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しおりを挟む映画研究部、略して映研、なんて立派な名前がついていても、実際のところはいわゆる飲みサーだった。
活動内容は飲み会がメイン。それに加えて、部でかなりの数のDVDを持っていて、動画配信サイトにない作品でも大抵揃っている、というおまけがついてくるという感じだった。ちなみに、この大学でもっとまじめに『映画研究部』らしい活動がしたければシネマ研究部に入る必要がある。よくややこしいと文句を言われるけれど、向こうの方が部の申請が後だったので仕方がない。
その映画研究部の部長から授業中に一通のメールが来た。今日の放課後部室でたこ焼きパーティーをするから暇だったら来いというものだった。
この部長は思いつきで突然こういう企画をすることが多い。面倒だと思った櫂だったものの、よく開かれる強い酒を持ち込んでの部室飲みを毎回断っているという負い目もあって、結局たこ焼きに参加することにした。
四限が終わって部室に行くと、まだ部長の小林と会計の手嶋しかいなかった。今日参加する部員のほとんどが五限の講義をとっているらしい。
「まあいいや、三人いれば充分だし、今のうちに買い出し行ってこよう」
そう言ったのは小林だった。櫂に三年生に逆らうつもりもなく、そうですね、と答えて大学近くのスーパーについて行く。
「でも、たこ焼きパーティーって、みんなでたこ焼き作って食べるんですよね?」
「じゃなかったら何するんだよ?」
「……たこ焼き買ってきて食べるとか?」
「それじゃ、別にわざわざみんなで集まる意味ないだろー。部室にたこ焼き焼くやつあるんだよ」
「でもたこ焼きって焼くの難しくないですか?」
「あれ、高瀬は小林のバイト先知らねーの? たこ焼き屋なんだけど」
「え、そうなんですか?」
「駅前のデパートの地下に入ってるたこ焼き屋でバイトしてる」
「じゃあ小林先輩はたこ焼き焼くの慣れてるんですね」
「もちろん。今度社員がいないときに来てくれればサービスするぜー」
小林に聞きながら、普通のたこ焼きの材料と、他にもキムチやチーズといった中に入れたら美味しそうなもの、それから漬物やチョコレートといった微妙なものまで買い物カゴに入れ、それからアルコールやソフトドリンクも適当に選んでレジに行く。スーパーから部室に戻った頃にはちょうど五限の授業も終わる時間帯で、少しずつ部員が集まり始めた。
たこ、キムチ、チーズ、沢庵、柴漬け、チョコレート、わさび、からし。バイトしているというだけあって慣れた手つきの小林指導のもと焼かれたたこ焼きの見た目は美味しそうだったけれど、その小林が焼きながらランダムに色々なものを具として入れていったために、どれに何が入っているのか全く解らなくなってしまっていた。それを大人数で騒ぎながら食べるのは確かに盛り上がるし、ふざけてこんなことができるのはこの歳ならではの特権なんだろう。
たこ入りにあたったと表面上嬉しそうに言いながら、櫂は心の中でため息をついた。ここに裕也がいれば楽しかったに違いないのに、どうして裕也は四つも年上なのだろう。せめて一年くらい大学生活が被っていてほしかった。
ビールやチューハイの缶が八割がた空いたころ、小林がDVDを見ようと言い出した。
先週部費で買ったというDVDは少し前に話題になったハリウッド映画だった。美男の代名詞として日本でも人気の高い俳優と、まだ知名度は低いもののモデル出身でスタイルのいい女優の出ている映画。いかにもハリウッドと言った内容のアクションムービーだと、偶然見ていた深夜の映画レビュー番組で言っていたのを覚えている。
映画館で見たからもういいと言う部員もちらほらといたけれど、女性陣全員が主演の俳優のファンだとかでその意見は無視される。映画の開始十分で、櫂はテレビでこの映画が『いかにもハリウッドな内容』だと説明されていたことに納得させられた。アメリカ人ならセクシーだと形容しそうな車に、日本人でもセクシーだと形容するブロンド美女。派手なアクションシーンや全てを破壊しつくすような爆破シーンももちろん忘れていない。
