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終章・旅人の夜の詩
238、君は痛みも悲しみも止まると囀るの
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帰りの幻想馬車に揺られ、クレイは父アクセルを思い出していた。考えてみれば、あの父はやりたくもない義務をちゃんと果たした国家の忠臣なのだな、と。
(父は、えらい。僕などより、ずっとえらいのだ)
降嫁したラーシャも不幸だと思うが、押し付けられたアクセルも被害者だ。そしてアクセルと恋愛の末に結ばれたばかりだった正妻も――すごい、全員不幸だ!
エリックと待ち合わせをしたのは夜だったが、ゆらゆらと眠気が夢の香りを漂わせている。
アスライトはあまりのんびり気質ではないと思う――胸の内でエリックに呟きつつ、クレイは眠気に逆らって指先でアスライトの名を紡いだ。
(アスライト、僕は夜に夢を見る。僕が眠りたくない時に夢に誘ってはいけない)
こんな頼み事をなんでしないといけないのか――、レネンはあんなことを言うし。
眠気が晴れる中、クレイは離れた席で沈黙する呪術師と微妙な距離感で『お兄さん』な風情でニコニコしている『騎士王』を見比べた。
「今何か加護を紡いでおられましたかな?」
しっかり見ていたらしい。
「眠かったから、眠気を払っただけです、陛下」
「なんと。そんなことで……眠ければ寝ていいんですよ」
――おお、なんて健やかな会話だろう。なるほど、意識してみれば確かに線が視えるようだよ。
クレイはニコニコした。その言葉を受けたようにまた眠気が襲うので、若干苛立ちながら。
(何をそんなに急ぐのか。ああ、アスライトは全然のんびりじゃない)
「そういえば、『鮮血』めはアイザールに返してよいのですな?」
「うん。シリルの近くに居たいだろうから、早く返してあげるとよいかと――では、僕は寝ます」
仕方ない、と諦めの境地にて微笑めば、『騎士王』は少し戸惑ったようだった。
「眠気を払ったんじゃ?」
「陛下のお言葉に甘えて、やっぱり寝ることにしたのです」
僕はラーシャと違って、義務もない。アクセルもこのような押し付けられ方だったなら、まだ幸せだったのかな?
(アクセルに次会ったらもう少し優しくしてあげてもいいかもしれない)
ばかばかしいや――クレイは抗うのをやめてさっさと目を閉じた。
(レネンも余計な心配をするね。僕ほどよく弁えていて安全で無害な者はいないのに?)
僕は、「これに手を伸ばしてはいけません」と言う対象に手を伸ばすのを我慢する事が気持ち良いなって酔いしれることができるのだ。
大好きなのだ。すぐに浸ってしまうのだ。いとおかし――なかなか歪んでいるではないか?
付き合いも長いのだから、そろそろこの歪んだ性癖を理解すればいいのに――或いは、理解した上でそちらに誘導されたのかもしれないが。
(エリックは婚約者に手を伸ばすんじゃないかと疑うし、ニュクスフォスは覇者の指輪に手を伸ばすんじゃないかと疑うし、なんで皆、僕を警戒するのだか)
眠りの淵に落ちていけば、妖精界に似た雰囲気の幻想的な空間にふわりと漂う自我を意識する――覚束ない知覚視界には、アスライトが妖精と喧嘩しているのが観えた。エリックもいるではないか。ふわふわした自分を視てエリックが手を振るので、クレイは手を振り返した――振り返した、と思った瞬間にすとんと重力めいたものを感じて、一気に自分が存在権を得たように、全身をはっきりとさせて其処に降りるようだった。
「夜にはまだ早いというのに、何を揉めて。しかも僕を巻き込む、と」
妖精は、見覚えのある青年だった。
執事の衣装を着ていて、肌は透き通るように白く、春に咲く花を思わせる薄紅がかった暖色の瞳は優しく温厚で、髪は雨あがりのしっとりした大地の色。クセがなく、長く伸びた髪を首の後ろで一つに束ねてさらりと背に流している。
「ティミオスだっけ」
名前を呼べば、妖精は優雅に一礼した。
「これはこれは、バカとハサミが揃い踏みで」
おお、なにやら敵意を感じる挨拶ではないか。クレイははんなりと笑った。
「僕、何もわからないで呼ばれたんだけど?」
「夢を邪魔しようとしている」
「それは、貴方です」
アスライトとティミオスが言い合っている。
エリックはこそりとクレイを引っ張り、耳打ちをした。
「あの執事、春妖精の従者だ」
「ごめん、それをきいてもよくわかんない」
「お嬢様は平穏に成長し、エリック殿下でなくとも、いずれどこかの良い家柄の殿方と結ばれて平凡な人生を過ごすのです」
ティミオスがそう言って指を鳴らし、春色めく花弁を嵐のように暴れさせている。
「俺と結ばれるよ。俺は幸せな夢を約束するよ」
エリックがきらきらした風情でそんなことを言っている。
「えっ、なに? ほんとにわかんない。取り合ってる? 痴情の縺れ?」
――わからなすぎて笑っちゃう。僕、ここに居る意味ある?
