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終章・旅人の夜の詩
241、僕に躍らせてくださる?
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息をする。喉の奥に何かが引っ掛かるみたいな感覚がずっとあって、嫌だった。
部屋は無機質で四角くて、箱に似ていた。
世の中には、四角いものがいっぱいある。
無機質で四角いものに囲まれて、蟻さんみたいに人間たちが生きている。
夜になって、細長い建物に幾つも灯りが宿って、僕はおもうの。
――ああ、あのひとつひとつに、人生が詰まってるんだね。
「おかあさん、天使はしんじゃうの、地上で生きられたらいいね。ぼく、そう思うんだあ……人間になったら、生きられるんじゃないかなあ」
意識して稚く、無垢に願う。
「竜の卵が孵化するといいな。おともだちがみんな死んじゃったら、竜も寂しいとおもうの」
直接の連絡ができず、おじさんの動画にコメントを残すと、まるで荒らしのようだった。
試験勉強はしてる? 一位を取るんだっけ。
きみが捨てたものは、僕が拾っちゃおうかな。
僕がうっかり落としてたら、きみが拾ってくれたらいいな。
エリックは泣いてたよ。
コメントはもうできなくなるよ。お返事もみれない。
またあっちで会えたらいいな。
「あれ、本人の目に留まるどころか荒らし扱いされて消されたりして……空気が美味しい」
朝日は世界をいつもと同じように柔らかに照らす。翌朝を迎えたクレイは、呼吸ができることが如何に幸せなのかを痛感した。
学院へ行けば、いつもとそう変わらない風景が広がっている。『暇つぶしの剣』がアッシュを中心に集まっていて、「今度デミルを手伝いに妖精界に行こう」なんて語り合っている。
「今から行こうぜ!」
「講義はサボるのかよ!」
少年たちが目をキラキラさせて、新しい冒険に燃えている。
「俺は帰りは来れませんからね。代わりにショーがお迎えに来ますよ」
アイザールでは、元首が変わるらしい。そちらに関連してまた少し不在になるという『騎士王』は、「また不登校になったりしないでしょうね?」と冗談めかして笑っていた。そこには保護者の温度感が灯っていたけれど、この人物が猫の真似をしてにゃあにゃあ鳴いてたのだと思うとクレイは笑ってしまいそうになるのだった。
エリックは、声をかけてきたり近寄ってくることはなかった。クレイはエリックを見つけるより先にミハイを見かけて手を振った。アレクセイを伴うミハイは、思わずと言った雰囲気で軽く手を振りかえしてくれる。そうしていると普通の可愛い少年で、けれど夢の中で魅せたあの一瞬みたいなゾクゾクする魅惑からは遠かった。
「あ……ちょっと」
ミハイの方から声をかけてくる。明日は雨かな? クレイはニコニコと笑顔を向けた。ミハイはチラチラとそちらを見た。視線を追えば、エリックが取り巻きと一緒にいるではないか。
「エリックがすごくしょんぼりしてるよ」
「ああ」
――やはり?
しかし、ミハイに教えられるとは。
「……そのうち大喜びするから、大丈夫」
「そうなの?」
「うん、たぶんね」
――ミハイはエリックを心配したりもするんだな?
クレイは微笑ましくなった。
「心配してるんだね……」
ミハイはちょっと赤くなった。
「ふん。そんなんじゃないさ」
――おお。ツンデレさんかな?
