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五章、眠れる火竜と獅子王の剣
101、すやぁ…
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火山の頂付近を目指す隊列が、地上を動いている。山を登っていく。
時折有害な生き物がちょっかいを出してきて、立ち止まって処理してはまた進む。
「エーテル、下のみんなが歩いてる道さ、マグマが流れてできた道らしいぜ」
「噴火しないのかな……」
「休眠火山だか死火山だか言われてたぞ」
ロザニイルと僕は、箒で低空を飛翔している。今日は別々の箒だ。
周囲には同じように箒飛翔をマスターした魔術師が飛んでいて、アップルトンの姿もあった。
さらに上空には、王国の飛竜隊がいる。
上と下との連絡役が僕たち箒隊なのだ。
「ロザニイル。僕、火山が噴火した夢を見たんだよ」
そっと告げると、ロザニイルは僕をまじまじと見た。そして、ふっと笑った。
「そりゃ、夢だ」
「うん。夢だといいな……」
「あ、これさっき採ったんだ。いるか? 美味そうだぜ」
ロザニイルは思い出したように薄紫色の果実を投げてきた。ひとくちサイズの実はぷるんとしていて、王国では流通していない珍しい果実のよう――、
「ありがとうロザニイル。これ、クレーバスの実だね」
「頭がしゃっきりするんだ。寝る前に食べると寝れなくなるから気を付けろよ」
風がふわりと頬を撫でて後ろへと吹き抜けていく。
世界の匂いを感じながら、僕は問いかけた。
「ロザニイル、夢の中の自分ってさ、自分かな?」
「そりゃあ、夢を見てる時に自分だと感じてて、起きてからも自分だと思ってたら、自分だろうよ」
声は張りがあって、前向きな温度を伴っている。
「火竜は巣に戻ってまた居眠りしてたりしてな! 巣に近付いていっても出てこねえや」
ケラケラと笑って、ロザニイルは僕に箒を近づけた。
「日が暮れたら野営するけど、寝る時はオレと一緒に寝ような! な! ……おっと、火鳥が狂妖精とダンスしてら!」
鮮やかな緑の瞳が前を視るので視線を向ければ、なるほど火鳥が狂妖精と戦っている。
箒隊が短杖を向けて両成敗して、「下の様子がおかしい」と騒ぎ始める。
見れば、地上隊が喧嘩をしていた。
「おーい、仲間割れ? というほどでもないのか?」
「何かあったんですか?」
箒で降りていくと、ワゥランとズハオが二人して「この辺りは精神を不安定にさせるようで、さっきから些細なことで争う者が続出しているんだ」と教えてくれた。
「上にいるあの黒いローブの魔術師は妖精族だぞ。妖精族だから巫様みたいに肝心なところで一人で逃げ出すかもしれない、気を付けろって意見の何が悪いんだ」
「巫様を悪く言うな……!」
チュエン爺が申し訳なさそうに頭を下げて「獣人族の中には妖精不信を拗らせた者も多いのです。お力を貸してくださっているのに申し訳ございません」と謝ってくれた。
「ここで野営して平気かあ……安心して寝れないじゃんか」
ロザニイルはそう言って困り顔をした。
「どうも負の感情や狂暴性を高めるような土地になっているのですな」
ネイフェンが尻尾の毛をちょっと逆立てている。ほわほわだ。今触ったら怒られるのだろうか……僕はそっと誘惑に耐えた。
箒隊のメンバーが飛竜隊に知らせにいき、上空から飛竜たちが降りてきて、その日の行軍はストップとなった。
「疲労すると感情的にもなりやすいでしょうから、ゆっくり休んでください。明日からは休憩も増やしてみましょう」
ワゥランはそう言ってズハオに手を差し伸べた。
「ズハオ殿、本日は魔物や害獣討伐の指揮が大変頼もしく、助かりました」
ズハオはワゥランの手を握り、笑顔を見せる。
