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第10話 空(うつほ)なる真実

再び学院にて Episode:09

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「仕方ないわよ、サインが要るんだもの」

 やはりカレアナは、何か契約をしに来たらしい。
 そうでなければ、直筆のサインなど要らないだろう。
(まぁ、通常の派遣契約ではないでしょうね)

 一定期間の契約はよく行われるが、来ているのはシュマーの人間だ。
 そんなものが必要なわけがない。

 シエラの傭兵隊で出来るようなことは、すべて自前で賄えるはずだ。

(だとすると……あれですか)

 ひとつ、思い当たる。

 どういう気まぐれかカレアナは、財力にモノを言わせてタシュアが卒業するまでの期間を、「丸ごと買い取る」契約を学院と交わしている。

 教官の嫌味らしきものから察するに、生徒を指定しての、しかも卒業まで丸ごとというのは前代未聞だったらしい。
 だが金額で折り合いがつき支払いも済んだため、タシュアの意思とは関係なく成立してしまった。

 本音を言うと、即座に破棄したいところだ。

 しかし学院の傭兵隊に入った以上、派遣に関しては従うしかない。
 拒否するには年齢によるが、傭兵隊を辞めるか学院を辞めるかだった。

 そしてその手段は、まだタシュアは使いたくなかった。
 ここに居て傭兵隊の仕事をしていれば、衣食住が保障されるうえ、給料等も手に入るのだ。

 そんな理由で甘んじて受けているわけだが……カレアナがここへ来たということは、似たような契約をまたしようとしているのだろう。

(狙いはシルファでしょうね)

 最初ルーフェイアかとも思ったが、彼女の場合母親のカレアナから、学院へ莫大な寄付がされている。
 ならばそんな契約自体、あの子には必要ないだろう。

 イマドの可能性も考えたが、彼はまだ傭兵隊に入る年齢ではない。
 それを今から買い取るというのは、さすがに考え難がった。

 となれば自分が買い取られている点から見ても、シルファが濃厚だろう。

 今現在、カレアナの手の内にシルファがあることも、その推測を補強する。
 タシュアの考えを知ってか知らずか、カレアナが妖艶に微笑んだ。

「ともかく来てもらうわね。ちゃんと契約に則った形で、あなたの身柄は借りたから」

 やはりそう来るか、と思う。

 最初からこのシュマーの総領は、自分を連れて行く気だったのだ。
 先ほどのやり取りは、気まぐれから出た茶番だろう。この女性はそういう性格だ。

「午後一番の連絡船で出るわ。期間はそうね……最低数日は見ておいて」

 カレアナが雇い主として、タシュアに言った。
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