竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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12、騎士王と雨月の冠

209、光華高揚、夜は眠りて

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 ――負債が増えていく。

 流れる星の瞬きめいて夜会からエインヘリアの居室に戻ったクレイは高揚の名残にぼんやりとしながら呪術師レネンに湯あみと着替えを手伝わせて、せっせと働く黒ローブレネンのフードを引っ張った。
「僕はよくあれに我慢したと思わないか」
 ――褒めてほしかったのだ。
 レネンは複雑そうながら、頷いてくれた。
「……ご立派でしたよ」
「うん、うん」
 ほわりと微笑んだところに、全く空気を読まずに氷を押し付けて光華高揚の余韻も労われた喜びも拭い去るような声がした。
「何に我慢なされたと?」
 びくりと主従が揃って視線を向ければ、いつから居たものか寝台に腰かけて、軽装の少年――今はもう青年と呼ぶべきだろうか、そんなニュクスフォスが射抜くように紅色の眼を向けていた。怒気めいた不機嫌さを伴う気配は静謐で、薄暗い夜の室内に光を足すように羽の綺麗な妖精が舞っていた。それが奇跡を授けている――噂によれば、それは彼の指輪に魔法を授けし古妖精らしい。
 その妖精も指輪も、クレイはあまり見たことがなかった。ニュクスフォスが故意に見せないようにしているのだ。
 『この者は、僕がそれを欲しいと言うのではないかと……エインヘリアの玉座を奪うのではないかと警戒しているのだ』――クレイはそっと視線を逸らした。
 
「伯爵公子!」
 レネンが叫べば、白頭が横に振られる。
「その呼称はもう違うな」
 レネンが揉めて、斬られては困る――ヒヤりとした思いを胸にクレイは手を振り、レネンをさがらせた。

「僕を待っていらしたのですか、陛下」
 鎧もなしに、妖精を連れて。
 距離をそのままにして問えば、髪の毛先から拭いきれぬ湯雫がほたりと垂れて絨毯に染みの色を落とす。
「かような夜中に何処かで遊び惚けていらっしゃるとは、思わずに」
 揶揄うように言ってニュクスフォスが手に持っていた書類を寝台脇の卓に置いた。待ちながら書類仕事でも片していたのだろうか。意外と真面目――場違いにそんなことを思っていると、立ち上がった長身が遠慮も断りもなく距離を詰めて、少年の身を抱えて寝台に連れて行く。

(待って。僕はこういうのを読んだ事がある。ちょっと……ドキドキするではないか……?)
 思わず間近な首筋に痕を探して、無い事を確認しながら少年は身を小さくした。
(なにせ真偽はわからぬが、相手が相手なのだ。経験豊富なのは間違いないだろう? そしてミハイ皇子とABCでZでハーレム騎士団だ。真偽はわからぬが)
 僕は果たしてリアル薄い本な体験をしてしまうとでもいうのだろうかっ? ちょっとどころではない緊張が全身を襲う中、日常を感じさせる声色がすこし優しくなって頭を撫でてくれた。

「別に怒りゃしませんよ。そんな怯えなくても――俺はそんなに怖い顔をしましたかね」
「ぼ、僕は別に怒られると怯えているわけではないのだよ……」
 声が震える。
 紅潮した顔を隠すように胸元に顔を押し付けてしがみつけば、怒気めいた不機嫌な気配が薄れていく。気を落ち着かせるように手が髪や背を撫でてくれれば、そのあたたかさと優しさに少しずつあの夜会の毒気が抜かれていくようだった。

