72 / 158
四章、隻眼の王と二つの指輪
71、殿下、陛下、兄様、僕、私(軽☆)
しおりを挟む
隻眼のノウファムは、その姿だけで僕の記憶に訴えかけるものがある。
その姿を視ていると、痛ましさとか、罪悪感とか、後悔とか……そんな感情が湧いてくる。
……過去二回、僕を負傷してそうなった彼を思い出す。
――けれど、過去二回と今回とで違うのは、僕たちの関係性だった。
「……兄様……」
僕が呼べば、ノウファムは軽く眉を寄せて薄い唇を引き結んだ。
それは不思議な表情と気配だった。
歓ぶようでもあり、苦しみに耐えるようでもある。
まったく理解の及ばない感情が見えて、僕は「そう呼んだのは今この状況で正解だっただろうか」と疑問に思った。
きっと、他の呼び方をしていたら違った顔を見せたに違いない――僕はこの時、そう感じた。
「……殿下」
唇を動かすと、ふわっと良い匂いがした。
甘くて、蜜のように僕の鼻腔に絡んで胸のあたりに降りていって、そこからもっと下にさがっていくみたいな。
……発情してしまいそうな匂いだ。
「ああ、いいな。そっちがいい」
いつもは「お兄様」と呼ばせようとするのに、ノウファムは隻眼を細めて僕の頬を撫でた。手のひらで撫でられたところが、熱い。
獲物を捕まえて喉を鳴らす肉食の獣みたいだ。
僕はぞくっとして、小さく足を擦り合わせた。
片方だけになった青い瞳に、飢えや乾きに似た情念がちらちら覗いている。
渇望みたいなものが感じられる。
――僕を美味しそうだなと思っているような、そんな欲が熱っぽく、甘ったるく、僕の胸を騒がせる。
「へ……陛下?」
ぼうっとして呼べば、頬を撫でていた手が首に滑り落ちた。
「それは、嫌だ」
骨の形を確かめるみたいに、柔らかい部分を愛でるみたいに、さわさわと首が撫でられる。
僕は暴君の機嫌をうっかり損ねて処刑一歩手前の罪人になった気分で身を固くして、慌てて他の呼び方を探した。
「ノウファム様……」
「それは好いな」
ふわっと機嫌の良い気配がして、ノウファムが僕をいい子いい子と撫でてくれる。
精悍な眉を寄せた、何かを我慢するような切ないノウファムの表情は、色っぽい。
色気にあてられてしまいそうだ――思考が霞む。
「俺のエーテルはいい子だな」
「ん……っ」
トーンを下げた声は、いつもより低い。甘い。声だけで腰が砕けてしまいそうだ。
身体の芯からこみ上げる何かに、僕は吐息を震わせた。
「それで、お前は聖杯なわけだが……俺に義務で抱かれるのか?」
首元に噛みつくみたいに口をあけて吸い付かれると、びくんと上半身が大袈裟なほど跳ねた。
「世界のために? カジャに命令されて? 嫌々抱かれる……?」
声は、段々と不満そうな気配を募らせていった。
僕はその声色に、やっぱり過去の世界のノウファムを思い出していく――ノウファムは、僕に「聖杯であるロザニイルを抱け」と言われるのが本当に嫌そうだったのだ。
甘く歯を立てられて、ぬるりと舌の腹でそこを舐められる。
ぞくっと首の後ろが粟だって、肩が揺れた。
ちゅ、と唇で吸われると、じんじんと痺れるような刺激が奔って、心臓が飛び出してしまいそうなほど落ち着きをなくしていく。
「ぼ、僕――」
はぁっ、と甘ったるい吐息をついて声を零せば、ノウファムはピクッと動きを止めた。
「……?」
体温がそっと離れる。
僕がそろそろと見上げると、ノウファムは口元に手を当てて考え込むような顔をしていた。
「……僕……」
繰り返すと、ノウファムは小さく頷いた。
ああ、そういえば僕、前は――「私」という一人称だったのではないかな……?
僕は、ふわふわと思い出した。上品ぶって、気取って。
年上の陛下に対して、不遜に生意気に「私は童貞ではありませんが?」なんて顔をしてその道の先輩ぶっていたような気がする。
肉体関係も、恋愛も、経験なんてなかったのに――友達すらいなかったのに!
