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四章、隻眼の王と二つの指輪

70、我にも、そういった家族がいた気がする。

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 ――みんな、寝てる!?
 
 そう気づいた僕の耳に、声が聞こえた。
 僕は咄嗟に自分の口を押さえて、太い枝の陰に身を隠した。

「ははぁん。人間のくせにやけに話がわかると思ったら、そういうわけか――」
 
 ……ステントスだ!!

 僕は名前を思い出しつつ、全身を強張らせた。
 気配をおさえるようにしながら木陰から覗けば、白いローブ姿のおぞましい存在がいる。

 ……座っている。
 ノウファムと向き合って、椅子があるのに二人揃って何故かあぐらを掻くような恰好で床に座って、一緒になって酒杯を傾けている。

「この酒はなかなか美味い」
 ノウファムがなんか暢気のんきなことを言っている……。

 僕は唖然とした。

 ――ラスボスと酒を飲み交わす英雄がいるか!

「ああ、ああ、我も同感さ。この酒はうまぁい」
「この酒は、この土地の名産らしい」
「ほうぅ。ほぅぅ。そうなのか」
「ゆえに、俺はここの土地を貰う」

 ノウファムが酒瓶を持ち上げ、ステントスに酒を注ぐ。
 とぷとぷと注がれる酒は美しい白い色をしていた。

 それを美味しそうに飲み、ステントスは頷いた。
 そして、僕の方を探るようにフードに覆われた頭を揺らした。
 
「起きてる人間がいる……」

 ――気付かれた!!

 僕はビクッとして身を小さくした。

「俺の弟だ」
 ノウファムの声が聞こえる。
「怖がりで寂しがりなんだ。きっと、他の連中が全員寝ているのに気づいて俺のところに逃げて来たんだな」

 ――誰が怖がりで寂しがりだっ。

 でも、ちょっと当たっているかもしれない。
 僕はハラハラしながら身動きできずに状況を見守った。

「弟……」
 ステントスが奇妙な声色を発している。
「我にも、そういった家族がいた気がする。懐かしいな」

 その声に人間味が感じられて、僕は困惑した。
 狂妖精――魔王。
 恐ろしい存在であったステントスは、こういう人間っぽい雰囲気を出せるのか。
 これは、負の感情や怨念がまだそれほど高まっていないからなのだろうか……?

「だが、もういないのだろう?」

 ノウファムがなんだか胸が痛むような言葉を発している。

「ステントス、過去は振り返るな。全く意味がない。忘れてしまえ」
 
 ……なんでそんなに悲しいことを言うんだ!?
 僕は耳を疑った。
 
 けれど、ステントスはそんなノウファムの言葉を快く思った様子で喉を鳴らし、ゆらりと輪郭をぶらして虚空に溶けるみたいに消えた――去って行った。


「……」

 口元を押さえてじっとしていると、静寂の中で近付く気配がある。
 影が上から覆いかぶさるようにしてきて、正体を予感しながら目をあげれば、ノウファムが僕を見ていた。

「……」
「……」

 どちらも何も言わずに見つめ合って、数秒が過ぎる。
 
 虫の鳴き声がちろちろと涼やかで、さやさやと葉が擦れ合う音がとても穏やかだ。 
 何も変なことのない、平和な夜って雰囲気だ。

「……エーテル」

 名前を呼ばれて、僕はビクッと肩を揺らした。
 夜の世界を背負うみたいに得体の知れない目の前の王兄が、正直ちょっと怖かった。

「眠れないのか」

 ノウファムは、とても優しくてあたたかな声でふわりと夜の空気を震わせた。

「……ひゃい」

 動揺と困惑が隠せてない返答を返せば、隻眼が面白がるように細くなった。
 褐色の腕が伸びて、僕を軽々と抱き上げる――抱き上げられて、部屋に迎え入れられる。寝台にころりと転がされる。ここまでが、あっという間だった。
 寝台の端っこでは、キューイがクッションみたいになって眠っていた。

「兄さんも眠れなくて困ってたんだ」

 ノウファムはごくごく普通の家族みたいな温度感で微笑んで、仰向けに横たわる僕の上に跨った。

 ……そして、鼻先が擦れそうなほど体温を寄せて物問いたげな気配をのぼらせた。
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