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12、騎士王と雨月の冠
231、敗者の血、易姓に誘われ
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アーサー王が鎮座する玉座を前に、王甥クレイが膝をつく。赤絨毯が血混じりの泥で汚れると、こんな状況なのに「汚してしまった」という後ろめたさみたいなものが湧くのを自覚しながら。
アーサー王はエリックやシリル、あるいはラーシャとの血のつながりを濃く感じさせる白銀の髪をしている。
「卿は……血塗れのようだが、怪我はしていないのか」
微妙に気の弱そうな風情で、王が呼びかける。無事を伝えれば、安心したようだった。
玉座から立ち上がり、甥に近寄る気配は控えめな歩み寄りを見せていた。
「公子は……」
線引きめいて言葉を零し、王はすぐ傍に膝をついた。
顔を伏せたままの甥の胸中には、その一言で誘われるようにして殺意めいた情念が湧いた。
(線引きをなさいましたね、アーサー王陛下。僕は貴族だと、その身分を忘れるなと仰るのですね)
ざわざわと足元からせり上がり、腰から腹から沸騰するような思いが全身に巡るようだった。握った手の指先が白くなる。
(思えば、思えば。ラーシャ姫だけではない。果たして過去にコルトリッセンの血でどれだけ、継承争いの種となった王族の血が封じられてきたことだろう。王族にとってなんと便利で都合の良い家だろう、我が公爵家は……)
目の奥が熱くなる。
――この身に流れる血というのは、過去に封じられた無数の『敗者』、継承争いや権力争いにて犠牲となった王族たちの血なのではないか。
(全ての婚姻がそうとは思わぬが……)
ふとこの瞬間に思い出すのは、黒竜の夢、あるいは春の夢に見かけたミハイであった。
(道理も何も、知ったものか。殺してしまえば、それで『ざまぁ』なのではない? やられる方が悪いんだ。勝負に敗れるほうが悪いんだ。勝った方が正義なんだ。情報なんて、いくらでも操作できる。歴史書に書く文言だって、いくらでも都合の良い事実を偽れるんだ)
――ああ、ここに誘惑がある。
コルトリッセンの血は王を裏切るなと訴えかけるようで、同時に恨みを駆り立てるのだ。
封じられた王族たちの血が騒ぐのだ。
(覆してやってはどうか。先祖代々、積もりし恨みの力にて、覆らぬ白の血を覆して、このクレイがコルトリッセンの謀叛を歴史に刻んではどうか。易姓革命と洒落込んではどうか)
そんな誘惑が甘やかに胸に芽吹こうとするようで、ぞくぞくと背筋を駆け巡り殺意の衝動を呼び起こして止まらぬのだ。
王はそんな内心を知らず、傍にしゃがみこんだ。
「我が甥、クレイは……黒竜の王子は、加護の行使は可能だろうか。黒竜は負傷したときくが」
弾かれたように顔をあげるのは、驚いたからだ。すると、しゃがみこんだ王がまっすぐにその青い目を見せている。同じ視線の高さで、親戚の温度感で。
勝手に顔をあげてぶしつけに目を合わせても咎める事はなく、エリックによく似た空気を纏って、自分から視線を低めて。
――この時王甥は間違いなく、意表を突かれたのだった。
(あっ……)
この王が、僕を「甥」と呼んだ。
王が、僕を「黒竜の王子」と呼んだ。
新鮮な風が吹き抜けたような心地がして、クレイは瞬きをした。
――この王は、エリックに似ている。
それがムカつくようでいて、不思議とどうしようもない親愛の情を招くのだ。
(だから、何。なんだというの)
そんなのでこの殺意を流してなるものか。この憤りを、恨みを手放してなるものか。そうではないか、……そうではないのだろうか?
