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三章、悪役の流儀
50、決して壊れぬ剣は、世に二つ
しおりを挟む「暴君の前でかような歌を囀るならば、覚悟はできているだろう――あれを本日のお姫様役にしようか?」
カジャは嗜虐的に笑い、僕が一度括られたことのある十字架を設置させた。
――あ、あの吟遊詩人さん……僕みたいにダンスを躍らされてしまうのだろうかっ?
僕の胸に他人事と思えない辛い気持ちが湧いた。
自分が体験したからこそ湧く共感のような気持ちだ。
……ロザニイルも僕を見ていて、こんな気持ちだったのだろうか?
「陛下、おやめください。ただの歌じゃないですか? ありふれた筋書きの歌です……」
ワインをテーブルに置いて僕が口を挟むと、カジャは眉をあげた。
「お前、じゃあ代わりにお姫様するとでも?」
「えっ」
それは嫌だ。
僕の脳裏に、ものすごく正直な思いが湧いた。
しかし、だからと言って引っ込んでいては吟遊詩人さんが可哀想なことになってしまう。僕はなけなしの勇気を振り絞った。
「そ、そもそも、ご趣味が悪いです。陛下は昨日、仰いました。このようなパーティの場で淫行に及ぶとは……って。でも、陛下御自身が公の場で淫らで下品な遊びを好んでおられ……」
「エーテル、ほうら。お兄様だよ」
カジャは全く僕を相手にする様子もなく、ステージを示した。
ステージでは、見覚えのある見世物が始まっている。
魔物に襲われるお姫様役を王兄殿下が助けます、という見世物だ。
魔物は触腕がいっぱいあるタコみたいなイカみたいな見た目で、あんまり鑑賞していて気持ちの良い感じではない。
「♪けれど英雄の胸には不屈の志あり、国と民を想う熱き救国の燈火は未だ消えることなし――」
カジャが楽しそうに歌を口ずさむ。
「あれだけ熱っぽく歌い上げていた英雄に助けて貰えて、あの吟遊詩人も嬉しいのではないかな?」
情熱と無縁だというように冷ややかな銀色の瞳が僕を見つめて、悪戯っぽくウインクをする。
「ところでエーテル、恋愛ポエムは思いついたかい」
ギクリとする僕の耳には、「陛下、東国勢が……」とカジャに報告する従者の声が聞こえていた。
――東国の方々がどうしたっていうんだ。僕は今、恋愛ポエムで頭をフル回転させてるんだぞっ!?
情報を聞き流しながら、僕はステージを視た。
「た、たすけ……」
森妖精の吟遊詩人が悲痛な声で助けを求めている。
長く沢山ある触腕がしゅるしゅると蠢いて、魔物が墨のような黒い液体を吐いた。
ノウファムが吟遊詩人を抱えて、踏み込みの音をダンッと響かせて大きく跳躍する。
びしゃぁっと飛沫をあげて黒い液体が床に落ちると、ジュッと物体が焦げる音がして、床が白い煙をあげる――熱そうだ。焦げているんだ。僕はドキドキした。
直前まで焦げた床に立っていたノウファムが、吟遊詩人をお姫様抱っこして離れたところに着地している。
まるで、お芝居の役者のように格好良く絵になっている。しかし、現実だ。
「あ、あれ。死ぬんじゃ?」
――いやらしいダンスどころではなくて、皮膚がじゅわって焼かれて、死んでしまうんじゃ?
「キャア!」
「うわ、なんだあれっ、ヤバいぞ!」
観客が悲鳴を上げる――僕がチラッと窺うとカジャは頬杖をついて観劇でもするかのように兄を観ていた。とても落ち着いている。
「ポエムは? エーテル? 《披露なさい》」
臣従の指輪を使った命令だ。
騒然とした空間の中で、カジャの声は恐ろしく静かに僕の心を揺らした。
「あ……、……」
ノウファムが剣に魔力を注いでいる。
「け、剣は。その剣は、魔力をたたえて神々しく光輝き……」
僕の舌が詩を紡ぐ。
視線の先で、魔力に耐えかねて剣身がピシッと亀裂を走らせるのがわかった。
遠目なのに、僕にははっきりわかった。
「……決して壊れぬ剣は、世に二つ……」
――そうだ。
【剣が必要なんだ】
ノウファムの魔力に耐えられる剣は、二つある。二つあるうちのどちらかでいい。
どちらかをノウファムに見つけてあげたらきっと役立つ――僕はぼんやりとそう思った。
魔物を剣が斬りつけて、その瞬間に刃が崩れる。
魔物の悲鳴が耳を塞ぎたくなるほど、恐ろしい。痛そうで、苦しそうで、鼓膜がびりびりする大音量だ。
「殿下、新しい剣でござる!」
痺れる聴覚に、モイセスの声が聞き取れた。
モイセスが剣を投げて、パシッと受け取ったノウファムがまた魔力を流して――、
「名は。その名前は」
カジャが不思議な声色で尋ねてくる。
「剣の場所は見つけた? お前、知っている?」
「……」
僕はふと冷水を浴びたような感覚になって、カジャを見た。
「カジャ……」
その表情を見ているうちに、僕の中にとても意地悪な気持ちが湧いた。
このカジャという男が全然怖くなくて、滑稽で、苛めてやりたい――そんな奇妙な気持ちが湧いたのだった。
「忘れた。僕、名前を忘れた」
――思い出しても、教えてあげない。
冷たく言い放つ視界でノウファムが魔物を倒して、喝采を浴びている。
僕は頬を熱く紅潮させて、観衆と一緒になって拍手した。
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