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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い
132、地底都市、奴隷オークション、美男子ハレムへようこそ
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焦げるような太陽と砂の匂いの中、奴隷商人のキャラバンが砂漠を往く。砂塵に紛れて聞こえるのは、奴隷商人の弾んだ声だ。
「とびきり上等の奴隷を仕入れたんだ、オークションも賑わうぞ」
砂漠地帯を脚と鼻が長いの四つ足巨大動物が進む。
「ほーら、サンド・オーリファントども。張り切って歩いてくれよ」
「パオーン!」
サンド・オーリファントと呼ばれる生き物が引くのは幌で内部を保護された奴隷詰めの荷車だ。
砂漠の国と呼ばれる南西の砂漠地帯の特徴はなんといっても太陽の光を遮るものが何もなく、水分の少ないため昼夜の寒暖差が激しい砂の海。
四方八方、緩やかな傾斜の砂丘が延々と広がっていて、見渡す限り砂しかない。
昼は日陰のない中を容赦なく照りつける灼熱の世界。乾燥した空気がひりつくようだ。
夜は地表から熱が逃げて極寒の星絶景。
吹き荒れる風は離れた森林地帯や海洋に植物や微生物の生育に欠かせない砂を運ぶ。
その地での生息に適応した独自の生態系が息づいていて、人間が生きるには過酷な環境ではあるが雑多な生命力には溢れている――そんな大地だ。
奴隷商人の一行はやがて転々と並ぶ緑のカクタスに囲まれるようにした道に出会う。
人が造った途切れがちな道を進めば、景色は少しずつ変化を覚えて、砂漠というより荒野に近い様相となっていった。
疎らに木が茂り、岩が荒地の合間合間にごつごつと白い岩肌を覗かせる地域にて、奴隷商人たちは地上の都市残骸めいた瓦礫に近付いた。
そこには、人間たちが住んでいた。
「よう、兄弟。美男子が海から釣れたぞ」
「ははっ、なんだそりゃ? 海洋産なのかい」
「船が沈没したか何かで東南の海岸線に残骸やら人やらが流れ着いててよ。デッカイバケモンもいて、食いモンか見せモンになるかと思って傭兵を雇って狩ろうとしたんだが、そっちは逃げられちまった」
奴隷商人は艶々の黒ひげを扱き、現地の知人に首尾を自慢してサンド・オーリファントと荷車を留めた。
「すぐに出せるか? 今日は商王ドゥバイド様も直々にお越しだぜ。ハレムを充実させたいってよ」
「おう。商王サマもお盛んなことで」
奴隷商人は頷き、荷を降ろす。
「おい。《大人しく歩け》」
魔導具で拘束された奴隷たちは薬で朦朧としているのか、夢うつつを彷徨うような正気の危うい様子でふらふらと奴隷商人の魔力の籠った命令に従い、歩き出す。
その首には主人の命令に従わせるよう強制する奴隷の首輪が填められているので、奴隷たちが暴れ出す必要もない。
「通って良し!」
入り口から地下へと案内された奴隷商人一行は、洞窟状の下り坂をゆるりと降りて【地底都市ダグアウト】に到着した。
遊色宝石を求めて地底を採掘した名残の穴を利用して造られた都市は、ひんやりとして過ごしやすい。
違和感を覚えるとしたら、その都市で見かける人間が男性だけであるという点だろうか。
この国の王位を簒奪したての商王ドゥバイドが国中から女性を追い出してしまったからだ。
「女房や娘は元気にしてるだろうか」
「しっ、ドゥバイド様がいらっしゃるんだぞ」
無風の地底都市の至るところで男たちの嘆きと怯えの気配がわだかまっている。
「まあ、なんだ。難儀なお国やね。おれはカネが儲かりゃなんでも構わんが」
奴隷商人は肩をすくめて奴隷オークションが催されている建物に入り、商品の登録手続きをした。
奴隷オークションの会場内部は仄暗く、人の気配が犇めいている。
壇上に奴隷たちが順に披露されるたび、パァッと光が咲いてその姿が映し出される。
「たった今到着! 仕入れたて、新鮮な美男子です!」
