリックに囁いた。
「ルカ皇子が?」
 少し驚いた声が室内に溢れた。

 ――ルカ皇子といえば、ヘレナのお兄さま……。

 ネネツィカとユージェニーが顔を見合わせた。
「毒を盛られたけれど、一命を取り留めたのですよね?」
 ララカの魔法で聞こえていましたの、とネネツィカが打ち明ければ、ユージェニーも頷いた。
「私も解毒したわ」

「それが、容態が悪化したらしい」
 エリックが深刻に言ってユージェニーに手を差し伸べた。
「解毒したのに」
「うん。俺も見てた。……もう一度診てもらえる?」
「ええ……もちろん」
 ネネツィカはそんな二人を一瞬傍観者めいた目で観たけれど、ふと自分の首飾りに指先で触れてハッとした。

「あ……」
 可愛らしい薔薇水晶。その上に煌めく金の王冠。王冠を摘んで回す――容器状の内部に揺れる一雫。

「霊薬はお役にたてますか?」
 万病に効く。そんな触れ込みだったと思い出しながら提案すれば、エリックは懐かしそうに目を細めて「体に良さそうなのは間違いないね」と空いていた手でネネツィカをエスコートしてくれる様子を見せた。

「両手に花……」
 場違いにそんなことを呟きながら。

「そう言うことを仰ってる場合ではなくてよ」
「ははっ、そうだね」
 天幕を出て移動すれば、空では妖精たちがくるくるピカピカと遊んでいるのだか喧嘩しているのだがわからない騒ぎを起こしていて、地上も地上で赤天幕周りが騒然としていた。
 大きな天幕の周りで兵士たちが押し合い、へし合い、怒鳴ったり剣や斧を抜いて振り上げたり、それを止めたり。

「武器を戦わせている者がいるのはどうしたことか?」
 あれはアイザールの兵同士の争いでは? とエリックは呟いたが、攻め手側の兵はそんなエリックを見つけて、見慣れた王国旗をこれ見よがしに掲げて叫んだ。訛りのある、下手な発音のファーリズ語で。

「我らがご主君、ファーリズ王国の至高なる白竜の王子エリック様が見舞いにいらしたぞ! さあ『兄弟』、お通しせよ!」

「あっ、これはダメだ……ネクシか、グリエルモか」
 エリックは舌打ちした。
 王国旗が幾つも翻り、炎を灯した松明が掲げられ投じられる。赤天幕へ。

「ファーリズ王国の聖なる炎でアイザールの病魔を清めてやろう!」
 嬉々とした声が叫ぶ。何人もが。

「稚拙な発音で何を言っている! 君たちはファーリズの兵ではない!」
 エリックが怒鳴り、呪術を紡いで消火する。ユージェニーとネネツィカはゾッとした顔で視線を交差させて、消火を手伝った。

「何、この状況……?」
 ユージェニーが気味悪そうに眉を寄せている。
「わからな――」
 ネネツィカが魔法を手繰りながら応えようとした時、ハッとエリックがその腕を取って己の懐に引き寄せた。
 まるでスローモーションのように時間が流れた。
 首飾りがしゃらりと、ほんの僅かに体から浮いて虚空に薔薇水晶を煌めかせて。

「危ない……!!」

 ひゅ、と大気が裂けるみたいな音が耳に聞こえて、次の瞬間硬質な何かが砕ける音と衝撃があった。パリン、という破壊音は小さくて、思っていたよりも衝撃は呆気なく――けれど破砕した破片がひとつ、頬にうっすらと傷を刻んだ。

「あ……っ?」
 薔薇水晶が何処かから飛来した一矢に射抜かれて砕かれたのだと理解したのは、一拍遅れてからの事だった。

 首飾りを砕いた矢は、空気に溶けるように消えてその後は何も傷つけなかった。
「『妖精射手』……? こんな魔法の矢を見事に当てる奴は、その名前しか思い至らない」
 エリックが剣呑な目で唸り、周囲への警戒を強めて頬の傷を痛ましく見つめた。
「俺が付いていながらこんな傷を……怖い目にあわせている……」

 影が蠢き、魔物たちが群れて現れた。
「ミームとファラオはあのふざけた兵を残らず捕らえよ。ルルムは守備を固めて。ダンディ卿はクレストフォレスの『妖精射手』を……」
 少年の声が「殺せ」と吐くのが非日常の象徴めいていて、少女たちは危機感強く手を握り合った。

 またひとつ、火の手があがる。
 あれを消さなくては――、

「異世界では、あんまり殺し合いとか身近じゃなかったな……創作ならたくさんあったけど」
 ユージェニーはひび割れたガラスみたいな声を溢した。
「ランチしながらスマホで1分2分、ちょいちょいってバトルを見てた……読み飛ばしたりもして」

 エリックはその声に少し勘気を収めた様子で声を穏やかにした。
「君たちの『薄い本』、俺も少し読んでみたよ」
「えっ」
 剣を振るい、何処かから飛ぶ矢を落としながら語る声は憤りを理想のおくるみで覆い隠して柔らかく優しく心がけるような調子で、広い海原の真ん中で要救助者を抱えたまま行き先に惑うニワカヒーローの生々しい温度を伴っていた。

「あれは、ステキな娯楽だね。こういうのが楽しみたいって人のためにそれだけをストレートに、余分なものなく『そのためのものですよ』って見せてくれる」

 矢の飛来する方角に金属の煌めきが鈍く光っていた。鎧が見えた。

「君たちの本は、ハッピーエンドが多かった。好きなキャラクターたちが仲良くしてるのを楽しむ作品が多いよね。仲良しは、楽しい――俺はその良さがわかった。現実もそうであれば良い……」

 エリックは全身鎧姿の騎士を睨んだ。魔法の弓矢をつがえていた騎士が逃げていく。
「『妖精射手』ではない――弓手は、混沌騎士か」
 慌ててダンディ卿に命令の撤回を命じるが、ダンディ卿は既に『妖精射手』サリオンに致命ではないものの深い傷を与えた後だった。
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