魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
105 / 158
五章、眠れる火竜と獅子王の剣

104、噴火口、火竜、妖精殺し

しおりを挟む

 火竜が人の声で話し始める。
 苦しそうで、つらそうで、余裕のない――優しそうな声だ。

「チュエン……」
 名前を呼ばれて、チュエン爺が言葉を成さない声を溢して、双眸から涙を溢れさせた。
「私がわかるのですね」


 かんなぎだ。
 巫の声なんだ――この、巫さんなんだ。
 

 火竜の瞳を覗くようにすれば、そこには獰猛な心と優しい心の二つがどろどろに混ざり、せめぎ合うような不安定さといびつさがあった。

【火竜は狂暴になりつつあるが、それを抑える心も健在であるらしい……】
 僕の脳裏にノウファムの声が蘇る。

 
 ――抑えてる。
 この、必死に狂暴な自分を抑えてるんだ。
 

 火竜が噴火口の縁に降りて、ふるふると身を震わせる。
 すると、半透明の黄緑色の膜がドウム状に周囲に張り巡らされた。

「結界を張ってくれたようです……」
 アップルトンが皆を促して、全員が結界の内側に入る。そこは炎熱から守られていて、森林の中にいるような自然の香りが感じられる。

 この生き物は居なくなった巫なのだと、獣人たちが呟いた。
 みんな、奇跡に出会ったような顔になっている。

「ああ、巫様……何故そのような、火竜のお姿に……」
 チュエン爺がオロオロと近寄ろうとしている。それを火竜は首を振って拒絶した。

「かつて獣人の国が襲撃を受けた時、皆が懸命に応戦し、多大な犠牲を払い、獅子王陛下も満身創痍で……我々はなんとか火竜を追い返しました」

 火竜の喉を苦しげに唸らせ、声を響かせる。その心を伝えてくれる。
 その懸命さが空気を介して伝わるから、みんなは真摯な表情で一言も聞き漏らすまいと周りに集まり、耳を傾けた。

「私はあの時、再びの襲撃があれば、次は耐えることはできないと判断しました」
 
 火竜の言葉に、チュエン爺はグッと唇を結び、俯いた。
 その時の国の惨状を思い出しているのだろう。

「私はそこで、火竜の巣に忍び込んだのです。火竜に自分の精神を乗り移らせ、心を身の内で戦わせ、火竜の肉体を奪ったのです」

 獣人たちが驚きの声を次々とあげる。
「なんと、そのようなことが可能なのですか」
「巫様は火竜の精神に打ち勝ったのですね」

 火竜はそんな獣人たちを愛し気に切なげに見て、目を逸らした。

「けれど、火竜になってから気付きました。私の心が刻一刻と火竜の肉体に引きずられ、愛しい獣人たちを喰らいたいという欲が湧いてくることに」

 その声に垣間見える不安定な気配――自分たちに向ける殺気に気づいて、一秒前まで喜んでいた獣人たちはびくりと肩を震わせた。思わず一歩退いてしまった、そんな者もいる。

 ――圧倒的な強者。食物連鎖の頂点。
 
 自分たちが話している相手が、安心できる友人だと思った瞬間に危険な巨大な竜だと思い出された……そんな空気が場を支配する。

 獣人たちは浮かれかけた気持ちに冷水をかけられたような顔で黙り、語られる言葉を恐々と聞くだけになっていった。

「私は自分の暴性を怖れ、自らを抑えて眠ることにしました。しかし、眠る私の暴性が、時間と共にますます高まって……もう、抑えられる自信がないのです。今こうしているのが奇跡のよう」

 ふわっと良い匂いが鼻腔を擽る。
 ぽん、と肩に手が置かれる感覚に視線を向けると、いつの間にかノウファムが僕の傍に立っていた。
 無言の瞳が僕を見つめている。
 パチリと目が合うと、スッと逸された――、

 なんだ?
 なんですか、殿下?
 今とても大事な話を巫さんが話してくださってる最中ではないですか。

 気になるじゃないですか。
 僕の勘違いかもしれないけど……なんか物欲しそうな顔に見えましたよ……?

 火竜の声が続いている。
 今とても大切な話をしてるんだ。間違いない。
 僕はノウファムから視線を外して、火竜を見た。

「山は自分を踏み荒らし、獣や妖精を狩った獣人たちに怒っています。その心が狂おしいほど伝わってくるのです……先ほどまで私は怒りに影響され、我を忘れていましたが、貴方たちのおかげで今、こうして自分を取り戻せています。それも長くは持たないでしょうが」

 魔力かな?
 魔力が欲しいのかな?

 僕の頭にふぁっと考えが浮かんだ。

 この状況で求めにくいよね、わかる!
 でも消耗してるんだな……それもわかる!

 僕はそろそろと懐を探り、護身用の短剣をスルッと抜いて指先に浅く傷をつけた。
 ぎょっとする気配がすぐに近くに感じられる。

 驚いているようだ。

 ――ふふ、殿下。僕の察しの良さに感激してくださってもよいのですよ……。
 
 僕はちょっと得意な気分になりつつ指を差し出した。
 指の付け根を抑えるようにして掴まれて、指先に鼻が寄せられて吐息を感じると、ドキドキする。

 他のみんなが火竜に真剣に眼差しを注いでいるのに、僕は何をやってるんだろう――いや、これも大事なことなんだ。僕は頬を軽く染めてまつげを伏せた。

 熱く湿った感触が指に与えられて、大切に舐めとられるとピリッとした痛みとつくんとした疼きが指に走って、切ない感覚が胸に湧く。
 僕が淡く吐息を紡ぐと、唇が離されて気遣うような手が治癒術で傷を癒やして、頭を撫でてくれる。

 ふと視線を感じて見てみれば、ロザニイルがポカンとした顔でこちらを見ている。
 口が声を発さずにパクパク動く――「おまえら、こんなときに、いちゃいちゃ」違うよ! これは単なるいちゃいちゃじゃないんだよ……!?
 
 少しして、ノウファムは僕から体温を離した。そして、火竜に歩み寄った。

「火竜よ、俺はこの稀なる剣を山の深部まで沈めて山の怒りを鎮めようと思うのだ」

 注目が集まる中、ノウファムは【妖精殺し】の剣を抜き、その美しい剣身に魔力を注いだ。声は、少しだけ緊張している様子で。

「伝説に謳われるような名剣は幾つかあるが、多くは長き時を生き、特別強い力を持つ古妖精が魔法の力を籠めた剣だ。だが、この【妖精殺し】は違う」

 火竜が【妖精殺し】をじっと見つめて、小さく頷いた。
 それを受けてホッとした気配が感じられて、僕はノウファムの背をドキドキと見守った。

 
 ――確証は無かったんだ。多分。

 
 火竜が頷いたから、安堵したのだろう。
 問いかけるようなノウファムの声がゆったりと続く。

「これは妖精に対抗するために神代につくられし剣。超常の存在に矮小なる人間族が牙を剥き、生存の道を拓くための剣。ゆえに、この剣は人間に怒り滅ぼそうとする山を鎮めてくれるのではないだろうか」

 みんなが見つめる先で、火竜は理解の色を浮かべて頷いた。返す声は、穏やかで優しかった。

「あの怒りのマグマが噴出する火口に飛び込んで中を遡り、みなもと近くに届けたならば」

 ――放った言葉は、「そんなことが人の身にできますか!?」と悲鳴をあげたくなるような内容だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた

木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。 自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。 しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。 ユエ×フォラン (ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

処理中です...