「ワゥラン殿、こちらこそ進路策定にあたって冷静なご意見、とても助かった」
火を囲み、狩った獲物の肉を活かした串焼きを頬張っていると、チュエン爺が温かいミルヒをくれた。
「王国の聖杯様は、巫様にすこし雰囲気が似ておられる」
「僕が?」
「ええ。当時私はとても幼かったのですが、その時の獅子王陛下に大切にされていて、仲睦まじく……」
チュエン爺は憧憬を感じさせる声であたたかに思い出を語り、ミルヒのマグカップを手にワゥランの傍に戻っていった。
ワゥランとネイフェンが兄弟みたいに並んで、何かを話している。僕は気になりつつ、そちらから視線を外した。
毛布にくるまると、ロザニイルが当たり前のようにじゃれついてくる。
「今日はオレと寝るんだもんな」
愛竜である飛竜カレナリエンの喉を撫でていたノウファムがこちらに気付いた様子で視線を向けると、ロザニイルはニヤニヤした。
「どしたノウファム。嫉妬か? 混ざるのかあ?」
「お前が混ざってきてるんだろう、ロザニイル」
毛布を掴んで、ノウファムが僕たちを二人纏めてぐいっと掴んだ。
そして、飛竜の懐まで引っ張りこんだ。
「クルルルル……」
小動物みたいに甘えた声を出して、カレナリエンが大きな翼と脚で僕たちを抱え込むようにしてくれる。あったかい。
「飛竜のお布団だ。あったかいね」
「ヒュウ! 仔竜になった気分!」
――みんな揃ってカレナリエンの子供になったみたいだ。
飛竜の寝息はすごくゆったりしていて、お腹がふわーっと膨れて、ふやーっと萎むのがとても安らぐ。
微睡みの中で空を見ると、満天の星が黒玻璃の夜天にピュアな輝きを放って煌めいていて、とても美しかった。
「おやすみ」
ふわふわとした心地で呟けば、左右から挨拶が返される。
重なる声は優しくて、僕は幸せな気分になった。
「おやすみ、エーテル! オレが思うに今夜のオレたちは竜になった夢をみるぜ」
「おやすみ、エーテル。ロザニイルが夢に出てこないように祈っておこう」
「おう、夢に出てやるぜ!」
ノウファムが睡眠導入薬を飲んで瞼を閉じている。
僕が贈った薬、ちゃんと飲んでくれてるんだ――僕はちょっと嬉しくなって目を閉じた。
大きな生き物の息吹を感じながら、僕たちはすやすやと眠りについたのだった。
そして深夜、僕はざわざわとした声で目が覚めた。
「ああ、イライラする。こんな山にいられるか。俺は帰る」
「おい、落ち着けって」
騒動がまた起きている……。
「獣も妖精も狂暴になるんだ、人だって狂暴になるよなぁ」
ロザニイルが隣で起き出して目を擦っている。
「困った山だね。ここ、浄化したら普通の山になるのかなあ」
「うーん。どうだろうな。するとしてもかなり時間かかるだろー、世界樹を引っこ抜いてここに植えたら浄化してくれそうだけど」
「それは……無理だね……」
眠気半分に話して顔を合わせてふにゃりと笑うと、ちょっと前の恥ずかしい事故がなかったみたいに感じられてくる。
そう、あれは事故だったんだ――僕は自分に言い聞かせるようにして、また眠ってしまおうかと睫毛を伏せた。
そんな僕の耳に鋭い警告の声が飛び込んできたのは、その時だった。
「火竜です、火竜がこっちに来ます! 皆様、起きてくださいっ!」
緊迫した声に、警鐘が鳴らされて全員が飛び起きる。
喧嘩していた者もサッと蒼褪めて武器を取り……飛来した火竜がずしんと地震みたいに地面を揺らして着地した時には、ほぼ全員が武器を構え、死を覚悟しながら勇気を胸に燈していた。
「……」
「……」
誰も、何も言えない。
そんな数秒が流れた。
その間、僕は言葉を発することができずに、ノウファムを視ていた。
ノウファムは寝ていた。
すやぁ……って感じで、すごく穏やかに寝ていた……。
