竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

文字の大きさ
207 / 260
11、三国同盟と魔王の時代

199、黒風白雨、竜を呼ぶ

しおりを挟む
「……『妖精除け』のバフールの薫りが鎧に染み込んでいるんだよ」
 眠っていた少年が細い肩をにわかに強張らせて飛び起き、白皙の血相を変えて呟くのでフィニックスは驚愕した。
「――黒竜が、なにか夢を?」
 問いかける声が耳に入らないといった様子で、少年は指先で空気を掬いあげるように竜の名を虚空に紡ぎ、名を繰り返し呼んでいる。

「アスライト、アスライト、アスライト!」
「殿下!?」
 声を荒げたり大声を出すことのなさそうな少年が壊れたようにその名を叫ぶ。これは狂乱と呼ぶのではないか、いったい急にどうしたというのか――フィニックスは狼狽して馬を止めて少年を落ち着かせようとした。
 間近に覗き見る紫水晶の瞳は爛々と燃えている。そこに燈る感情の色はなんだろう――フィニックスは息を呑む。
 逆巻く夜気めいて鮮やかで、したたかで、星の涙滴のごとく不穏で美しい。感情を煮詰めて、固めて、上澄みを掬い上げた。そんな澄んだ色だった。
 
「君は応えないといけないんだ。僕が呼んだら応えなきゃ。エリックは駄々をこねたら何処にでもひとっ飛びで、どんな奇跡も思いのままだったよ。あれを僕も所望する。僕が望むのだから、君はそうしないといけない」
 恐ろしく昂然と告げる少年は、先ほどまでとはまるで人が変わったようだった。
 その言葉が何者に向けてのものかがわかったので、フィニックスは愕然とした。
「君が姿を見せないから、僕はずっと嘘吐きで肩身が狭くて、ずっと処刑台を恐れながら生きてたんだ。手を伸ばせば取れたかもしれないけど伸ばせなくて、取り損ねたものがいっぱいあったよ。君が僕を中途半端に守るから、僕は痛かったし苦しかったけど死ねなくて最悪だったよ。いっそさっさと死んだほうがマシだと何度思ったろう」
 まるで責めるように。
 まるで脅すように。
「でも、君がいなかったから僕は今の僕になった。大切なものもできたし、失いたくないと思うものもできたんだよ」
 泣きじゃくるように、竜に呼びかけている――、

「僕は奇跡チートを所望する。僕にはその資格があるんだろ。エリックみたいに」
 狂気すら感じさせる炯々とした眼差しで虚空に呼びかけている。
 呼ばれた夜が昼の時間を侵食するように影を伸ばして形を成していく。その冷たさにフィニックスはゾッとした。

 それは、漆黒だった。
 何にも染まらぬ絶対の色だった。
 それは、星の瞬かぬ夜だった。
 夢見ることなく絶望だけを望むような夜色だった。
 
 それは、物語に出てくるような、強い力を持つ超然とした存在感を感じさせた。
 それは、吟遊詩人が謳うように、人よりも高い知性を感じさせる眼差しをしていた。
 
 体毛は柔らかで艶やかで、其の下の竜鱗皮膚は硬く堅牢で、筋肉骨格は強靭で、爪は鋭く大きく、牙は獰猛さを秘めて、瞳は地上のどんな宝石よりも高貴で麗しい。

 それは、竜だった。
 巨大で、優美で、荘厳で、人を寄せつけぬ冷たさを感じさせる高貴なる黒竜だった。
 尾は長くしなやかで、羽は雄大艶美。瞳は燃えるような苛烈な赤で、正視するには勇気が必要なほど険呑な気配を伴っていた。
 
「黒竜……」
 周囲の配下が呻くように名を呟いている。
 
 竜を呼んだ少年は杯のようなものをいつの間にか手に持っている。
 白竜を見ていたシリル王子とよく似た感情を湛えた目をしている。
 少年は竜を見て、激昂をひとまず抑えたように静謐な気配に移ろう様子を見せた。
 竜の傍に寄り、ふわりとフィニックスを振り返る顔は『友達』の温度を湛えていた。
「僕、ちょっと急用ができたんだ。だから、申し訳ないのだけれども、君とスローライフはまた今度にしたいな、フィニックス」
 ゆっくりと紡ぐ言葉は、優しい声色に彩られて感傷的で、フィニックスの心をそよそよと揺らすようだった。
「君と舞台から降りたら、僕は期間限定のあのくだらなくてつまらなくて無駄な日常の時間――学院を失ってしまうんだ。今、なんだかふとそれを思ったよ」
「……思いついたことをありのままお話くださるのは、嬉しゅうございます」
 そっと言葉を零せば、少年は機嫌の良い猫のように微笑んだ。そして、望んだとおりの奇跡を一瞬で黒竜と共に空気に溶けるようにして消えたのだった。