「やっぱ、映画の中じゃ、みんな早いよなあ」
そんなことを誰かがしみじみ言ったのは、出会ってから大して時間の経っていない主人公とヒロインのベッドシーンが入ったときだった。確かに、ハリウッド映画の中では珍しくもないから違和感がなくても、これがもし現実の世界で真面目に恋愛している男女のものだとしたらかなり早いほうだろう。
「アメリカじゃこれぐらい普通なんじゃねーの?」
「それよりも容姿の問題じゃない? こんなに格好いい人にだったら出会ってすぐにでも抱かれたい、って女の子もいっぱいいるんだから」
「それ、俺の容姿が悪いって言いたいわけ?」
「そんなことは言ってないじゃない。そもそもレベルが違い過ぎて比較するのもおこがましい」
ちょっとした言い争いになったところで、それを止めるように、やけに冷静な声で手嶋が言う。
「まあ、美男と美女が揃ったからどうせならベッドシーン見たいっていう消費者のニーズにこたえてるだけなんじゃねーの。恋愛がメインってわけじゃないから出会ってからの時間まで考えてストーリー組み立てたりしないんだろ。主人公の格好良さが引き立つところに入れる」
「そんな身も蓋もない」
「じゃあ具体的に出会ってどれくらい経ってたらセックスしてもいいんだ?」
ベッドシーン、ではなく、セックス、という言い方をして、手嶋は妙に挑発的な笑みを浮かべる。それを見て息を呑むように部室の中が一瞬静かになって、アルコールのせいもあるんだろう、そこから話題は変な方向へと向かっていった。
「一ヶ月くらいじゃねえ?」
「それ、お前がえみちゃんと付き合いだしてから一ヶ月でヤったってだけだろ」
「えー、山本先輩、もうやっちゃったんですか。えみちゃん、あんなおとなしい子なのに」
「じゃあ、亜紀ちゃんは何ヶ月だったらいいと思うんだよ」
「えーっと、三ヶ月くらい?」
「三ヶ月っ?」
山本の彼女だという鈴木恵美子と仲がいい吉川亜紀はどこか夢見る乙女といった雰囲気のある二年生で、ことあるごとにそれをからかわれている。明らかにからかいのネタを自分から作りに行ってしまった先輩を見て、この人大丈夫なんだろうか、と思いながらも櫂は口を挟まずに聞き役に徹することにした。この手の話題には下手に関わりたくない。
「お前な、遠距離とか忙しくて滅多に会えないとかならともかく、同じ大学に通ってて、ほぼ毎日会ってるんだぞ? 三ヶ月はないだろう、三ヶ月は」
「そもそもその三ヶ月はどこから来てるんだ?」
「亜紀ちゃん、そんなに待たせてると彼氏に飽きられるぞ」
意識的に肯定とも否定ともとれないような曖昧な笑みを作りながら、櫂の頭の中は『六ヶ月』という単語でいっぱいだった。
同じ大学に通ってほぼ毎日会っている、というわけではないものの、櫂は週に二回か三回は裕也の部屋に入り浸っている。それでいて、六ヶ月間セックスどころか唇を軽く重ねるだけの軽いキス止まり。
男同士がどうというということはよく解らないけれど、普通なら六ヶ月もこんなに進展がないというのは珍しいんじゃないだろうか。実際、櫂自身も高校時代に付き合った彼女をそんなに待ったりはしなかった。
櫂はともかく、告白してきた裕也の方は櫂のことを恋愛対象として好きなはずだ。普通、好きな相手と付き合っているのに六ヶ月も手を出さずにいるものだろうか。
自分よりも十センチ以上身長の高い裕也を抱くところなんて櫂には想像もできないし、それ以前に男を抱きたいという欲求がない。だから、自分たちの場合セックスするとしたら裕也が櫂を抱くのが妥当だろうと櫂は思っている。正直に言って積極的に裕也に抱かれたいとも思わないけれど、それでも、裕也に甘えられる恋人という立場を維持するためならそれくらいの我慢はできる。
しつこく吉川をからかい続ける先輩たちを相変わらずの笑顔で見ながらも、彼らの言っている内容は櫂の頭の中には半分も入ってこなかった。
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