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第5話 表と裏

遭遇 Episode:06

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 ◇Tasha side

「さて、どうしましょうかね?」

 ふと独り言がこぼれた。
 まだ消灯時間には早いが、今日は珍しく時間が空いている。

 この春、上級傭兵に最年少で昇級したタシュアは、何かと忙しかった。
 こき使おうということなのか、些細な魔獣退治などを命じられることが多い。

(別になりたくてなったわけでも、ないのですがね)

 なにしろタシュアの性格だ。
 学院の課題など必要ないと思えば平然と無視するし、教官にも言い返すので減点もされている。

 そもそもこの学院に腰を落ち着けているのも、ここに居れば暮らすに困らないというだけの理由だ。
 追い出されてもかまわないと思っているから、御しようがない。
 しかもそれでもなお学年トップクラスなのだから、タチが悪いとしか言いようがなかった。
 
 教官たちもそうとうモメたようだが、能力だけは文句なしに優秀なタシュアを使わない手はない。
 けっきょく協議のすえ仰々しい任命書が手渡され、単独で出来る仕事をする、ということになった。

 ――もっとも他の生徒なら数人がかりのことでも、彼の場合ほとんど独りで出来てしまうのだが。

 ともかくそのせいか、タシュアから見れば雑用のようなことが回されることが多かった。

 それでも大人しく――あくまでも彼の基準だが――引き受けているのは、この立場なら給料が出ることと、個室に入れることが大きい。

 タシュアがいまいちばん興味を惹かれているのは、魔視鏡とその向こうに広がる世界だ。
 煩わしい人間関係などお構いなしに、自分の技量ひとつで可能性が広がっていくこの世界は、純粋に面白かった。

 だがそれをするにしても、同居人がいては制限が大きい。
 これといって苦労せず暮らせ、好きなものを買える程度のお金も手に入り、あとは個室で好きにしていられる。

 この辺が、タシュアが昇格と派遣任務とを受け入れた理由だった。

 二台ある魔視鏡を起動させる。
 片方は、三年ほど前に卒業した先輩から譲り受けたもの。
 ただ年数が経っているためにいまいち能力が低く、いろいろと無茶な改造をしてはみたものの、満足のいく性能にはなっていない。

 残る一台は先日わざわざ部品を購入し、魔令譜も物によっては改造や自作をして、自分で組み上げたものだ。
 さすがに先輩のお古ではやれることが限られてしまうため、貯金と初めての給料とをつぎ込んで、納得の行く性能のものを作り上げた。

 いまはこの二台を、学院内用と学院外用として使い分け、やりたいことをやっている。

「ふむ……」

 いつものように何気なく、学内の通信網全体の状態を調べてみる。
 と、その結果に対してタシュアは、変わったものを見つけた。

(企業に……交信要求?)

 別にそれ自体がおかしいのではない。そこにたどり着くまでに使われている方法が、通常使われていないものなのだ。
 もう少し正確に言えば、使われはするものの知っている者しかできない特殊な方法――つまり不正交信だった。
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