――あの薬、効くんだなぁ。
僕は薬の効能を感じて、嬉しいんだか困ったのだかよくわからない気持ちになった。
時折有害な生き物がちょっかいを出してきて、立ち止まって処理してはまた進む。
「エーテル、下のみんなが歩いてる道さ、マグマが流れてできた道らしいぜ」
「噴火しないのかな……」
「休眠火山だか死火山だか言われてたぞ」
ロザニイルと僕は、箒で低空を飛翔している。今日は別々の箒だ。
周囲には同じように箒飛翔をマスターした魔術師が飛んでいて、アップルトンの姿もあった。
さらに上空には、王国の飛竜隊がいる。
上と下との連絡役が僕たち箒隊なのだ。
「ロザニイル。僕、火山が噴火した夢を見たんだよ」
そっと告げると、ロザニイルは僕をまじまじと見た。そして、ふっと笑った。
「そりゃ、夢だ」
「うん。夢だといいな……」
「あ、これさっき採ったんだ。いるか? 美味そうだぜ」
ロザニイルは思い出したように薄紫色の果実を投げてきた。ひとくちサイズの実はぷるんとしていて、王国では流通していない珍しい果実のよう――、
「ありがとうロザニイル。これ、クレーバスの実だね」
「頭がしゃっきりするんだ。寝る前に食べると寝れなくなるから気を付けろよ」
風がふわりと頬を撫でて後ろへと吹き抜けていく。
世界の匂いを感じながら、僕は問いかけた。
「ロザニイル、夢の中の自分ってさ、自分かな?」
「そりゃあ、夢を見てる時に自分だと感じてて、起きてからも自分だと思ってたら、自分だろうよ」
声は張りがあって、前向きな温度を伴っている。
「火竜は巣に戻ってまた居眠りしてたりしてな! 巣に近付いていっても出てこねえや」
ケラケラと笑って、ロザニイルは僕に箒を近づけた。
「日が暮れたら野営するけど、寝る時はオレと一緒に寝ような! な! ……おっと、火鳥が狂妖精とダンスしてら!」
鮮やかな緑の瞳が前を視るので視線を向ければ、なるほど火鳥が狂妖精と戦っている。
箒隊が短杖を向けて両成敗して、「下の様子がおかしい」と騒ぎ始める。
見れば、地上隊が喧嘩をしていた。
「おーい、仲間割れ? というほどでもないのか?」
「何かあったんですか?」
箒で降りていくと、ワゥランとズハオが二人して「この辺りは精神を不安定にさせるようで、さっきから些細なことで争う者が続出しているんだ」と教えてくれた。
「上にいるあの黒いローブの魔術師は妖精族だぞ。妖精族だから巫様みたいに肝心なところで一人で逃げ出すかもしれない、気を付けろって意見の何が悪いんだ」
「巫様を悪く言うな……!」
チュエン爺が申し訳なさそうに頭を下げて「獣人族の中には妖精不信を拗らせた者も多いのです。お力を貸してくださっているのに申し訳ございません」と謝ってくれた。
「ここで野営して平気かあ……安心して寝れないじゃんか」
ロザニイルはそう言って困り顔をした。
「どうも負の感情や狂暴性を高めるような土地になっているのですな」
ネイフェンが尻尾の毛をちょっと逆立てている。ほわほわだ。今触ったら怒られるのだろうか……僕はそっと誘惑に耐えた。
箒隊のメンバーが飛竜隊に知らせにいき、上空から飛竜たちが降りてきて、その日の行軍はストップとなった。
「疲労すると感情的にもなりやすいでしょうから、ゆっくり休んでください。明日からは休憩も増やしてみましょう」
ワゥランはそう言ってズハオに手を差し伸べた。
「ズハオ殿、本日は魔物や害獣討伐の指揮が大変頼もしく、助かりました」
ズハオはワゥランの手を握り、笑顔を見せる。
「ワゥラン殿、こちらこそ進路策定にあたって冷静なご意見、とても助かった」
火を囲み、狩った獲物の肉を活かした串焼きを頬張っていると、チュエン爺が温かいミルヒをくれた。
「王国の聖杯様は、巫様にすこし雰囲気が似ておられる」
