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第一章
第1話 無敵のイエスマン1
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これは、全くもって、面白味のない僕の物語だ。
そう。
何せ、僕はこの教室で無敵なのだから。
ただ、ここで言う無敵とは、本来の意味である、非常に強いため敵対するものがいないこと、とは少し異なる。そう、少し違うんだ。
単純に、僕を敵視してくる存在がこの教室にいない。敵がいない、つまり敵無し。ゆえに、無敵。非常に強いから敵対するものがいないというわけではない。
ただ、僕はこの教室で敵を作らないように、僕が言うところの無敵であるために、完璧な人間関係を築き上げていた。
誰よりもうまく人間関係を築き上げている僕に、ぼっち男子が成り上がっていくとか、モテない男子が一念発起して好きな女子のために努力して告白して成功するとか。
そんな世に好まれそうな逆転の物語は、決して必要ない。
とはいって、もちろん、俺つえええで無双してハーレムを作る物語でもない。
それとは一線を画する、僕の面白味のない物語、いや、人生だ。
「おーい、赤崎。数学の宿題見せてくれよー」
朝のホームルームの後、高橋君が、いつも通り、僕の机へとやってくる。
高校一年生のときでもクラスが一緒だった高橋君は、野球部で、高校二年生になったばかりなのにレギュラー入りして、部のエースとして活躍していた。そんな彼は大の勉強嫌いで、そもそも高校受験もスポーツ推薦で合格したのだから、それも仕方がない話だ。
体格はさすが体育会系でがっしりとしており、目は細いが、口は大きく、声も大きい。
僕はそんな高橋君に、にっこり笑顔で応える。
「いいよ、どうぞ」
高橋君は、僕が差し出したノートを当たり前のように受け取る。
「サンキュー、赤崎。いつも助かるわー」
高橋君は、そう言って僕の前から去って、自分の席に戻り、せっせと自分のノートに僕のノートの内容を書き写している。
「赤崎君さぁ、今日の放課後、新しいこのクラスの親睦を深めようと思って、カラオケやるんだけど、一緒にどう?」
こちらも昨年度も同じクラスだった成瀬さんが、ちょっと頬を赤らめながら、僕に声をかけてくる。
成瀬さんは、このクラスの副委員長で、学級委員長である僕のサポートをしてくれている。二重の大きな目に、鼻は高く、口は小さく、肌は白い。いわゆる美少女の部類に入る。
遠くのほうから、クラスメイトの女子たちが遠巻きに、僕と成瀬さんの様子を見守っている。
「ああ、もちろん参加するよ」
僕は、満面の笑みでそう答える。
成瀬さんの顔がぱぁっと輝いて、それから僕らを遠巻きに見守っていた女子たちの輪の中に入っていって、右手でオーケーサインを作る。
女子たちがきゃっきゃっとしているのを一瞥してから、僕は、そんな僕と成瀬さんのやり取りをこれまた遠巻きに見ていた、恐らくカラオケにお呼ばれしなかったのであろう男子たちに囲まれる。
「なぁ、赤崎君、俺たちもカラオケに加えてくれって女子たちに言ってよ」
昨年度同じクラスだった小池君がそう言った。黒ぶちの眼鏡をかけて、目は細くも大きくもなく、鼻も高くも低くもなく、口も大きくも小さくもない地味な顔立ちをしていた。
他の男子たちも同じような顔立ちをしている。
ぼっちにならないようにコミュニティを形成している地味系男子たち。
その中心人物であろう小池君から、僕は昨年度からずっと恋愛相談を受けていた。
どうやら、小池君は成瀬さんのことが好きらしい。
そんな彼は、このカラオケを成瀬さんとの距離を縮める絶好の機会だと思っているようだった。
他の地味系男子たちも、それぞれ好きな女子との距離を縮められるチャンスだと思っているのだろう。小池君と同じように、必死な表情を浮かべている。
