上 下
5 / 52

第5話 悲しき性(さが)

しおりを挟む
「えっと、ですから……さっきも言いましたけど、違う世界へ行く実験をしてたんです」
「違う世界ねぇ」

 おばさんがひとりごちた。

「でもまぁ確かに、全然違うところへは来ちゃってるわね」
「やっぱりそうなんですか?!」

 思わず声が高くなった。

「もしそうなら、最初の意図とは違っちゃいますけど、実験が成功したってことです!」
「――顔近い」
「え? あ!」

 つい立ち上がっておばさんに迫ってたことに、言われて初めて気づく。

「そんなに迫って、キスでもするつもり?」
「き?! しししししし、しませんっ!」

 なんてことを言うんだこのおばさん。というか、僕にだって選ぶ権利くらいある。どうせだったら……。

「んー、どしたの? もしかしてカノジョのことでも考えてるのかなぁ?」
「ちちち違います!」

 ほんとに「おばさん」って種族は、油断も隙もない。
 当のおばさんは面白そうにけらけら笑ったあと、ちょっと真面目な顔になった。

「で、ここどこ?」
「どこって言われても……いちおう、ユラ、って名前の村ですけど」
「聞いたことないわね」

 あっさりとおばさんが一蹴する。
 けど僕に言わせれば、異世界から来た人が知ってる方がおかしい。

「まぁ姿格好見た時点で、ニオンじゃないのは確かね。やっぱりパラレルワールト?」
「ですからそのパラなんとかって何ですか?」

 どうにも会話が噛み合わない。
 そこへぶつぶつ言いながら師匠が来た。これ幸いと話を振る。

「師匠、このおば……いや、この人に説明してください。未熟な僕じゃ手に余ります」

 途中で「おばさん」って言いそうになって慌てて言い直して、ついでに自分を下げて師匠を上げて。

 ――なんで僕、この年でこんな苦労してるんだろう?

 だんだん情けなくなってくる。けどここで修行を諦めたら、今まで我慢してきた意味がない。父さんだっていつもそう言って、どんなことでも我慢してた。
 けど師匠は答えなかった。顎に手を当てながら、まだぶつぶつ言ってる。

「あの、ししょ――」
「ちょっとそこのじーさんっ!」

 僕の声にかぶさるようにして、地下室にカン高い怒声が響き渡った。これにはさすがの師匠も度肝を抜かれたみたいで、びくっと震えて辺りを見回す。

「な、な、なんじゃ?!」
「なんじゃじゃないわよこの立ち枯れオヤジ! 人をこんなとこへ連れてきて、とっとと説明しなさいってば!」

 師匠もしかして、こんなこと言われたの初めてなんだろか? 目を白黒させて口をぱくぱくさせて、酸欠の魚みたいだ。同時に「おばさん」って種族をちょっと見直す。師匠にこんな顔させるなんて、並大抵じゃない。
しおりを挟む

処理中です...