「殿下……っ」
 消えてしまったそこに思わず駆け寄ったフィニックスは、次の瞬間ぎくりとして右へと飛びずさる。
「あはは……、『鮮血』、ふられたね!」
「――何奴っ!?」
 左肩の横を風が唸る音をたてて剣風が過ぎ、配下が殺気立つ中をひとりの青年が恍惚と笑って挑発的な剣をじゃれるように振る。
 くすんだ緑色の髪を揺らし、橙色の瞳を戦意と愉悦に煌めかせーー青年は一目でただならぬ名剣とわかる見事な剣を、それに見合う技量で手繰り技を魅せ、酒気を帯びた声でけらけらと笑ったのだった。

「俺は通りすがりの『闇墜ち勇者』ってところかな! ちょっと遊ぼうよ、今日と明日は休みでさ、俺はちょっと暇なんだ……!」


 ◇◇◇
 
 
 ファーリズとクレストフォレスの国境際は、地上がうんざりするほど混乱していて、盤面はぐちゃぐちゃしていて、騒がしい。
 妖精たちは空で騒いでいて、長い歳月を生きていて強い力を有する古妖精が竜を見つけて敵意を剥くのが面倒だった。

 地上に影が落ちれば、混乱している人々が少しずつ上に気付いて口を開ける。
 何か言っていて、それをきいた周囲の人がまた上を向いて同じ顔をする。
 それが滑稽で、黒竜の背から見下ろすクレイは『エリックはいつもこんな気分だったのかな』と薄く笑んだ。
 
『このあとは?』
 黒竜アスライトは、不機嫌だ。
 エリックに優しかったティーリーとは全く異なる気配で、嫌で嫌で仕方がないって感情をありありと伝える。

「トロフィーってなんだろう。僕、それを貰った」
 クレイはそっと呟いた。
『問答している間に、人は死ぬよ』
 アスライトは優しいんだーークレイはそう思いながら、駒を示した。
「じゃあ、僕が助けてって言う前にさっさと助けたらいいじゃない。僕はあそこに降りる。僕は、煩いのが嫌だ。武器を持った人たちも苦手だ。静かにさせてほしい……」
『君は我儘だな。勝手に静かになるよ』
 文句を言いながらも、アスライトは降りてくれるようだった。
「アスライトは優しい」
 クレイははっきりと言葉にしてそれを言った。艶めく黒い毛を撫でながら。
 
(一瞬だ。アスライトはやっぱりティーリーみたいに、神様めいて奇跡チートみたいな加護が使える。これは便利……エリックが調子に乗るのもわかるよ)
 その気配は呪術師レネンと似ていて、妖精たちの魔法とは異なるようだった。
 世界を構成するコードに触れて、それを書き換えることができる。管理者たる資格を設定されたという竜は、人の呪術師よりもそれが許される範囲が広いのだ。
 
 歌劇に謳われる、滅多に姿を見せた記録のないという珍しい黒竜が体重を感じさせぬ浮遊感を伴って地上に降りる。
 その時、地上の全員が自然と武器を手放して、口を噤んでそれを視ていた。
 
 ふわりと黒竜から少年が降りて、地に足がつく。
 重力を思い出したように一瞬たたらを踏む少年は現実を思い出させてくれて、けれど名を呼ぶ者はいなかった。
 誰かが何かを喋った瞬間に決壊しそうな神聖不可侵な気配のある静寂と緊張が張り詰めていて、そこに集う者にはただ、呼吸を繰り返してそれを見守った。

 日差しに金色めく茶髪がさらりと風に揺れて、少年が一点を見てぎくりと驚いた顔をする。零れる声は詰るようだった。
「まだ治してないの?」
 血だまりに意識を失って倒れている騎士を一瞬視て弾かれるように竜を振り返る少年の仕草は竜に対して取るには不遜な態度で、癇癪を起した駄々っ子のようだった。
「死んでしまうじゃない。苦しそうじゃない。君はどうしてのんびりしてるの。治してよ、早く。今すぐ、今すぐだよ……」
『君が一番煩い』
 うんざりするように言って、黒竜がコードを弄る。『騎士王』の傷が文字通りの奇跡で癒えるのを間近で見る混沌騎士たちは目を見開き、口々にその名を呼びかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。

篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。 

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。

異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました

水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。 世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。 「見つけた、俺の運命」 敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。 冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。 食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。 その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。 敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。 世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。

処理中です...