(けれど、この王を殺してどうするの)
次はエリックを殺すのか。
そして自分が王になるのか。
――そんな未来を望むというのだろうか。自分は。
(すっきりして、ざまぁして、気持ちよくなって――その先は? 僕は、その後の人生も生きるんだ。僕は、王になりたいわけではない……アーサー王に親愛を抱く臣下や王妃たち、その子ら、エリックやその恋人や友人たち……この治世に生きる民たちに、果たして何を語るの。どんな未来を描いて見せるというの)
「アーサー王陛下、恐れながら……アスライトは防衛のための加護を紡ぐ余力はないものと思われます。呪術とは、大がかりなものほど神経を使いますし、紡ぐ時間もかかるではありませんか……アスライトは、国境の長城の構築にもかなり苦心していたように思うのです。準備に時間をかけていました。あまり大きな声で申せませんが、偉大な奇跡を一朝一夕にとは、参らぬのです」
「そうか、そうだな。『君、呪術が得意だね。ちょっと5分でさくっとやっちゃって』とは、なかなかいかんな」
くだけた口調で言ってアーサー王は笑った。
「で、……ですが、ですが……、僕の呪術師、僕のレネンが、時間をかけて設置式の呪術罠を編みました」
クレイは呪術編みを取り出して見せた。
「我が軍の防衛戦力は国境に多くを割き、この危機に引き返すには時間の制約が厳しいように思われます。ですが、王国の次代を担う若き太陽、陛下の第二王子エリック殿下には幸か不幸か魔王のちからがあるのです。殿下は前線からかなりの速度で引き返してこられるものと、僕は思うのです。また、当国と友好関係にある古妖精デミル・マジェスも今は離れていますが、異変に気付けば、自領域へ『光の』フェアグリンが他国勢を引き入れる悪戯について、妖精界側から対応してくれるのではないかと」
言いながらちょっとだけ呼びかけに迷う。
――『叔父上』と呼んでも、今のこの気配なら咎められない気がするのだ。
「お……叔父上」
そっと声を紡げば、叔父は頷いた。頷いてくれた。
「聞いた限り、城に向かう敵国の兵はそれほど多くありません。妖精界への帰還路を塞がれれば退路もなく、補給も何もない。『鮮血』の超人的な強さを頼みとした、迅速に短期間で決着を期す強引な電撃作戦と言えましょう。ならば叔父上……、この罠で『鮮血』を止めましょう。一騎当千の『鮮血』を抑え、第二王子エリック殿下にお戻り頂いてその超然とした能力を発揮して頂けば、あとはセト・バード卿の堅い防衛指揮にて急場をしのぎつつ、国境から引き返す戦力との挟撃にて浮いた攻め手を掃除して、終わりです」
――毒気が抜かれていく。
ああ、安心するような悔しいような、この感覚はなんだろう。
血だ。
刷り込まれ、そうあれと叩き込まれた性質だ。
性分ともいえるだろうか――、
(祖国の危機ではないか)
「『鮮血』を誘い込む役は、僕が最適と言えましょう。お任せくださいますよう」
クレイは気を落ち着かせるよう息を紡いで、王に微笑んだ。
アーサー王はエリックやシリル、あるいはラーシャとの血のつながりを濃く感じさせる白銀の髪をしている。
「卿は……血塗れのようだが、怪我はしていないのか」
微妙に気の弱そうな風情で、王が呼びかける。無事を伝えれば、安心したようだった。
玉座から立ち上がり、甥に近寄る気配は控えめな歩み寄りを見せていた。
「公子は……」
線引きめいて言葉を零し、王はすぐ傍に膝をついた。
顔を伏せたままの甥の胸中には、その一言で誘われるようにして殺意めいた情念が湧いた。
(線引きをなさいましたね、アーサー王陛下。僕は貴族だと、その身分を忘れるなと仰るのですね)
ざわざわと足元からせり上がり、腰から腹から沸騰するような思いが全身に巡るようだった。握った手の指先が白くなる。
(思えば、思えば。ラーシャ姫だけではない。果たして過去にコルトリッセンの血でどれだけ、継承争いの種となった王族の血が封じられてきたことだろう。王族にとってなんと便利で都合の良い家だろう、我が公爵家は……)
目の奥が熱くなる。
――この身に流れる血というのは、過去に封じられた無数の『敗者』、継承争いや権力争いにて犠牲となった王族たちの血なのではないか。
(全ての婚姻がそうとは思わぬが……)
ふとこの瞬間に思い出すのは、黒竜の夢、あるいは春の夢に見かけたミハイであった。
(道理も何も、知ったものか。殺してしまえば、それで『ざまぁ』なのではない? やられる方が悪いんだ。勝負に敗れるほうが悪いんだ。勝った方が正義なんだ。情報なんて、いくらでも操作できる。歴史書に書く文言だって、いくらでも都合の良い事実を偽れるんだ)