「今夜はこのまま、この『お父さま』と寝ましょうかな、俺の臆病な殿下?」
 茶化すよう、お道化るように笑う声には敵意がない。妖精がふわふわと舞う光は、幻想的で柔らかかった。
「うん、お前は――貴方は『お父さま』ではないけれど」
「ややっ、気付いてしまわれましたね! では、『兄』と」
「次は『兄』か……」
 緊張が解けていく。
(この者はまったく薄い本を致す気がないな、うん。僕がひとりで盛り上がっていた。これは……恥ずかしい。とても恥ずかしい。黒歴史が増えた)
 そろそろと視線をあげれば、家族めいた距離感に後ろめたさが湧いてくる。
(陛下、すまないね。僕の心が穢れていて……ユージェニーのせいだ。そういうことにしておこう……)
「ふう……」
「落ち着かれたようでなにより」
 あやすように髪が撫でられて、リボンの解けた後ろを梳いていく。
 
「で、何をなさっていらして、何を我慢なされたと?」
 事情聴取はちゃっかりするらしい。クレイは少し考えた。
「僕は、……ガ、ガチャをしていた」
「ガチャ?」
「ガチャをもう少し続けたかったが、我慢してやめたので、えらいのだ」
「よくわかりませんが、そういう事にしといてあげましょうか」

 外で吹いているらしき風音がひゅうと魔笛めいて鳴っていた。
 カーテンの隙間から差し込む夜廻りの月の光に浮かび上がるような首もとが『兄』とやらの無防備な肌色を美しく見せていた。

「ミハイが僕に痕を見せびらかした」
 ぽつりと雨垂れめいて言葉を零して、さらりと髪を揺らして少年が唇を寄せる。
「故に、僕は見せびら返したい」
「ほう? ミハイ殿下? 痕? 見せびら返す?」
 なんのことだかわかっていないような声が少し眠たげだ。国主の職責は重く、日々は大変であろう――僕はそんなもの、要らない。日常に微笑みながら、クレイは機嫌よく微笑んだ。

「僕はこれに痕をつける。良い?」
 一応尋ねれば、『兄』とやらはたいそう驚いた顔をしていた。動揺らしき感情が目の奥で揺れるのが、貴族たちの歓声よりよほど楽しい。
(この者は僕を侮っているな。僕は乙女ゲームのお兄さまだぞ。それなりに人気だってあったらしいのだ。……舐めてはいけないのだ)
 拒否権はないのだ。僕は貴き血に特別な血を掛け合わせて出来た特別性の血統書付きなのだ。ちょっと皇帝だからと言って、ちょっと英雄騎士だからといって、成り上がり者にそんなにへこへことへりくだらなくても良いのだ――、成り上がる前の元が伯爵公子だったからなんだというのだ。というかニュクスフォス、貴種が皇種に成り上がるってなんだ。考えてみればなんかずるい、古妖精の魔法の指輪なんか持っちゃって――、
 何かを言われるより先に首元に舌を這わせて味わってみれば、ちょっと大人な感じがした。
(ミハイ、僕は舐めてやったぞ)
 ――だいぶ気分が快い。味は甘くはないけれど。

「……ところで痕ってどうやってつけるの」
「いやいや、それは舐めてから仰ることではないんじゃないですかねえ……?」
 学院で何をやっているのか、また友人たちと妙な遊びに興じているのかと呆れたように言い連ねながら、ニュクスフォスは痕の付け方を教えてくれた。

「できた」
 作品に惚れ惚れとしていれば、困った感じで頭を撫でられる。
「よくできました。じゃあ、満足したなら大人しく寝ましょうね」
「うん、うん。これを明日ミハイに見せてやろう。どんな反応するかな」
「貴方たちは何をやってるんですか」
 妖精の淡い光に包まれて、夜が過ぎていく。

(こいつ、『じゃあ俺もつけますね』とは申さぬのだな)
 やはり、シェリとはからかわれただけなのだ。
(ユージェニー、すまないね。兄はやはりお前が期待するような薄い本なアレコレにはならぬようだよ)
 
 ――ミハイはどうなのだろう。あの痕は、本物なのだろうか。僕らの知らぬ大人な体験をしているというのだろうか。
 
 それを思うと少し悔しくて、けれど安心したような気もした。
 この安穏として微睡むようなばかばかしい家族ごっこ遊びの日常は、居心地が良くて、優しくて、ちょっと刺激的で、たいそうあたたかいのだ。
 
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