エリックが何か叫んでいるが、ぼんやりとして理解できない。
何も恥じぬ、自分が正しいと、そんな堂々とした態度で。
しかし、クレイには本当に全く持って、話がわからないのだった。
「えっと、僕は関係なさそう? 帰っていい?」
そっと問いかければ、アスライトが春色めく花弁を防ぎつつ紅色の瞳を剣呑に眇めて「おやすみ」と夢を魅せてくれるようだった。
(父は、えらい。僕などより、ずっとえらいのだ)
降嫁したラーシャも不幸だと思うが、押し付けられたアクセルも被害者だ。そしてアクセルと恋愛の末に結ばれたばかりだった正妻も――すごい、全員不幸だ!
エリックと待ち合わせをしたのは夜だったが、ゆらゆらと眠気が夢の香りを漂わせている。
アスライトはあまりのんびり気質ではないと思う――胸の内でエリックに呟きつつ、クレイは眠気に逆らって指先でアスライトの名を紡いだ。
(アスライト、僕は夜に夢を見る。僕が眠りたくない時に夢に誘ってはいけない)
こんな頼み事をなんでしないといけないのか――、レネンはあんなことを言うし。
眠気が晴れる中、クレイは離れた席で沈黙する呪術師と微妙な距離感で『お兄さん』な風情でニコニコしている『騎士王』を見比べた。
「今何か加護を紡いでおられましたかな?」
しっかり見ていたらしい。
「眠かったから、眠気を払っただけです、陛下」
「なんと。そんなことで……眠ければ寝ていいんですよ」
――おお、なんて健やかな会話だろう。なるほど、意識してみれば確かに線が視えるようだよ。
クレイはニコニコした。その言葉を受けたようにまた眠気が襲うので、若干苛立ちながら。
(何をそんなに急ぐのか。ああ、アスライトは全然のんびりじゃない)
「そういえば、『鮮血』めはアイザールに返してよいのですな?」
「うん。シリルの近くに居たいだろうから、早く返してあげるとよいかと――では、僕は寝ます」
仕方ない、と諦めの境地にて微笑めば、『騎士王』は少し戸惑ったようだった。
「眠気を払ったんじゃ?」
「陛下のお言葉に甘えて、やっぱり寝ることにしたのです」
僕はラーシャと違って、義務もない。アクセルもこのような押し付けられ方だったなら、まだ幸せだったのかな?
(アクセルに次会ったらもう少し優しくしてあげてもいいかもしれない)
ばかばかしいや――クレイは抗うのをやめてさっさと目を閉じた。
(レネンも余計な心配をするね。僕ほどよく弁えていて安全で無害な者はいないのに?)
僕は、「これに手を伸ばしてはいけません」と言う対象に手を伸ばすのを我慢する事が気持ち良いなって酔いしれることができるのだ。
大好きなのだ。すぐに浸ってしまうのだ。いとおかし――なかなか歪んでいるではないか?
付き合いも長いのだから、そろそろこの歪んだ性癖を理解すればいいのに――或いは、理解した上でそちらに誘導されたのかもしれないが。
(エリックは婚約者に手を伸ばすんじゃないかと疑うし、ニュクスフォスは覇者の指輪に手を伸ばすんじゃないかと疑うし、なんで皆、僕を警戒するのだか)
眠りの淵に落ちていけば、妖精界に似た雰囲気の幻想的な空間にふわりと漂う自我を意識する――覚束ない知覚視界には、アスライトが妖精と喧嘩しているのが観えた。エリックもいるではないか。ふわふわした自分を視てエリックが手を振るので、クレイは手を振り返した――振り返した、と思った瞬間にすとんと重力めいたものを感じて、一気に自分が存在権を得たように、全身をはっきりとさせて其処に降りるようだった。
「夜にはまだ早いというのに、何を揉めて。しかも僕を巻き込む、と」
妖精は、見覚えのある青年だった。
執事の衣装を着ていて、肌は透き通るように白く、春に咲く花を思わせる薄紅がかった暖色の瞳は優しく温厚で、髪は雨あがりのしっとりした大地の色。クセがなく、長く伸びた髪を首の後ろで一つに束ねてさらりと背に流している。
「ティミオスだっけ」
名前を呼べば、妖精は優雅に一礼した。
「これはこれは、バカとハサミが揃い踏みで」
おお、なにやら敵意を感じる挨拶ではないか。クレイははんなりと笑った。
「僕、何もわからないで呼ばれたんだけど?」
「夢を邪魔しようとしている」
「それは、貴方です」
アスライトとティミオスが言い合っている。
エリックはこそりとクレイを引っ張り、耳打ちをした。
「あの執事、春妖精の従者だ」
「ごめん、それをきいてもよくわかんない」
「お嬢様は平穏に成長し、エリック殿下でなくとも、いずれどこかの良い家柄の殿方と結ばれて平凡な人生を過ごすのです」
ティミオスがそう言って指を鳴らし、春色めく花弁を嵐のように暴れさせている。
「俺と結ばれるよ。俺は幸せな夢を約束するよ」
エリックがきらきらした風情でそんなことを言っている。
「えっ、なに? ほんとにわかんない。取り合ってる? 痴情の縺れ?」
――わからなすぎて笑っちゃう。僕、ここに居る意味ある?
エリックが何か叫んでいるが、ぼんやりとして理解できない。
何も恥じぬ、自分が正しいと、そんな堂々とした態度で。
しかし、クレイには本当に全く持って、話がわからないのだった。
「えっと、僕は関係なさそう? 帰っていい?」
そっと問いかければ、アスライトが春色めく花弁を防ぎつつ紅色の瞳を剣呑に眇めて「おやすみ」と夢を魅せてくれるようだった。
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