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第10話 空(うつほ)なる真実

アヴァンにて Episode:02

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「――部屋が、ないのか?」
「大変申し訳ございません」

 冗談ではなかった。
 こっちはきちんと予約も取っているし、そもそも泊まるところがなくては困る。

 こんな時、タシュアなら……。

 そこまで考えて、やめた。
 思い出すと腹がたってくる。

「部屋を振り替えて、いただけないんですか?」

 意外にも、隣にいたルーフェイアが的確な反応を返した。

「ぜんぶ埋まってるってことは、ないと思うんですけど……」
「お待ちいただければ、他のホテルを手配致しますが」

 どうあっても、ここには泊まれないようだった。

 かといってこれから探すのではいつになるか分からないし、そもそもこのシーズンで、きちんとしたホテルに空きがあるかどうか。
 私ひとりならまだそれでもいいが、ルーフェイアまで巻き込むわけには行かない。

 どうしたものかと悩んでいると、隣でこの子が、不意に毅然とした表情になった。

「――分かりました」

 言ってなぜか、自分のウェストポーチをあさり始める。

「こっちは、空いてますよね? それもダメなら……他へ、回りますけど」

 よく分からないことを言いながら彼女が差し出したのは、1枚のカードだった。

 何で出来ているのか完全な透明で、内部に小さな記録石と、1本の金のラインとがある。
 だが、文字などは一切なかった。

「これが何か?」
「ご存知、ないですか?」

 が、偶然奥から出てきた別のフロント係が、そのカードを見て血相を変えた。
 手に持っていた書類を、放り出す勢いで駆け寄ってくる。

「君、このカードを知らんのか!」

 応対していた男性を叱って下がらせた後、彼は私たち――正確にはルーフェイア――の方へと向き直った。

「大変失礼いたしました」
「えっと、チェック、お願いします」

 カードを受け取ったホテルマンが、再度青くなる。

「ぐ、グレイス様?!」

 あり得ない存在に遭遇したような、そんな慌てぶり。

 ふと、思い出す。

 確かタシュアは、ルーフェイアのことを「代々続く家の跡取り娘」と、言ってなかっただろうか?
 あの時はそんなものかと聞き流したが、その家というのは、相当のもののようだ。
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