拡声の魔導具を使った司会進行役の声が響く。
麗しい奴隷は、透明感のある滑らかな白い肌をしていた。
背丈はそれほど高くなく、肉付きも薄そうだが、青年期の初期特有の清潔さがあり、何より顔立ちが美しい。
ぼんやりとした表情を浮かべる口元は無防備に軽く開かれていて、むしゃぶりつきたくなるほど蠱惑的だ。
頬のラインは少年の名残を思わせる柔らかさで、薄く薔薇色に上気しているのが艶めかしい。
印象的なのはルビーを溶かして紡いだような艶やかな髪だ。
照明を浴びて煌めく髪は会場中の目を奪い、心を魅了した。
「この奴隷はどこぞの貴族なのではないか? 身なりも良いし、とても労働階級には見えないな」
「綺麗な顔をしている。着飾らせて侍らせてみたいものだ」
囁きが音の波となって会場中に溢れ、やがてカンカンと司会進行役が音を鳴らして競売を開始した。
「五百万メルド」
「八百万メルド!」
「一千万だ!」
「一千五百」
「三千」
「……」
延々と競い合う声に彼らの王ドゥバイドは楽し気に杯を傾け、堂々と値を上げた。
「一億」
しん、と静まり返る会場に司会進行役の確認の声が響き渡る。
競る者はいるか、という声に返される声は――なかった。
「ドゥバイド様に敵うわけがない。どうせカネはランプの精に頼んで無限に湧くのだ」
「いや、元々豪商であられたから流石にそんな願いはしていないだろう?」
「わかるものか。些細なことでもなんでもホイホイと願っているときくぞ」
噂話を後に、麗しの商品は簒奪の王――僭王に引き渡された。
◇◇◇
SIDE エーテル
――気付けば売られていた。
――気付けばハレムだった。
そんな現実味の薄い、夢のようなびっくり体験というのは、ある。
僕は今、しみじみと自分のびっくり体験を噛みしめている……。
地上の砂塵都市【マク・デグレア】。
砂漠の国の首都であるこの都市に、僕はいる。
ただ滞在しているわけではない。
ハレムだ。
ここは過去の僕の記憶とそれほど相違ない、ハレムだ。
白銀の豪奢なシャンデリア。
金地に蒼緑やライトブルー、ベージュや薄い緑の幾何学模様、白地に緑や赤の蔦や花模様を凝らした美しい壁。
窓はバサルみたいなオジー型。
床面にはふわふわの絨毯が広がる。絨毯の中央部は華やかな赤を基調としたアラベスク柄で、外側が綺麗な青だ。
天井は中央ほど高いドウム状で鍾乳めいたムカルナス装飾が壮麗だ。
奴隷たちはベラと呼ばれる薄紗の衣を纏い、首には奴隷の首輪を填められている。
僕が臣従の指輪をつくるときに見本にした首輪だ――他人を支配・服従させようとした僕が、今回の人生で自分が悉く支配・服従させられる側となっているのは何故だろう。
僕は情けない気分になった。
花のような蜜のような甘い芳香が充ちていて、僕の脳にトラウマめいて過去の記憶が蘇ってくる。
「ハァイ、可愛いコネコチャン。目が覚めたのね。商王の美男子ハレムへようこそ♡ ここが今日からアナタのハウスよ?」
商王ドゥバイドが独特の喋り方で僕に話しかけてくる。
今生では初対面だ。
ドゥバイドは、筋骨隆々とした中年で赤味の濃い肌色をしている。雄々しくて、黙っていれば男の色気を感じさせる美中年である。
シャープな顔立ちも男らしく、目つきは若干の垂れ目で、余裕や愛嬌、親しみやすさを感じさせたりもする。
以前の人生で彼と関わったことのある僕は、知っている――この男の心は乙女だ。
美男子マニアの乙女だ。
オトメンというやつだ。
あるいはオネエとも呼ばれるらしい。
そして、股間の雄は機能しないのだが、コレクションしたり鑑賞したり愛でたりして楽しむ趣味がある変態だ……。
「なかなか目覚めないから、アタシとっても心配しちゃったわ。ところでもう一人アナタと似た子をセット購入してきたのだけど、アナタたちは兄弟かしらん」
ドゥバイドが骨ばった手をひらひらと謎のたおやかさで躍らせて示す先には、豪奢なラグの上に身を横たえて眠るロザニイルの姿があった。
「……ロ、ロザニイルっ!!」
――よりによって君が、ハレムに!?