「僕が?」
「ええ。当時私はとても幼かったのですが、その時の獅子王陛下に大切にされていて、仲睦まじく……」
チュエン爺は憧憬を感じさせる声であたたかに思い出を語り、ミルヒのマグカップを手にワゥランの傍に戻っていった。
ワゥランとネイフェンが兄弟みたいに並んで、何かを話している。僕は気になりつつ、そちらから視線を外した。
毛布にくるまると、ロザニイルが当たり前のようにじゃれついてくる。
「今日はオレと寝るんだもんな」
愛竜である飛竜カレナリエンの喉を撫でていたノウファムがこちらに気付いた様子で視線を向けると、ロザニイルはニヤニヤした。
「どしたノウファム。嫉妬か? 混ざるのかあ?」
「お前が混ざってきてるんだろう、ロザニイル」
毛布を掴んで、ノウファムが僕たちを二人纏めてぐいっと掴んだ。
そして、飛竜の懐まで引っ張りこんだ。
「クルルルル……」
小動物みたいに甘えた声を出して、カレナリエンが大きな翼と脚で僕たちを抱え込むようにしてくれる。あったかい。
「飛竜のお布団だ。あったかいね」
「ヒュウ! 仔竜になった気分!」
――みんな揃ってカレナリエンの子供になったみたいだ。
飛竜の寝息はすごくゆったりしていて、お腹がふわーっと膨れて、ふやーっと萎むのがとても安らぐ。
微睡みの中で空を見ると、満天の星が黒玻璃の夜天にピュアな輝きを放って煌めいていて、とても美しかった。
「おやすみ」
ふわふわとした心地で呟けば、左右から挨拶が返される。
重なる声は優しくて、僕は幸せな気分になった。
「おやすみ、エーテル! オレが思うに今夜のオレたちは竜になった夢をみるぜ」
「おやすみ、エーテル。ロザニイルが夢に出てこないように祈っておこう」
「おう、夢に出てやるぜ!」
ノウファムが睡眠導入薬を飲んで瞼を閉じている。
僕が贈った薬、ちゃんと飲んでくれてるんだ――僕はちょっと嬉しくなって目を閉じた。
大きな生き物の息吹を感じながら、僕たちはすやすやと眠りについたのだった。
そして深夜、僕はざわざわとした声で目が覚めた。
「ああ、イライラする。こんな山にいられるか。俺は帰る」
「おい、落ち着けって」
騒動がまた起きている……。
「獣も妖精も狂暴になるんだ、人だって狂暴になるよなぁ」
ロザニイルが隣で起き出して目を擦っている。
「困った山だね。ここ、浄化したら普通の山になるのかなあ」
「うーん。どうだろうな。するとしてもかなり時間かかるだろー、世界樹を引っこ抜いてここに植えたら浄化してくれそうだけど」
「それは……無理だね……」
眠気半分に話して顔を合わせてふにゃりと笑うと、ちょっと前の恥ずかしい事故がなかったみたいに感じられてくる。
そう、あれは事故だったんだ――僕は自分に言い聞かせるようにして、また眠ってしまおうかと睫毛を伏せた。
そんな僕の耳に鋭い警告の声が飛び込んできたのは、その時だった。
「火竜です、火竜がこっちに来ます! 皆様、起きてくださいっ!」
緊迫した声に、警鐘が鳴らされて全員が飛び起きる。
喧嘩していた者もサッと蒼褪めて武器を取り……飛来した火竜がずしんと地震みたいに地面を揺らして着地した時には、ほぼ全員が武器を構え、死を覚悟しながら勇気を胸に燈していた。
「……」
「……」
誰も、何も言えない。
そんな数秒が流れた。
その間、僕は言葉を発することができずに、ノウファムを視ていた。
ノウファムは寝ていた。
すやぁ……って感じで、すごく穏やかに寝ていた……。
――あの薬、効くんだなぁ。
僕は薬の効能を感じて、嬉しいんだか困ったのだかよくわからない気持ちになった。
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