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第7話 幻のヨジハン

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「あたしね、明日ヨジハン起きなの! 今から帰って急いで夕食作って食べさせて、少しでも早く寝ないと辛いんだから!」

 ヨジハンっていうのがなんだか分からないけど、重大な事なんだろう。で、そのせいで帰るのを急いでるみたいだ。
 一方の師匠は、相変わらずのんびりしてた。

「あんたねぇ!」
「まぁまぁ。いつこちらを発っても、戻る時間は同じじゃよ」

 今度はおばさんが目を丸くする。

「どういうこと?」
「どういう、と言われても。なんというかの、あんたが来た同じ場所には、ほぼ同じ時間にしか繋がらんのじゃ」

 初耳だ。というか師匠、そういう重大なことは、やる前に教えてください。
 師匠の言葉が続く。

「この異世界に繋ぐ陣はの、最初はどこへ繋がるか分からんが、繋がってしまえば座標を取れる」

 それは確か僕も前に聞いた。
 なんでも「世界座標」とかいうものがあって、それが分かるとどの世界のどの位置のどの時間かっていうのが特定できるって言う。

 それを師匠、さっきとっさに取ったんだろう。
 というかきっとその作業中だと思ったから、僕もおばさんが師匠に話しかけるのを止めたんだし。

 おばさんの方は思案顔だ。小首をかしげてるのが妙に可愛くて癪に障る。

「つまり……座標が分かってるから大丈夫ってこと? でもじゃぁなんで、時間が過ぎないの?」

 おばさん、案外鋭いかもしれない。
 喜んだのは師匠だ。何しろ師匠、こういう鋭い質問が大好きだったりする。

「時間はな、繋ぎっぱなしだと過ぎるんじゃ」
「あぁじゃぁ、今は繋がってないんだ」

 おばさん、なんでそんなあっさり理解するんですか。僕でさえ理解するのに一週間はかかったのに。
 師匠の方は満足げにうんうん頷いてる。

「さっき座標だけ取って一旦切ったからの、今度やった時に繋がるのは、そうじゃの……あんたが来た一瞬か二瞬か、ともかくそのくらいしか過ぎていないところじゃよ」
「そういうことね。驚かさないでよ」

 誰も驚かしてなんてない……って言いたかったけど、言ったらヒドい目に遭いそうだから、言わずに言葉を飲み込んだ。
 話の方は、僕に関係なく続いてく。

「で、今すぐ大慌てじゃなくていいとして、いつ帰れるわけ?」
「んー、50日くらい後かの」
「何でそんなにかかるのよ」

 間髪入れずのおばさんの抗議。でもこの状況に慣れてきたらしい師匠――なんか悔しい――は飄々と答えた。
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