「兄様と呼んでくれ、エーテル?」
兄の声をしたノウファムが囁くように言った。
それはなんだか少年みたいな声で、僕をとても切ない気持ちにさせた。
「に、……兄様」
請われるまま呼ぶと、ノウファムはふわりと優しく「兄」の顔で微笑んだ。
そして、僕を抱き枕のように抱きしめると、家族の温度感で「寝るか」と言ったのだった。
「兄さん、最近寝不足だったんだ。よく眠れなくてな」
ノウファムは、欲をどこかに忘れてしまったような眠そうな声でそう言った。
嘘吐きなノウファムがたった今紡いだその言葉は嘘ではなく、真実に違いない――僕はそう思いながら、ロザニイルに言ったみたいに言葉をかけた。
「夢です。兄様……悪い夢は、現実ではありません……」
「エーテルは優しいな」
――ノウファムはとても大人びた顔で、嘘吐きな気配で、薄っぺらい言葉を返して目を閉じたのだった。
【……ロザニイルとは、違う】
僕はその時、そう思った。
その姿を視ていると、痛ましさとか、罪悪感とか、後悔とか……そんな感情が湧いてくる。
……過去二回、僕を負傷してそうなった彼を思い出す。
――けれど、過去二回と今回とで違うのは、僕たちの関係性だった。
「……兄様……」
僕が呼べば、ノウファムは軽く眉を寄せて薄い唇を引き結んだ。
それは不思議な表情と気配だった。
歓ぶようでもあり、苦しみに耐えるようでもある。
まったく理解の及ばない感情が見えて、僕は「そう呼んだのは今この状況で正解だっただろうか」と疑問に思った。
きっと、他の呼び方をしていたら違った顔を見せたに違いない――僕はこの時、そう感じた。
「……殿下」
唇を動かすと、ふわっと良い匂いがした。
甘くて、蜜のように僕の鼻腔に絡んで胸のあたりに降りていって、そこからもっと下にさがっていくみたいな。
……発情してしまいそうな匂いだ。
「ああ、いいな。そっちがいい」
いつもは「お兄様」と呼ばせようとするのに、ノウファムは隻眼を細めて僕の頬を撫でた。手のひらで撫でられたところが、熱い。
獲物を捕まえて喉を鳴らす肉食の獣みたいだ。
僕はぞくっとして、小さく足を擦り合わせた。
片方だけになった青い瞳に、飢えや乾きに似た情念がちらちら覗いている。
渇望みたいなものが感じられる。
――僕を美味しそうだなと思っているような、そんな欲が熱っぽく、甘ったるく、僕の胸を騒がせる。
「へ……陛下?」
ぼうっとして呼べば、頬を撫でていた手が首に滑り落ちた。
「それは、嫌だ」
骨の形を確かめるみたいに、柔らかい部分を愛でるみたいに、さわさわと首が撫でられる。
僕は暴君の機嫌をうっかり損ねて処刑一歩手前の罪人になった気分で身を固くして、慌てて他の呼び方を探した。
「ノウファム様……」
「それは好いな」
ふわっと機嫌の良い気配がして、ノウファムが僕をいい子いい子と撫でてくれる。
精悍な眉を寄せた、何かを我慢するような切ないノウファムの表情は、色っぽい。
色気にあてられてしまいそうだ――思考が霞む。
「俺のエーテルはいい子だな」
「ん……っ」
トーンを下げた声は、いつもより低い。甘い。声だけで腰が砕けてしまいそうだ。
身体の芯からこみ上げる何かに、僕は吐息を震わせた。
「それで、お前は聖杯なわけだが……俺に義務で抱かれるのか?」
首元に噛みつくみたいに口をあけて吸い付かれると、びくんと上半身が大袈裟なほど跳ねた。
「世界のために? カジャに命令されて? 嫌々抱かれる……?」
声は、段々と不満そうな気配を募らせていった。
僕はその声色に、やっぱり過去の世界のノウファムを思い出していく――ノウファムは、僕に「聖杯であるロザニイルを抱け」と言われるのが本当に嫌そうだったのだ。
甘く歯を立てられて、ぬるりと舌の腹でそこを舐められる。
ぞくっと首の後ろが粟だって、肩が揺れた。
ちゅ、と唇で吸われると、じんじんと痺れるような刺激が奔って、心臓が飛び出してしまいそうなほど落ち着きをなくしていく。
「ぼ、僕――」
はぁっ、と甘ったるい吐息をついて声を零せば、ノウファムはピクッと動きを止めた。
「……?」
体温がそっと離れる。
僕がそろそろと見上げると、ノウファムは口元に手を当てて考え込むような顔をしていた。
「……僕……」
繰り返すと、ノウファムは小さく頷いた。
ああ、そういえば僕、前は――「私」という一人称だったのではないかな……?
僕は、ふわふわと思い出した。上品ぶって、気取って。
年上の陛下に対して、不遜に生意気に「私は童貞ではありませんが?」なんて顔をしてその道の先輩ぶっていたような気がする。
肉体関係も、恋愛も、経験なんてなかったのに――友達すらいなかったのに!
「兄様と呼んでくれ、エーテル?」
兄の声をしたノウファムが囁くように言った。
それはなんだか少年みたいな声で、僕をとても切ない気持ちにさせた。
「に、……兄様」
請われるまま呼ぶと、ノウファムはふわりと優しく「兄」の顔で微笑んだ。
そして、僕を抱き枕のように抱きしめると、家族の温度感で「寝るか」と言ったのだった。
「兄さん、最近寝不足だったんだ。よく眠れなくてな」
ノウファムは、欲をどこかに忘れてしまったような眠そうな声でそう言った。
嘘吐きなノウファムがたった今紡いだその言葉は嘘ではなく、真実に違いない――僕はそう思いながら、ロザニイルに言ったみたいに言葉をかけた。
「夢です。兄様……悪い夢は、現実ではありません……」
「エーテルは優しいな」
――ノウファムはとても大人びた顔で、嘘吐きな気配で、薄っぺらい言葉を返して目を閉じたのだった。
【……ロザニイルとは、違う】
僕はその時、そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる