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第10話 空(うつほ)なる真実

プラジュにて Episode:03

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「……先輩?」
「――え? あ、すまない、何か言ったか?」

 あたしが何も言ってないのにこう答えるほど、上の空だ。

「えっと、何もまだ……あの、でも、次はどこ……行くんですか?」

 ずっと気になっていたことをやっと訊く。

「次? あぁ、そうだな……本当はもう、明日帰らなきゃいけないんだが」

 ちょっとおかしな言い方だ。帰りたくないようにも聞こえる。

 あたしは少し考えた。

 休みは、まだある。最悪でも前日に帰れば、どうにかなるはずだ。
 もしかしたらもう少し、先輩と居られるかもしれない。そう思って訊いてみる。

「あの、先輩、そしたら……うちの別邸に、来ませんか?」
「別邸?」

 不思議そうな先輩に、あたしは説明した。

「ここからすぐの島が、買い上げてあって……別邸が、あるんです。
 他の人もいますけど、泊まるだけならタダですし……」

 先輩ともう少し旅行がしたくて、いろいろ付け加えてみる。

「だが、悪いだろう?」
「いえ、ぜんぜん!」

 思わず言葉が強くなった。

「その、別邸って言っても、たくさん建物があって……けっこう誰でも、泊まれるんです。
 家族で来て、長期で泊まるうちも、ありますし」

 要するにシュマーの持ち物なのだけど、さすがにそれは言えないから、ちょっと説明がちぐはぐだ。

「……? 会社の、保養施設か何かなのか?」
「あ、はい、そういうのです!」

 このくらいの勘違いなら、たぶんへいきだろう。

 考え込む先輩を、祈るような気持ちで見る。
 ここで帰るのは仕方ないけど……できればもうすこし、泊まっていたい。

「そうだな……もう少し、足を伸ばしてもいいな。ここから近いんだろう?」
「はい! えっと、この町から見えます」

 自分の声が、弾むのが分かった。

「見えるって……そんなに近いのか」

 なんだか先輩が呆れたふうだけど、気にならない。
 もう少しいっしょに旅行(?)なんて、夢みたいだ。

「あの、そしたらあたし、連絡してきます!」

 つい勢いよく立ち上がって、椅子が倒れる。
 先輩が笑った。

「いくらなんでも、急ぎすぎだろう。せめてケーキを、食べてからにしたらどうだ?」
「あ……けど、早めに……」

 どっちを先にしたらいいのか、分からなくなる。
 先輩がまた笑った。

「すぐ、連絡できるのか?」
「あ、はい、この先の……えっと、系列の店で」

 ほんとは違うけど、まさか先輩をシュマーの隠れ家に連れて行くわけにはいかない。

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