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第8話 言葉ではなく

団欒 Episode:04

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「そうだ、おじさん教えてくれよ」
「へ? 俺? ダメっ、俺はダメ! 勉強は苦手だ!」

 ゼロールさんはそう言いながら、台所へ逃げて行ってしまった。

「ちぇっ、頼りないおっさんだな。しゃぁねぇ、適当に書いとくか」

 舌打ちしながらこの人が、ペンを握りなおす。
 けどこれじゃ、ぜんぜん違う答え……。

 差し出がましいとは思ったけれど、横から話しかける。

「あの……この年代はこの事件があったから、これに繋がる話を選べば……」

「え? あ、そうか。
 けど待てよ、お前、俺より年下だよな?」

「あ、はい。たぶん……」

 多分というか、間違いなくあたしのほうが年下だろう。

「それでもう、こんなの分かるのか」
「いえ、行ってる学校がペース早くて……だから……」

 まさか家が傭兵集団だから歴史に詳しいとは言えなくて、そう言い訳する。
 ただこの言い訳も嘘じゃなかった。

 学院は英才教育で知られている。
 当然学科の進度も早くて、あたしたちの学年でも一般校に比べて二年は進んでいた。

「ふぅん。凄いとこもあるんだな。
 そしたらこっちは分かるか?」

「すみません、数学はちょっと……」

 数学は授業についていくだけで精一杯で、その先まではとても分からない。

「そっか、お前も苦手なんだ。んじゃ頑張って解くしかねぇな。
 ――ってお前、名前は?」

「え、あ! すみません、家へ上がらせていただいてるのに、名乗ってもいなくて」

 成り行き任せの済し崩しで、自己紹介さえしていないのを思い出す。

「えっと……ルーフェイア=グレイスです。それといま……向こうで料理してるのが、イマドです」

「へぇ、ルーフェイアか。なんかいい名前じゃん。
 俺はベック。それからカーツにエバンにショーンにドレアにマリ、あとあっちの赤ん坊がアニタで、向こうの姉貴が……」

 一瞬で混乱する。

「ごめんなさい、もう一回……」

 そうは言ったけれど、もう一回訊いても覚えられる自信はなかった。

「あ、わりぃわりぃ。覚えられるわきゃねぇよな。
 とりあえず俺がベックな」

「あたしショーン!
 おねえちゃん、こっちも教えて!」

 綺麗な亜麻色の髪をした女の子が、勢い良く声を上げる。

「算数? ちょっと自信ないけど……」

 けど幸い問題を見てみると、教えて上げられそうだった。

「これは、ここをこうすれば……」
「そっかぁ。おねぇちゃんすごい~」
「そんなこと、ないわ。習ったところだもの」

 そうしているうちに、次々と声がかかる。
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