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第2話 抱えきれぬ想い

慟哭、そして哀悼 Episode:04

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 中身は思ったとおり、ルーフェイアに関することだった。
 だがこの学院内や分校ではなく、誰か学外の人間――おそらくルーフェイアの両親――に宛てたものらしい。

 さすがにこれはまずいと、ロアは記録を閉じかける。
 が、その瞬間目に入った文字に、釘付けになった。

 隣にいる少女の、フルネーム。
 ロアには名乗らなかった、本当の姓。

 ――ルーフェイア=グレイス=シュマー。

 今までどれほど探しても見つからなかった、敵の名。

「なるほどね。キミがシュマーの娘だったんだ」

 ロアが立ちあがった。

「そう言えばこの間、『よく砲声が聞こえるところにいた』って言ってたもんね。
 他にもいろいろ。
 ――ボクもバカだな。なんで気づかなかったんだろう?」

 思い返せば、何度もそれらしいものは、あったのだ。
 言動のあちこちで、少年兵あがりなことを匂わせていた。

 事実、桁外れの戦闘力だった。
 何より、両親が健在ながら前線へと出る子供。
 ふつうならあり得ない話だ。

 それなのに疑わなかったのは……外見と性格とに騙されたからだ。
 小柄で、折れそうに華奢な美少女。
 おとなしく、すぐ泣き出す性格。
 かのシュマーの人間というなら、もっと猛々しいものだと思い込んでいた。

 いずれにせよ、敵は見つけた。
 ロアの瞳に危険な光が宿る。
 何かを感じ取ったのだろう、少女がうろたえながらも身構える。

「あの……?」
「死ねっ!」

 問答無用とばかりに、ロアが手近にあったペーパーナイフを投げつける。
 たかがペーパーナイフとは言え、これは金属製でしかもそれなりの重量だ。
 投げ方によっては十分凶器になる。

 正確に少女の眉間へと向かって、至近距離からナイフが飛ぶ。

 だがルーフェイアのほうも、それで決めさせたりはしなかった。
 放たれた凶器を戸惑った表情をしながらも、一瞬のうちに腕をかざして防ぐ。

 にぶい音がしてナイフが少女の腕に突き立った。
 細いとはいえ鍛えられた筋肉と骨とは、その程度では砕けない。
 が、それでも一瞬の隙が生まれる。

 逃さずロアは間合いを詰めた。
 同時に強烈な蹴りを繰り出す。
 それをルーフェイアは、ふわりと身体を入れ替えただけで避けてみせた。

(――さすがに、シュマーの人間なだけあるかな)

 生半可な攻撃では仕留められそうにない。

「先輩?」

 可愛らしい顔に困惑を浮かべながら、少女が問う。
 まさか彼女も、いきなり攻撃されるとは思っていなかったようだ。

「可愛い顔して、とんだ魔物だよね!
 キミたちのおかげで、ボクの家族は全員死んだんだ!!」
「え……」

 ルーフェイアの動きが止まった。
 すかさずロアが跳びかかる。
 そのまま組み敷いて、細い首に手をかけた。

 悲しげな表情。
 だが構わず、ロアは少女の首を締め上げる。
 妹と同い年の少女。
 妹の仇。

「これでひとつ、貸しを返してもらう!」

 ロアは叫んだ。
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