――ああ、ここに誘惑がある。
コルトリッセンの血は王を裏切るなと訴えかけるようで、同時に恨みを駆り立てるのだ。
封じられた王族たちの血が騒ぐのだ。
(覆してやってはどうか。先祖代々、積もりし恨みの力にて、覆らぬ白の血を覆して、このクレイがコルトリッセンの謀叛を歴史に刻んではどうか。易姓革命と洒落込んではどうか)
そんな誘惑が甘やかに胸に芽吹こうとするようで、ぞくぞくと背筋を駆け巡り殺意の衝動を呼び起こして止まらぬのだ。
王はそんな内心を知らず、傍にしゃがみこんだ。
「我が甥、クレイは……黒竜の王子は、加護の行使は可能だろうか。黒竜は負傷したときくが」
弾かれたように顔をあげるのは、驚いたからだ。すると、しゃがみこんだ王がまっすぐにその青い目を見せている。同じ視線の高さで、親戚の温度感で。
勝手に顔をあげてぶしつけに目を合わせても咎める事はなく、エリックによく似た空気を纏って、自分から視線を低めて。
――この時王甥は間違いなく、意表を突かれたのだった。
(あっ……)
この王が、僕を「甥」と呼んだ。
王が、僕を「黒竜の王子」と呼んだ。
新鮮な風が吹き抜けたような心地がして、クレイは瞬きをした。
――この王は、エリックに似ている。
それがムカつくようでいて、不思議とどうしようもない親愛の情を招くのだ。
(だから、何。なんだというの)
そんなのでこの殺意を流してなるものか。この憤りを、恨みを手放してなるものか。そうではないか、……そうではないのだろうか?
(けれど、この王を殺してどうするの)
次はエリックを殺すのか。
そして自分が王になるのか。
――そんな未来を望むというのだろうか。自分は。
(すっきりして、ざまぁして、気持ちよくなって――その先は? 僕は、その後の人生も生きるんだ。僕は、王になりたいわけではない……アーサー王に親愛を抱く臣下や王妃たち、その子ら、エリックやその恋人や友人たち……この治世に生きる民たちに、果たして何を語るの。どんな未来を描いて見せるというの)
「アーサー王陛下、恐れながら……アスライトは防衛のための加護を紡ぐ余力はないものと思われます。呪術とは、大がかりなものほど神経を使いますし、紡ぐ時間もかかるではありませんか……アスライトは、国境の長城の構築にもかなり苦心していたように思うのです。準備に時間をかけていました。あまり大きな声で申せませんが、偉大な奇跡を一朝一夕にとは、参らぬのです」
「そうか、そうだな。『君、呪術が得意だね。ちょっと5分でさくっとやっちゃって』とは、なかなかいかんな」
くだけた口調で言ってアーサー王は笑った。
「で、……ですが、ですが……、僕の呪術師、僕のレネンが、時間をかけて設置式の呪術罠を編みました」
クレイは呪術編みを取り出して見せた。
「我が軍の防衛戦力は国境に多くを割き、この危機に引き返すには時間の制約が厳しいように思われます。ですが、王国の次代を担う若き太陽、陛下の第二王子エリック殿下には幸か不幸か魔王のちからがあるのです。殿下は前線からかなりの速度で引き返してこられるものと、僕は思うのです。また、当国と友好関係にある古妖精デミル・マジェスも今は離れていますが、異変に気付けば、自領域へ『光の』フェアグリンが他国勢を引き入れる悪戯について、妖精界側から対応してくれるのではないかと」
言いながらちょっとだけ呼びかけに迷う。
――『叔父上』と呼んでも、今のこの気配なら咎められない気がするのだ。
「お……叔父上」
そっと声を紡げば、叔父は頷いた。頷いてくれた。
「聞いた限り、城に向かう敵国の兵はそれほど多くありません。妖精界への帰還路を塞がれれば退路もなく、補給も何もない。『鮮血』の超人的な強さを頼みとした、迅速に短期間で決着を期す強引な電撃作戦と言えましょう。ならば叔父上……、この罠で『鮮血』を止めましょう。一騎当千の『鮮血』を抑え、第二王子エリック殿下にお戻り頂いてその超然とした能力を発揮して頂けば、あとはセト・バード卿の堅い防衛指揮にて急場をしのぎつつ、国境から引き返す戦力との挟撃にて浮いた攻め手を掃除して、終わりです」
――毒気が抜かれていく。
ああ、安心するような悔しいような、この感覚はなんだろう。
血だ。
刷り込まれ、そうあれと叩き込まれた性質だ。
性分ともいえるだろうか――、
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