じっとしていても甘ったるい香りや嬌声が聞こえてきて、精神安定上、絶対によろしくない環境だというのに――僕は真っ青になって、「どうやったらロザニイルの心を守れるだろうか」と急いで頭を働かせた。
「とびきり上等の奴隷を仕入れたんだ、オークションも賑わうぞ」
砂漠地帯を脚と鼻が長いの四つ足巨大動物が進む。
「ほーら、サンド・オーリファントども。張り切って歩いてくれよ」
「パオーン!」
サンド・オーリファントと呼ばれる生き物が引くのは幌で内部を保護された奴隷詰めの荷車だ。
砂漠の国と呼ばれる南西の砂漠地帯の特徴はなんといっても太陽の光を遮るものが何もなく、水分の少ないため昼夜の寒暖差が激しい砂の海。
四方八方、緩やかな傾斜の砂丘が延々と広がっていて、見渡す限り砂しかない。
昼は日陰のない中を容赦なく照りつける灼熱の世界。乾燥した空気がひりつくようだ。
夜は地表から熱が逃げて極寒の星絶景。
吹き荒れる風は離れた森林地帯や海洋に植物や微生物の生育に欠かせない砂を運ぶ。
その地での生息に適応した独自の生態系が息づいていて、人間が生きるには過酷な環境ではあるが雑多な生命力には溢れている――そんな大地だ。
奴隷商人の一行はやがて転々と並ぶ緑のカクタスに囲まれるようにした道に出会う。
人が造った途切れがちな道を進めば、景色は少しずつ変化を覚えて、砂漠というより荒野に近い様相となっていった。
疎らに木が茂り、岩が荒地の合間合間にごつごつと白い岩肌を覗かせる地域にて、奴隷商人たちは地上の都市残骸めいた瓦礫に近付いた。
そこには、人間たちが住んでいた。
「よう、兄弟。美男子が海から釣れたぞ」
「ははっ、なんだそりゃ? 海洋産なのかい」
「船が沈没したか何かで東南の海岸線に残骸やら人やらが流れ着いててよ。デッカイバケモンもいて、食いモンか見せモンになるかと思って傭兵を雇って狩ろうとしたんだが、そっちは逃げられちまった」
奴隷商人は艶々の黒ひげを扱き、現地の知人に首尾を自慢してサンド・オーリファントと荷車を留めた。
「すぐに出せるか? 今日は商王ドゥバイド様も直々にお越しだぜ。ハレムを充実させたいってよ」
「おう。商王サマもお盛んなことで」
奴隷商人は頷き、荷を降ろす。
「おい。《大人しく歩け》」
魔導具で拘束された奴隷たちは薬で朦朧としているのか、夢うつつを彷徨うような正気の危うい様子でふらふらと奴隷商人の魔力の籠った命令に従い、歩き出す。
その首には主人の命令に従わせるよう強制する奴隷の首輪が填められているので、奴隷たちが暴れ出す必要もない。
「通って良し!」
入り口から地下へと案内された奴隷商人一行は、洞窟状の下り坂をゆるりと降りて【地底都市ダグアウト】に到着した。
遊色宝石を求めて地底を採掘した名残の穴を利用して造られた都市は、ひんやりとして過ごしやすい。
違和感を覚えるとしたら、その都市で見かける人間が男性だけであるという点だろうか。
この国の王位を簒奪したての商王ドゥバイドが国中から女性を追い出してしまったからだ。
「女房や娘は元気にしてるだろうか」
「しっ、ドゥバイド様がいらっしゃるんだぞ」
無風の地底都市の至るところで男たちの嘆きと怯えの気配がわだかまっている。
「まあ、なんだ。難儀なお国やね。おれはカネが儲かりゃなんでも構わんが」
奴隷商人は肩をすくめて奴隷オークションが催されている建物に入り、商品の登録手続きをした。
奴隷オークションの会場内部は仄暗く、人の気配が犇めいている。
壇上に奴隷たちが順に披露されるたび、パァッと光が咲いてその姿が映し出される。
「たった今到着! 仕入れたて、新鮮な美男子です!」
拡声の魔導具を使った司会進行役の声が響く。
麗しい奴隷は、透明感のある滑らかな白い肌をしていた。
背丈はそれほど高くなく、肉付きも薄そうだが、青年期の初期特有の清潔さがあり、何より顔立ちが美しい。
ぼんやりとした表情を浮かべる口元は無防備に軽く開かれていて、むしゃぶりつきたくなるほど蠱惑的だ。
