竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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終章・旅人の夜の詩

237、僕は子猫さんではない。僕は虎である

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 冬を迎える世界には、雪がちらほらと降っている。
 
 秋から冬にかけて初等部中等部高等部と形式的に分けられたファーリズの王立学院は、分けられる前の名残りを残しつつ新鮮な雰囲気に包まれていた。学院の敷地内では、歴史教師のエイヴンがいつもと同じゆるい雰囲気でへらへらしつつ学生たちを見守っている。

「戦争で中止になるかと思ったけど、ファーリズ同好マーケットが開催されるようでよかったです」
 エイヴンがいつも拝んでいる絵師のマリアが取り巻きを連れて、嬉しそうに笑顔を咲かせている。 
(うん、うん! 先生も嬉しいよ!)
 談笑する学生たちの背後で、幻想馬車が現れて停まる。
 学生たちは、門のあたりに現れた幻想馬車を見て一瞬だけ緊張したように動きを止めた。アイザール兵が幻想馬車で次々と現れた事件は、彼らの心に傷を残しているのだ。
 しかし、その馬車から公爵令息クレイが降りてくるとそんな緊張は春を迎えて雪が溶けるがごとく解けていった。
「あっ、ご覧になって」
 マリアを含む女学生グループがこそこそと囁きを交わし合う。
 女学生たちは頬を染め、目をきらきらさせていた。
「本物……」
「リアルですわ……」
 本人は「何の話かな? 僕にはわかんないなぁ……」と言った顔でスルーしている。エイヴンは微妙な笑顔でそっと呪術を使って本人クレイに声が届かないようにしてあげた。手遅れだろうけど。

 中等部二学年のエリックが尻尾をぴこぴこさせながら噂される初等部三学年の本人クレイに近付いて、声をかけている。
 取り巻きは、もはやエリックの尻尾に慣れていた。

 ――俺達の王子には尻尾があるんだ。
 それが何か?
 単なるチャームポイントですが何か?

 皆、そんな顔である。何か思う事がある者がいても、そんな取り巻きを見れば「触らないでおこう」と引っ込んでしまうのだが。
「尻尾を引っ込めようエリック」
 クレイが眉を寄せると、エリックはウンウンと頷いた。
「いやあ、うっかりしていた! それなしてもお前、学院で会うの久しぶりだなっ、エタりやがって」
「僕はまだエタってない……」
 言葉を返しつつ、少年は疑問に思うのだった。
 ――果たしてエタるとは?
「エリック、エタるというのはそういう使い方をしない言葉だと、僕は思う」
「割とどうでもいい!」
「どうでもよくない」
 二人がギスギスしつつ構内を進むと、取り巻きの群れは少しずつ増えていく。それが学院に不思議な日常感をもたらしていた。一家そろってリーン砦から無事帰還を果たした初等部一学年のエイミルなどは、「やっぱりおかしな学院だなぁ」と思ったものだけど。
 
「アレクセイ、学院を案内してあげるよ」
 エイミルと同じ学年の少年、ミハイがいかにも妖精といった容姿をした友人の手を引いている。見た目は高等部にふさわしそうなアレクセイだが、所属はミハイと同じ初等部であった。
 アイザールの皇子であるミハイは結局ハートモア侯爵が保護という名目で――実質人質ではないかとはアイザールサイドの主張だが――ファーリズに留学し続けていた。
 ミハイを気にかけるグリエルモなどは心配していると噂だが、「例の長城を越えて来てくだされば良いのですよ、会えますよ」と言われても彼には長城が越えられないのである。ミハイの側は、メルギン伯とエクノ外務卿が友人妖精のアレクセイも一緒に学院で学べるようにとクレストフォレスの『妖精射手』サリオンに働きかけて支援してやれば、大人しく保護される気配を見せた。

「アレクセイ、学院に弓は要らないよ」
 ミハイが楽しそうに弓を取り上げる。
「しかしミハイ、いつ何処から矢が射かけられるかわかりません。姿を隠した呪術師が妖しい術を仕掛けてくるかも……」

「まるでレネンだ」
 見かけたクレイがくすっと笑い、視線を無人の壁付近に寄せる。そこには、『姿を隠した呪術師レネン』が控えているのだ。
「武器も要らないし、姿も消せるし、やはりレネンが一番すごい」
 得意気に呟く声にミハイが対抗する様子でアレクセイを抱き寄せた。
「アレクセイは純血の妖精なんだぞ。『妖精射手』の親類なんだ。今はできないけど、そのうちもっといろんなことができるようになる! あと、可愛い!」
 アレクセイが真っ赤になってもじもじしている。

 ――なるほど、可愛い。
 妖精は正直好きだ。欲しい……!
 あれ欲しい! ちょっと尖ってる耳の先とか、触ってみたい。まるでうさぎのよう。
 アレクセイ、超欲しい!

