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第6話 立ち上がる意思

意思 Episode:02

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 母さんがちょうどそこへ帰ってきて、即座に残る男たちを叩き伏せて、それからあたしのやったことに気づいた。
 呆然とした表情で、あたしと室内とを見ていたのを覚えてる。

 ただ記憶はそこまでで、あとははっきりしない。
 ひたすら母さんの腕の中で泣いて、慰めてもらっていたはずだ。

 でもあの言葉、「化け物」というそれを、あたしは今も否定できなかった。
 あの時あたしがやったことは、間違いなく人の枠から外れていたのだから。

 ともかくこの一件で、あたしが「シュマーのグレイス」だと分かって、その後は戦場で暮らすことになった。

 理由は簡単だ。
 とっさの行動で人を殺しかねないこの幼児は、そういう場所に置いておくに限る。

 戦場なら普通の社会と違って、何人殺したって問題ない。
 むしろそうして磨き上げた方が、シュマーの次期総領 としてはふさわしい。
 そんなところだろう。

 母さんや兄さんは理由を「それとは違う」と言ってたけど、でもきちんと説明してはくれなかった。

 もしかすると単純に、シュマーのグレイスだから、なのかもしれない。

 古くから続くうちには、様々な言い伝えがある。
 中には総領の座を継いでからしか、知ることのできないものもあるらしい。

 その中に「シュマーのグレイスならそうすべき」っていう言い伝えがあって、それに従っただけなのかもしれない。

 ――なぜか、という理由は伝えられていないまま。

 考えてみれば当のあたしが何も知らされてないのだ。すべて神話の霧の向こう側という可能性もある。

 どちらにしても、ふつうの世界に居場所がないことだけは、自分でもわかった。
 何かあるたびに、屍の山を築きかねないのだから……。

 さすがに最初は、後方にいた。

 今思うとよく居られたと思うけど、不思議と行軍に遅れたことはない。

 荷物は持てないもののなぜか大人についていけて、それどころか道々の危険をことごとく発見できるせいで、よく褒められた。

 野営地にいても、見張りより早く敵――隠れてる偵察者まで――に気づくせいで、とても喜ばれた。
 そうしてるうち、当たり前に作戦行動なるものを覚え、武器を手にし、いつしか前線に出るようになった。

 そうやって、どれほどこの手を血に染めただろう?
 終わらない、悪夢。

「……こんな力、いらない……」

 虚しい呟きが、あたしの口から漏れた。
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