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第24話 行きつく先は

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「あの、何でしょうか?」

 ドアの向こうにいたのは、僕より十くらい年上に見える、きちんとした男性だ。
 きっとここの、お客を案内する係なんだろう。

 本当なら僕たちなんて、ここの皿洗いと同じ扱いされても文句が言えない。
 なのにこんなちゃんとした人が案内に来るなんて、やっぱり持つべきものは偉大な師だ。

 その案内人が言う。

「料理長が、手が空いたので会いたいと。来られますか?」
「はいはーい」

 僕が何か言うより早く、おばさんが答えた。
 礼儀も何もあったもんじゃない。相手の人だって面食らってる。

 こんな無礼働いて追い出されたらどうするんだ、僕がそう思って謝ろうとしたとき。

「案内してくださるかしら?」

 僕の脇を悠然と歩いて前へでたおばさんが、総毛立つような声で言った。

 けっして脅すような声じゃない。
 むしろ柔らかくて、心地いい部類の声だ。

 なのに怖い。鳥肌が立つほど怖い。
 僕に背を向けてるから分からないけど、きっとにっこり微笑んでて、でもそれがとっても恐ろしい笑顔になってると思う。

 案内の人もよほど怖かったのか、そのまま動けなくなってる。そこへさらにおばさんが一言。

「あら、こんな年寄りのおばさん相手じゃ、お嫌だった? ごめんなさいね」
「い、いえ、こちらでございます!」

 怖い。怖すぎる。
 僕が案内人の立場なら、きっと逃げ出してる。

 案内人の人も度肝を抜かれたみたいで、まるで従者みたいにおばさんの案内してる。

 そして当のおばさんは、平然とした感じだ。まるでどっかの貴族みたいに、お城の中を堂々と歩いてる。
 もしかしたらこの人、向こうの世界じゃホントに貴族かもしれない。

 ――あ、でも、最初に来たとき、食材抱えてたっけ。

 食材抱えて走り回る貴族なんていないだろうから、そうすると違うんだろか?
 それとも、料理が趣味の貴族の奥様なんだろか?

 ともかく僕が案内するんじゃなくて良かった。そう思いながら、あとを付いていく。

 長い廊下を歩いて、くぐり戸をくぐって階段を降りて。大きな屋敷やお城はたいていそうだけど、ここの厨房も火事予防で、離れにあるみたいだ。

 そうやってたどり着いた先は、大きなかまどが四つもある、立派な厨房だった。

「お連れしましたから、あとはお願いします」

 案内人の声に、白いエプロンをした恰幅のいい人が振り返る。

「あんたかい、ジモンの言ってた、ふわふわのパンの焼き方知ってる人って言うのは。あたしゃウッラ・ペーデル、ここを預かってる者さ」

「初めまして、イサよ」

 イサさんはにこやかに手を差し出したけど、僕は声が出なかった。
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