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一章、狂王子と魔女家の公子(オープニング)

9、猫のネイフェンと騎士の誓い

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 聖夜祭が近づく中、僕のもとにカジャからの手紙が届いた。

「坊ちゃん。エーテル様……」
 ネコ騎士のネイフェンが改まった様子で神妙に語り掛ける。
 猫の瞳には、忠誠心がきらめいていた。
「エーテル様。その手紙をひらく前に、お話したいことがございます」

 僕はこくりと頷いた。
 最初にネイフェンは僕が座る椅子の前に膝をついて、騎士の誓いを口にした。

 
「このネイフェンの剣はエーテル様のために捧げます。お傍を離れず、身命を賭してお守りすることを誓いましょうぞ」
「そういうの、フラグみたいでちょっと怖いな」
 僕はついつい呟いた。なんか、死んでしまいそう。死なないでほしい……。
「フラグなどと仰るから怖くなるのです」
「そうだね。うん。僕もそう思う。でも、気を付けてね」
「私の主様は慎重でいらっしゃる――今の世の中では、それぐらいがよいのかもしれませぬ」
 
 ひざをついた姿勢のまま、ネイフェンは切々と情勢を語った。

「優しき王子様といわれていた第二王子カジャ様は、昨年突然乱心なさいました。王族を次々と襲撃なさり、国王陛下を幽閉され、ご自身がなさった一切の罪を第一王子に被せて罪に問い――魔女家は第一王子側についてご支援申し上げましたが、情勢はかんばしくありませぬ」 
 
【魔女家は第一王子側についてご支援申し上げました】――それは、過去形だ。
 
「第一王子殿下は、どうなったの」
「臣籍にくだりましてございます」 
「……カジャ殿下の罪を全部負わされたのに、臣籍に下るだけで済んだの?」
「カジャ殿下は妖しい術を扱われ、ご自身の思うがまま意思を通してしまわれるのです。魔女家は破邪の術や守護の術を駆使して対抗しようとしましたが、ことごとく失敗しており……」
「我が家の立場はあんまりよくないんだろうね?」
「いかにも」
 
 僕は自分の左手の薬指をた。
 そこには、臣従の指輪が填められている。

 臣従の指輪は、呪われた術具。
 填めた相手が死ぬか、相手が外してくれるまで、決して誰にも外すことができない。
 その指輪がある限り、填めた相手の命令に絶対従わなければならない――そんな恐ろしい指輪なのだ。

「エーテル様は次期魔女家のご当主様候補筆頭でしたが、その指輪の影響と、ご記憶の件、そして【聖杯】指名のためにお立場があやうい現状でございます」

「うん。【聖杯】――それ、なんだっけ」

 ネイフェンは問いかけに一瞬眉間を寄せてから、言葉を選ぶような仕草をみせた。

「【聖杯】とは、魔女家の中でも特殊な……体質を変化させ、王族にご奉仕する……番う王族に魔力をお捧げし……だ、男体でも御子を宿せるようになり……」

 ふわふわした説明だ。
 でも、なんとなくはわかった。

「ネイフェンは、そんな微妙な立場の僕に忠誠を誓ってくれたんだね。ありがとう」
 首をかしげれば、ネイフェンの猫目がキラキラと美しく輝いた。

「エーテル坊ちゃんはお忘れですが、私は以前、坊ちゃんに救われたのであります」

 言われた瞬間、僕の脳裏に記憶が蘇る。

 檻の中でうずくまるネコ獣人。
 ……手負いのネイフェン。
 ちいさな僕が視線を向けて、あの時一緒にいた――誰かに言ったのだ。

『あの猫、出してあげて……』
 

「ああ――僕、ネイフェンとの出会いを少しだけ思い出したよ」

 僕がぽつりと言えば、ネイフェンの瞳がぱちりぱちりとまばたきをした。手を伸ばすと、ふわりと抱きしめてくれる。

 猫毛はほわほわとしていて、抱擁ほうようは優しくあたたかで、とても安心する感じがした。

「ああ、ネイフェン。僕の騎士……どうか、ほんとにほんとに死なないでね。僕、なんか怖い。カジャにお願いしておこうかな」
 自然とそんな言葉が口を突いて出る。
「エーテル坊ちゃん、なぜそんなに怖がるのです? そして、なぜ『カジャ様にお願い』になるのです……」
「それが、僕にもわからないんだ」


 僕にはわからないことだらけだ。
 ……わからない状態でも、時間は過ぎていく。


「でも、僕がんばるよ。僕、よくわからないけど何かを頑張る。きっと頑張らないといけないことがある。ああ、手紙を読んだら何かわかるかな……」

 僕はネイフェンに抱っこしてもらった姿勢のまま、カジャからの手紙をそろそろとひらいた。
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