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第6話 立ち上がる意思

海原 Episode:09

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◇Rufeir

 ざっと水面を割って、あたし頭を出した。

「――だいぶ、上手くなったな」
「いいえ、先輩のおかげです」

 シルファ先輩、教えかたがとても上手だ。
 おかげで最初はやっと進む程度だったのに、この短時間でどうにか、途中で息を継げるようになっている。

「わたしは……アドバイスしただけだ」
「でも、先輩に、教えてもらったから……」
「……そうか」

 先輩って、すごく物静かで、ミルとは対照的だ。
 それにとっても優しい。

「早く先輩なんかといっしょに、泳げるようになるといいんですけど」
「あまり、ムリはしないほうがいい」
「――はい」

 ロア先輩も頼り甲斐があるけれど、シルファ先輩はまた別の意味で、いっしょにいると落ちつく。

「そういえば……ナティエスとミル……?」
「――ああ、あの二人なら、岩場の方へ泳ぎに行った」
「あ、そうなんですか」

 確かにあの二人、意外にも泳ぎが上手だ。
 きっとあたしとじゃつまらなくなって、向こうへ行ってしまったんだろう。

「いったん上がるか?」
「はい」

 先輩があたしの体調を心配して、そう言ってくれたのが分かる。

 ――ふつうのお姉さんって、こんな感じなんだろうか?

 あたしは一人っ子――ラヴェル兄さんは実際には従兄弟――だから、そういうのはよく知らない。
 けど多分、間違ってない だろう。

 いちおう「姉さん」と呼んでる従姉もいるけど、あれは何と言うか……大好きだけど、こういうのとは違うし。

「……あれ?」

 二人で海からあがってくると、タシュア先輩の姿がなかった。

「手荷物はここだし……武器でも、見に行ったか? ちょっと見てくる」
「あ、はい」

 シルファ先輩を見送って、なんとなく浜辺へ座りこんだ。

 碧玉よりまだ濃い、海の碧。
 それでいて、陸に近いあたりは透き通った水色と碧翠だ。
 そして真っ直ぐな、空の青。
 そこへあいかわらず、銀に見えるほど白い雲がわきあがっていた。

 ――まぶしい。

 圧倒されるほどに眩しかった。
 あたしがこの間までいた世界とは、あまりにも正反対だ。

 あの頃はこんな世界があるなんて、思ってもみなかった。
 同時に、とても不思議な気分になる。

 ――このあたしが、こんなところにいるなんて。

 もし一年前のあの日、あの町でイマドと出会わなかったら……。

 出会わなかったら、今ごろもう、死んでいたのかもしれない。

 あまり使いたくない言葉だけど、あれが運命の交差点だったんだろうか?
 あの時を境に、あたしの時間の行き先が変わったような気がする。

 きっとムリだと思っていた、夢の方向へ……。

 そんなことをぼんやりと考えながら待っていたけど、先輩はなかなか戻ってこなかった。
 気にになって、立ちあがってあたりを見回してみる。

 ――あ。

 ちょっと遠いけど、学院がまとめていろいろ預かってる辺りに、先輩たちの姿を見つける。
 けど。

 先輩たちが手にしてるの……武器。
 瞬間、あたしの身体にも独特の感覚がが走る。
 この感覚。戦場でいつも感じていたヤツだ。

 ――でも、どこから?

 気配を探って、すぐに分かった。岩場のほうだ。
 そして思い出す。あそこには確か、ナティエスとミルが……。
 とっさにあたし、走り出した。
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