頬のラインは少年の名残を思わせる柔らかさで、薄く薔薇色に上気しているのが艶めかしい。
印象的なのはルビーを溶かして紡いだような艶やかな髪だ。
照明を浴びて煌めく髪は会場中の目を奪い、心を魅了した。
「この奴隷はどこぞの貴族なのではないか? 身なりも良いし、とても労働階級には見えないな」
「綺麗な顔をしている。着飾らせて侍らせてみたいものだ」
囁きが音の波となって会場中に溢れ、やがてカンカンと司会進行役が音を鳴らして競売を開始した。
「五百万メルド」
「八百万メルド!」
「一千万だ!」
「一千五百」
「三千」
「……」
延々と競い合う声に彼らの王ドゥバイドは楽し気に杯を傾け、堂々と値を上げた。
「一億」
しん、と静まり返る会場に司会進行役の確認の声が響き渡る。
競る者はいるか、という声に返される声は――なかった。
「ドゥバイド様に敵うわけがない。どうせカネはランプの精に頼んで無限に湧くのだ」
「いや、元々豪商であられたから流石にそんな願いはしていないだろう?」
「わかるものか。些細なことでもなんでもホイホイと願っているときくぞ」
噂話を後に、麗しの商品は簒奪の王――僭王に引き渡された。
◇◇◇
SIDE エーテル
――気付けば売られていた。
――気付けばハレムだった。
そんな現実味の薄い、夢のようなびっくり体験というのは、ある。
僕は今、しみじみと自分のびっくり体験を噛みしめている……。
地上の砂塵都市【マク・デグレア】。
砂漠の国の首都であるこの都市に、僕はいる。
ただ滞在しているわけではない。
ハレムだ。
ここは過去の僕の記憶とそれほど相違ない、ハレムだ。
白銀の豪奢なシャンデリア。
金地に蒼緑やライトブルー、ベージュや薄い緑の幾何学模様、白地に緑や赤の蔦や花模様を凝らした美しい壁。
窓はバサルみたいなオジー型。
床面にはふわふわの絨毯が広がる。絨毯の中央部は華やかな赤を基調としたアラベスク柄で、外側が綺麗な青だ。
天井は中央ほど高いドウム状で鍾乳めいたムカルナス装飾が壮麗だ。
奴隷たちはベラと呼ばれる薄紗の衣を纏い、首には奴隷の首輪を填められている。
僕が臣従の指輪をつくるときに見本にした首輪だ――他人を支配・服従させようとした僕が、今回の人生で自分が悉く支配・服従させられる側となっているのは何故だろう。
僕は情けない気分になった。
花のような蜜のような甘い芳香が充ちていて、僕の脳にトラウマめいて過去の記憶が蘇ってくる。
「ハァイ、可愛いコネコチャン。目が覚めたのね。商王の美男子ハレムへようこそ♡ ここが今日からアナタのハウスよ?」
商王ドゥバイドが独特の喋り方で僕に話しかけてくる。
今生では初対面だ。
ドゥバイドは、筋骨隆々とした中年で赤味の濃い肌色をしている。雄々しくて、黙っていれば男の色気を感じさせる美中年である。
シャープな顔立ちも男らしく、目つきは若干の垂れ目で、余裕や愛嬌、親しみやすさを感じさせたりもする。
以前の人生で彼と関わったことのある僕は、知っている――この男の心は乙女だ。
美男子マニアの乙女だ。
オトメンというやつだ。
あるいはオネエとも呼ばれるらしい。
そして、股間の雄は機能しないのだが、コレクションしたり鑑賞したり愛でたりして楽しむ趣味がある変態だ……。
「なかなか目覚めないから、アタシとっても心配しちゃったわ。ところでもう一人アナタと似た子をセット購入してきたのだけど、アナタたちは兄弟かしらん」
ドゥバイドが骨ばった手をひらひらと謎のたおやかさで躍らせて示す先には、豪奢なラグの上に身を横たえて眠るロザニイルの姿があった。
「……ロ、ロザニイルっ!!」
――よりによって君が、ハレムに!?
じっとしていても甘ったるい香りや嬌声が聞こえてきて、精神安定上、絶対によろしくない環境だというのに――僕は真っ青になって、「どうやったらロザニイルの心を守れるだろうか」と急いで頭を働かせた。
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