上 下
43 / 52

第43話 それは魔の誘い

しおりを挟む
「実私、もし父上に国のことをお話いただいても、ほとんど答えられないのです……」

 イサさんが、きょとんとした顔になった。

 なんて顔するんだ。姫さまが困ってらっしゃるのに、まず慰めようと思わないのか。 
 でも諦める。きっとおばさんっていうのは、そういう種族なんだ。

 イサさんが疑問満載って声で答える。

「なんで? そういう政治の話がいちばん集まるのがお城で、あなたお城の姫さまでしょ?」
「たしかにそうなのですけど……」

 少しだけ言い淀んでから、姫さまが続けた。

「先日、私の立場ではあまり政《まつりごと》に口を出せないとお話したのは、覚えてらっしゃいます?」
「うん」

 さすがにこれはイサさん、覚えてたらしい。
 というかもし、姫さまの言ったことを忘れてたら、文句のひとつ……せめて半分くらいは言うところだ。

「ですから私、そういうことをあまり学んでませんの」
「それとこれとは別でしょ」

 間髪入れず、イサさんが返す。
 言われた姫さまのほうは、驚いた顔だ。

「別、なのですか?」

「別に決まってるじゃない。知ってても口を出さないことはできるし、知らなくたって口出すヤツは出すわよ?
 要は立ち回りの問題。で、知らないより知ってるほうがいいに決まってるでしょ」

「言われてみればそうですわね」

 姫さまが納得する。

 姫さまいけません。こういう人の言うことを鵜呑みにすると、ロクな目に遭わないです。
 だって僕という、実例がいるんです。

 でも僕の思いは、姫さまには届かなかった。

「では、これからそういうことを学ぶことに致します。
 けれど、いまはどうしましょう? 答えられないことは変わりありませんわ」

「そんなの、一緒に考えますとか、私も考えるから時間をくださいとか、言っときゃいいのよ。
 で、その間に信頼できる知ってそうな人に訊くか、書物で調べるの」

 ぱっと姫さまの顔が輝いた。

「それなら、無学な私でもできますわ!」
「そそ。誰にでもできるわよ。簡単かんたん」

 すごく嬉しそうな姫さまと、楽しそうなイサさん。いい光景だと思う。
 思うけど――何かコワいものを感じるのはなんでだろう?

 というか姫さま、本気ですか?
 ホントにイサさんの言う通りのこと、するんですか?
 そんなことしたら、この先いったいどうなるか……。

 でもとてもそんなことは口に出せなくて、お礼を言う姫さまに見送られながら、僕らは部屋を後にした。
しおりを挟む

処理中です...