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第9話 至高の日常

動揺 Episode:06

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 確かに中と連絡は取りたい。イマドがどうしているか知りたい。

 ――でも。

 彼はこのことを、なるべく知られないようにしていた。
 なのに、あたしが外から強引に使ったりしたら……。

「イマド、嫌がるかも……しれない」

 嫌われるのが怖かった。
 けどそんなあたしへ、ドワルディが言葉をかける。

「お気持ちは分かりますが――グレイス様、中ではたくさんの民間人や子供が人質になっております。ここは彼らの生命を守るのが最優先かと。
 それに――」

 そこで彼は、一度言葉を切った。

「出来ることをしなかったがために誰かが犠牲になるというのは、ことのほか、後味の悪いものです。
 お友だちもそれは、望まないのではないでしょうか」

「………」

 確かに一理ある。
 あたしが連絡手段を持っていながら使わなくて、それで小さい子たちに何かあったら……イマドは嫌な思いをするだろう。

「――わかった」

 嫌われても、あの子たちが死ぬよりいい。

「専任の人、呼んで……もらえる?」
「かしこまりました」

 ドワルディが一礼する。

「ですがセーフハウスからここまで少々距離がありますので、10分程はご容赦ください」
「あ、うん、大丈夫よ」

 距離から考えたら、むしろ短いくらいだ。

 それにしても、状況はよくなかった。場所は建物の7階、人質は大多数が病院の入院患者さん。
 これじゃたぶん、閃光弾も催涙弾も使えないだろう。

 ――何か、いい方法は?

 あれこれと考え込む。
 そしてどのくらい経ったんだろう、声がかかった。

「グレイス様、遅くなりまして申し訳ございません。私めを、お呼びとのことでしたが……」

 初めて見る女性だった。

 年はたぶん、あたしより幾つか上なくらいだろう。
 ただシュマーの血を引く人間は早く大人になる傾向があるから、この人ももう少し年上に見える。

 長く波打つ髪は綺麗な黒、肌も浅黒くて、南方の出身らしかった。

「えっと……」

 名前も分からなくて、困ってドワルディの方を見る。
 彼がうなずいて、話を引き取ってくれた。

「先ほど話した専任のひとり、ケイカです」

 ケイカと呼ばれた女性が丁寧にあたしに頭を下げて、なんだかいたたまれなくなる。

「あの、そんなに……しないで」
「え?」

 あたしを見下ろす彼女の顔に、驚きが浮かんだ。
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