「くっ……、」
 ――悪い病気が出た。
 クレイはそっと欲望を飲み込んでマウント合戦を続けた。
「……僕のレネンは創造の神、プログラマーみたいに箱庭世界が創れるレベルですごい」
「せ、世界を!?」
「創れませんよ」
 思わずといったツッコミが壁から溢れる。
「あと、とても可愛い。でも、僕は見せびらかしたりはしないのだ。ふふん……見せてあげない」

 謎の対抗意識を燃やす二人へと呆れたような目を注ぎつつ、エリックはクレイを制止した。
「そういえばアスライトに伝言したの、届いた?」
 声はすこし緊張を孕んでいた。
「ああ……あれ。アスライトはそのうち夢を見せるって言ってた」
 応える声はおっとりとして、あまり気乗りがしない様子であったから、エリックは親友に眉を寄せた。
「長く生きてる竜の感覚はのんびりしてるから、そのうちで済ませちゃダメだ」
「のんびりの割に返済をせっつくけどね……」
「今夜にしよう」
 約束を交わして、昼の時間が過ぎていく。

 明るい日差しの中で主人クレイがどうやら平穏に学院での日常生活に問題なさげな気配を見て、レネンは安堵する。そして、ベンチに腰掛けて迎えの幻想馬車を待つ少年へと私見を溢すのだった。

「坊ちゃん、『騎士王』と親しくなさるのはよろしいですが、ほどほどにしましょうね」
「ほどほど」
 少年クレイは首を傾げた。若干気恥ずかしさか何かで頬を染めてもじもじしながら。
「ほどほどと言っても、僕は婚約をして后になるらしいではないか。ほどほどってなにさ」
「節度ですよ。『騎士王』も仰ったというではありませんか、『父のように兄のように純粋に好意で、お世話をしたい』――つまり、それは線引きというやつです。清く正しく健全プラトニックに、レーティングが上がらぬよう」
 声を潜めて言えば、少年クレイは周囲を窺う眼を見せた。
「防諜の術はしていますよ」
「当然だ。こんなお外でそのような恥ずかしい話を始められるとは思わなかった」
「あちらが一線を越えないって言ってるんだから、それを変に挑発したり誘惑したりしないで子のように弟のようにお世話になりましょうね、という話ですよ」
 レネンの懸念はそれであった。
 最近など、「壁ドンをやり返す」とか理解に苦しむ妄言も呟かれていたのだ。
「『壁ドンをやり返す』のをまずやめましょう。よろしいですね」
 念を押すように言えば、少年クレイは微妙な顔でベンチから立ち上がって茂みの影に行くではないか。

「レネン、このへんにお座り」
 人目を忍ぶようにして、影を差される。
「なんですかね」
 渋々影に座り込めば、少年クレイはしたり顔で近寄って悪戯にレネンを押し倒してみせた。特別抵抗もせずに倒されてやれば、少年クレイはフードがはがれたレネンの頭の両側に手をついて「練習の成果である」などとほざくのだ。
「やはり練習したからにはお蔵入りは寂しいので、レネンに披露した。あとミハイあたりにもやって満足することにしよう」
「ミハイにもやる気ですか」
 レネンが呆れていると、少年クレイはすっかり興が乗った様子で「だいたい、レネンは勘違いしているよ。僕はシャトンのような子猫さんではない。僕は虎である……僕はお兄さんキャラである」などと言ってから好奇心に満ちた目で確認するよう問いかける。
「先日は石ころとか仰ってましたが」 
「ちなみに、どう? ドキドキした? きゅんってなった?」
「嘆かわしくて胸が痛いですよ」
 レネンは虚無を湛える眼差しを天に向け、心からそう答えるのだった。
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