クレイは心を癒されながらくすくすと笑ってアレクセイに視線を移した。薄荷緑の眼がすこしだけ警戒している気配を醸し出している。
「ミハイは優しいね?」
問うように言えば、アレクセイは目を嬉しそうやら誇るようやら、微笑ましい感じに優しくさせた。その様子はとても好ましかった。
「僕、今度冒険のお話とか聞きたいなあ……エリックも誘ってさ、この前君たちがやったという『お泊まり会』だっけ、それしようよ」
友人めいて誘えば、二人は頷いてくれた。ニコニコとスケジュールを擦り合わせていると、リーガンが挨拶をしてきて、休日の予定を聞いてくる。学年上のリーガンは、淑やかで温厚で、優しい雰囲気があるお姫様――お姉様だ。
このリーガンはダンスがうまくて、頼りになる。クレイは定期的にリーガンを頼っていた。
「慰霊会に呼ばれています」
柔らかな声がそう言うから、クレイは背伸びするように微笑んだ。
「リーガンはいつもとてもタイミングがよい。僕は、ちょうど慰霊会に興味があったのです……僕も連れて行ってくださる? 僕に躍らせてくださる?」
そんな風に予定を埋めるうち、やがて学院の外で大きな騒めき、悲鳴めいた音の渦が生まれた。
(早かったなあ! 行動力があるね)
ミハイを引っ張るようにして外に出れば、エリックがすごい勢いで駆けていくのが見えた。
「ミハイ、僕が言ったことが現実になるよ、ごらん」
学生も教師も、びっくりしたみたいに空を見ていた。
雪がちらつく寒そうな空には、ポッカリと穴が開いていた。その穴から大きな大きな岩の両腕がニョキッと生えて、手のひらに乗せた娘を大地に優しく下ろしていく――大地が近づいて優雅な令嬢らしさを意識したのか半端に上品のようなお転婆のような所作でぴょこんと降りる少女に、エリックが誰より先に近づいていく。
エリックは少女の名前を叫び、きらきらした笑顔を弾けさせ、喜びを抑えきれなくなったお上品な血統書付きのワンコみたいに尻尾をはちきれんばかりに振って、全身で彼女を迎えて、抱きしめた。
ゴーレムが消えた空は晴れ晴れとしていて、太陽が眩しくて、白い雲はいつもと同じのんびりゆったりした風情で何処かへと向かって流れていく。
その光景を少し離れたところで執事服のティミオスが見守っていて、目が合うと唇を小さく動かした。
――たぶん、ハサミと呼ばれたのかな?
クレイはにこりと笑った。
「僕は夢の中で挨拶した。君は?」
存在感薄く、静謐な気配を纏ってティミオスが一礼する。
その姿はとても弁えていて、お嬢様の相手は自分ではありませんとか、邪魔はしませんよと言うようなのだ。
部屋は無機質で四角くて、箱に似ていた。
世の中には、四角いものがいっぱいある。
無機質で四角いものに囲まれて、蟻さんみたいに人間たちが生きている。
夜になって、細長い建物に幾つも灯りが宿って、僕はおもうの。
――ああ、あのひとつひとつに、人生が詰まってるんだね。
「おかあさん、天使はしんじゃうの、地上で生きられたらいいね。ぼく、そう思うんだあ……人間になったら、生きられるんじゃないかなあ」
意識して稚く、無垢に願う。
「竜の卵が孵化するといいな。おともだちがみんな死んじゃったら、竜も寂しいとおもうの」
直接の連絡ができず、おじさんの動画にコメントを残すと、まるで荒らしのようだった。
試験勉強はしてる? 一位を取るんだっけ。
きみが捨てたものは、僕が拾っちゃおうかな。
僕がうっかり落としてたら、きみが拾ってくれたらいいな。
エリックは泣いてたよ。
コメントはもうできなくなるよ。お返事もみれない。
またあっちで会えたらいいな。
「あれ、本人の目に留まるどころか荒らし扱いされて消されたりして……空気が美味しい」
朝日は世界をいつもと同じように柔らかに照らす。翌朝を迎えたクレイは、呼吸ができることが如何に幸せなのかを痛感した。
学院へ行けば、いつもとそう変わらない風景が広がっている。『暇つぶしの剣』がアッシュを中心に集まっていて、「今度デミルを手伝いに妖精界に行こう」なんて語り合っている。
「今から行こうぜ!」
「講義はサボるのかよ!」
少年たちが目をキラキラさせて、新しい冒険に燃えている。
「俺は帰りは来れませんからね。代わりにショーがお迎えに来ますよ」
アイザールでは、元首が変わるらしい。そちらに関連してまた少し不在になるという『騎士王』は、「また不登校になったりしないでしょうね?」と冗談めかして笑っていた。そこには保護者の温度感が灯っていたけれど、この人物が猫の真似をしてにゃあにゃあ鳴いてたのだと思うとクレイは笑ってしまいそうになるのだった。
エリックは、声をかけてきたり近寄ってくることはなかった。クレイはエリックを見つけるより先にミハイを見かけて手を振った。アレクセイを伴うミハイは、思わずと言った雰囲気で軽く手を振りかえしてくれる。そうしていると普通の可愛い少年で、けれど夢の中で魅せたあの一瞬みたいなゾクゾクする魅惑からは遠かった。
「あ……ちょっと」
ミハイの方から声をかけてくる。明日は雨かな? クレイはニコニコと笑顔を向けた。ミハイはチラチラとそちらを見た。視線を追えば、エリックが取り巻きと一緒にいるではないか。
「エリックがすごくしょんぼりしてるよ」
「ああ」
――やはり?
