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第6話 立ち上がる意思

意思 Episode:01

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◇Rufeir

「そういえばルーフェイア……いつから泳げるように?」

 先輩の何気ない言葉が、胸に突き刺さった。

 さっきのことを思い出す。
 自分が自分でなくなる感覚。
 人ならできないはずのことを、簡単にやってしまう恐怖。

 涙がこみあげてくる。訊かれたくない。思い出したくない。

「え、あ、その……すまない、何か悪いことを言ったか?」

 声が詰まって、先輩の質問に答えられない。
 いつものことだけれど、恐ろしくて仕方がなかった。

 ――自分が、自分でなくなるなんて。

「どうしたんだ?」

 答えようとしたけど、やっぱり涙ばっかりで、声にならない。
 ほんとうにこのままであたし、大丈夫なんだろうか?

 「あの」力がいつか、あたしを乗っ取ってしまうような気がして、とても怖かった。

 次々と涙があふれてくる。
 こんな力いらない。
 あたし普通が良かったのに……。


 いちばん最初は、三つの時だった。
 あの頃あたしはまだ戦場にはいなくて、どこかの町に住んでいた。

 父さんはいなかったから、たぶんどこかへ傭兵として出てたんだろう。
 母さんとあたし、それに住みこみのお手伝いさんの、三人だったはずだ。

 あの日、母さんはどこかへ出かけて、家にはあたしとお手伝いさんの二人だったのを覚えてる。

 ベッドの中でうとうとと昼寝をしていて、あたしは目を覚ました。悲鳴が聞こえたのだ。
 でも寝ぼけていたせいなんだろう、たいして怖いとも思わずに階段を降りて、居間をのぞいた。

 そしてあたしが見たのは、血溜まりと、背に短剣を突き立てたまま倒れたお手伝いさんと、知らない男たち。

 何が起こったのか分からず立ち尽くすあたしを、振り向いた男たちの視線が捕らえる。
 何かの罵り声と、振り上げられる短剣。

 当然どうしたらいいかわからなくなって――けど身体が動いた。
 あたしの中の「何か」は、あまりにも冷静に身体を動かし……さっきみたいにあたしの身体は、片手を上げた。

 そこからの光景は、目に焼き付いてる。

 手から吹き上がる、「黒い炎」。
 それがうねりながら虚空を走って、男は炎が触れた場所から塵になって消えて行った。
 もう一人の男がそれを見て、腰を抜かしながらあたしに叫んだ。

 ――化け物、と。

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