魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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六章、逆転、反転、繰り返し

123、闇墜ちの兆しと白い贈り物

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 このお城、やっぱり王様を闇墜ち――暴君化させるような呪いでもあるんだろうか。
 
「殿下、その……臣下の中には心配する者も出ておりますが」
 ノウファムは僕を朝から晩まで抱き抱えて、食事時も政務中も離さなくなっていた。
 なにやら、おかしなスイッチが入ってしまったようだ。昼も夜もべったりで、僕はお人形にでもなった気分で好きにされている。
 
「殿下! ノウファム殿下ぁっ!」 
 そんなノウファムにモイセスが見かねたように諌めてくれている。
「愛しいからと言って束縛しすぎるのはなりませんぞ。臣下の目にも色に溺れていると映っていまいやすく、良い印象がございませぬ。せめて陽の高い政務中は公と私事を分ける姿勢を示して頂き……」
 ノウファムは暴君だった時の気配を濃く浮かべて、モイセスに決済済みの書類を突き出した。仕事をちゃんとしてるだけマトモだ……でも片手でしっかり僕をホールドして逃す気はなさそうだ。
「嫌だ」
 返された声は短くて、取り付く島もない。
 
 ――拒絶王だ。
 僕が良く知る、全部拒絶する暴君だ。

 僕が暴君スイッチをオンにしてしまったのだろうか――今のところ民を虐げたりはしてないけれど、これが悪化すると危険なのではないだろうか。

 僕はこっそりとモイセスに「無駄ですよ」と目配せした。このモードのノウファムは、周囲の言葉をとにかく拒絶する王様だ。
 取り扱いには細心の注意を要するのだ……モイセスも大森林で記憶を観ていたはずなので、きっと察してくれるに違いない。

 一度暴君ノウファムを体験している僕は、あれこれ言えば言うほど悪化するのを知っている。
 ゆえに「次の人生では臣従の指輪で支配してやるぅ」なんて狂気が芽生えちゃったのだが。

「ノ……ノウファム様、僕のお兄様」
「なんだ、エーテル」

 今回の人生で、僕はこの拒絶モード攻略の糸口を掴んでいるぞ!
 僕は頬に唇を寄せて、黒髪をいい子いい子と撫でた。

「お仕事を頑張っていて、偉いです」
「……」
 ノウファムの頬がぴくりと震える。
「ん……」
 片方だけになった青い瞳が伏せられて、満更でもなさそうに大人しくなっている。
 僕は王様を誑かす悪女にでもなったような気分で、ノウファムのシャツの胸元に煌めく金ボタンに指を添わせた。

 視線がちょっと気になるけれど、僕だって伊達に人生3回目ではないのだ。
 ボタンを外してその下の逞しい胸板に口付けをすると、ノウファムが機嫌を上向きにして僕の髪を撫でてくる。

「お兄様、砂漠の王シーディク様を助けるために御船を派遣なさるのでしたか」
「ああ、そうだな」
「僕、お城の中ばかりで飽きてしまいました。海の上で新しい年の初めを迎えるのも風流かなって思うのです」

 甘えるように言って胸元にすりすりと頬を寄せると、ノウファムは少し考えてから頷いた。

「そうだな。カジャの虚言で王国は人魚族に恨まれている。人魚族との和解も必要かと思っていた。そのついでに砂漠の王シーディクを直接迎えに行けば一石二鳥といえる……」

 僕はウンウンと頷いてモイセスに視線を向けた。

 ――モイセス、ノウファム様は褒めるのだ。そしてそれとなく「よさそうだと思うなー」とアピールしつつ、ノウファム様に決定させるのだ。

「わぁ、楽しみです。お兄様」
 腕を首の後ろにまわして抱き着けば、お兄さんな気配で背中がぽんぽんと優しく叩かれる。 
 
 僕はこっそりと指を虚空に滑らせて、モイセスに指の動きでメッセージを綴った。


【城 離れる ほうが よい】

 確証はないけれど、きっとお城にいるのは悪影響なんだ。

 僕がそう思った理由はいくつかある。

 リサンデルや過去のノウファムが王様になって変わったこと。
 カジャも恐らく同じように推理して暗殺のターゲットになる暴君役に自分が収まろうとしたらしいこと。

 元々、ノウファムは【僕のお兄さん】なノウファムと【狂気を孕んだ過去の王様】なノウファムとで自我が不安定だ。
 ノウファムは僕に兄と呼ばれるとお兄さんな自分を取り戻しやすい様子だったし。
 陛下と呼ばれるのを嫌がったり、王冠や玉座にちょっと嫌そうにしていたりもする。
 時折話し方や雰囲気が過去の王様みたいになったり、お兄さんになったり変わるのも、不安定さの表れだ。

 ――僕は、過去の王様なノウファムも現在のお兄さんなノウファムも好きなのだけれど……。

「元々船は出航予定で準備を進めておりましたが、お二人もお乗りあそばして、パーティーをなさる……? い、今からそのような……いえっ。では、そのように手配いたしましょう」
 モイセスは驚いた様子で目を見開いていたが、こくりと頷いて配下を走らせた。苦労人だ。
 


 ◇◇◇

 
 予定を決めた後は、あっという間に時間が過ぎた。
 王国の南西側の港まで飛竜で移動して乗り込む船は、『ニュー・ラクーン・プリンセス』。
 
 新造で、以前沈没した『ラクーン・プリンセス』よりちょっと小型で可愛らしい。
 
「宣誓~! オレたち! お前たちは~! イヤイヤ期のノウファム殿下についていく~!」
 ロザニイルがいつものように配下たちと盛り上がっている。
「イヤイヤ期とはなんだロザニイル」
「お前の病気のことだぜ! 駄々っ子殿下!」
 ノウファムが眉を寄せても、ロザニイルは怖気づくことも遠慮することもない。
「俺は病気ではない。病気なのはお前……いや、なんでもない」
「オレほど元気な奴はそういねえぞ!」
「ああ、そうだな」
 二人は表面上、いつも通りだ。僕はそっと安心した。 
  
 出航の時を迎えた『ニュー・ラクーン・プリンセス』を、大勢の人が見送って手を振っている。
 僕が箒を借りた母子も仲良く手をつないで箒を振っているのが視えて、僕はほっこりとした。

「お兄様! あの方々、僕に箒を貸してくださった方々です」
「ああ、あの時の……、っ?」
 
 ノウファムと一緒に遠ざかり始めた波止場を見ていると、雑踏からフワッと白い光が浮き上がって、船にふわふわ向かってくる。

 みんなが注目する中、白い光はノウファムの目の前にふわりふわりとやってきて、褐色の手の中へと何かを落として消えた。

「殿下! 大丈夫ですか!」
「あやしい光が……!?」

 周囲が騒然とする中、僕は光が咲いたあたりに白いローブが垣間見えた気がしてドキドキした。

 
「お兄様、それは、……それは」 
「……これは、【妖精の涙】という魔法の品だな。見覚えがある」
 ノウファムの手の中には、小瓶があった。
 香水瓶にも似たそれはとても愛らしくて、中にはほんの数雫分のとても貴重な液体が入っていた。
 
「僕、それを誰が贈ってくれたのかわかります。僕、知ってる……」
 
 いくら目を凝らしても白いローブは幻みたいに視えなくなってしまって、どんどん距離が開いて、遠くなる。
 
 遠ざかる港を僕はいつまでも見つめて、堂々と口にできない名前を心の中で繰り返し繰り返し唱えたのだった。
 
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