しかし、ミハイに教えられるとは。
「……そのうち大喜びするから、大丈夫」
「そうなの?」
「うん、たぶんね」
――ミハイはエリックを心配したりもするんだな?
クレイは微笑ましくなった。
「心配してるんだね……」
ミハイはちょっと赤くなった。
「ふん。そんなんじゃないさ」
――おお。ツンデレさんかな?
クレイは心を癒されながらくすくすと笑ってアレクセイに視線を移した。薄荷緑の眼がすこしだけ警戒している気配を醸し出している。
「ミハイは優しいね?」
問うように言えば、アレクセイは目を嬉しそうやら誇るようやら、微笑ましい感じに優しくさせた。その様子はとても好ましかった。
「僕、今度冒険のお話とか聞きたいなあ……エリックも誘ってさ、この前君たちがやったという『お泊まり会』だっけ、それしようよ」
友人めいて誘えば、二人は頷いてくれた。ニコニコとスケジュールを擦り合わせていると、リーガンが挨拶をしてきて、休日の予定を聞いてくる。学年上のリーガンは、淑やかで温厚で、優しい雰囲気があるお姫様――お姉様だ。
このリーガンはダンスがうまくて、頼りになる。クレイは定期的にリーガンを頼っていた。
「慰霊会に呼ばれています」
柔らかな声がそう言うから、クレイは背伸びするように微笑んだ。
「リーガンはいつもとてもタイミングがよい。僕は、ちょうど慰霊会に興味があったのです……僕も連れて行ってくださる? 僕に躍らせてくださる?」
そんな風に予定を埋めるうち、やがて学院の外で大きな騒めき、悲鳴めいた音の渦が生まれた。
(早かったなあ! 行動力があるね)
ミハイを引っ張るようにして外に出れば、エリックがすごい勢いで駆けていくのが見えた。
「ミハイ、僕が言ったことが現実になるよ、ごらん」
学生も教師も、びっくりしたみたいに空を見ていた。
雪がちらつく寒そうな空には、ポッカリと穴が開いていた。その穴から大きな大きな岩の両腕がニョキッと生えて、手のひらに乗せた娘を大地に優しく下ろしていく――大地が近づいて優雅な令嬢らしさを意識したのか半端に上品のようなお転婆のような所作でぴょこんと降りる少女に、エリックが誰より先に近づいていく。
エリックは少女の名前を叫び、きらきらした笑顔を弾けさせ、喜びを抑えきれなくなったお上品な血統書付きのワンコみたいに尻尾をはちきれんばかりに振って、全身で彼女を迎えて、抱きしめた。
ゴーレムが消えた空は晴れ晴れとしていて、太陽が眩しくて、白い雲はいつもと同じのんびりゆったりした風情で何処かへと向かって流れていく。
その光景を少し離れたところで執事服のティミオスが見守っていて、目が合うと唇を小さく動かした。
――たぶん、ハサミと呼ばれたのかな?
クレイはにこりと笑った。
「僕は夢の中で挨拶した。君は?」
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