そんな彼らに熱い視線を向けられて、僕は大きく頷いて言った。
「もちろん、いいよ。というか、それなら、クラス全員に声をかけたほうがいいよね」
僕はそれから女子たちの輪の中にいる成瀬さんのほうに向かって行った。
「成瀬さん」
僕が声をかけると、成瀬さんはまた頬を赤らめて、その長くて黒い艶のある髪の毛を触りながら、僕に視線を送って尋ねる。
「何、赤崎君?」
「カラオケの件、クラス全員を誘ってみない?」
「え?」
ちょっと不満そうな表情をする成瀬さん。
それでも、僕は満面の優しい笑みを浮かべる。
「クラス全員が参加したほうが、親睦がより深まると思うからさ。企画者、成瀬さんでしょ? 成瀬さんの人望ならきっと全員参加するよ」
その僕の言葉に、成瀬さんは嬉しそうに僕に微笑みかける。
「そ、そうだね。そうしよう、赤崎君」
「分かった。ちょっと待っててね」
そう言って僕は教壇の上に立ち、大きな声で宣言する。
「はいはい、注目! 今日の放課後、成瀬さん企画のカラオケ親睦会をやろうと思っています! もしも、参加したい人がいれば、今ここで挙手してくださーい!」
僕がそう言うと、教室にいた全員の手が上がった、かのように見えた。
いや、上がったんだ。
ほぼ、全員の手が。
企画していた成瀬さんと、その他の女子たち。
そして、少し意外だったが、高橋君を中心とした体育会系の男子グループ。部活は、今日はみんな休むのだろう。
さらには、僕に熱い視線を送ってきた小池君を中心とする地味系の男子グループ。
そう、それはほぼ全員と言って良かった。
たった一人を除いては。
田口さん。
セミロングの髪の毛を金髪に染めて、切れ長の目で、高い鼻に、薄い唇、褐色の肌。こちらも、容姿だけでいえば、成瀬さんに負けないくらい美少女の部類に入るだろうが。
昨年度は違うクラスだったので、田口さんのことは噂程度しか知らないが、ともかく何でもかんでも拒絶することで有名なギャルらしいのだった。
その田口さんは、じっと僕の目を見ながら、確かに僕の言葉が聞こえている様子だったが、それでも手を上げなかった。
「ええっと、田口さんは不参加ってことでいいのかな?」
僕が笑顔でそう尋ねる。
「ああ、それでいいよ」
ぶっきらぼうにそう答えて、それから田口さんはにやっと悪戯っぽい表情を浮かべて言ったんだ。
「ただ、赤崎。明日、あたしと一緒に二人っきりでカラオケ行こうぜ?」
クラス中が注目している中での唐突な誘い。
成瀬さんや他の女子たちが、むっとして田口さんを見つめているのを一瞥してから、僕はただ、僕が僕であるがゆえに、満面の笑みで答えた。
「ああ、いいよ」
とりあえず、今日のクラスのカラオケ親睦会は、田口さん以外の全員が参加することが決定した。
そして、明日はなぜか、僕と田口さん二人だけのカラオケ親睦会が開催される。
「赤崎君」
僕が教壇から下りると、成瀬さんが不満そうな表情で、眉をひそめて僕へと近づいてきた。
「大丈夫? 田口さんと二人っきりでカラオケなんて。田口さん、全然周囲の言うこと聞かないし、何考えてるか分からないし、何されるか分からないらしいよ。私も噂程度しか知らないけど」
言うこと聞かない。
その言葉は、僕の胸を絞り上げる。
「また言うこと聞かずに勉強しなかったな!」
「あなたのために言っているのよ!」
父さんと母さんのかつての怒鳴り声が、僕の頭の中で蘇った。
「ははは、大丈夫だよ。取って食われはしないと思うし」
僕は嫌な思い出を振り払うように笑顔で、不満そうな成瀬さんにそう言った。
「ってか、空気読めてないよね。田口さんって。カラオケ行きたいなら、クラスのみんなと今日行けばいいのにさ。それを、赤崎君だけ誘って。何か、下心丸出しって感じで」
空気読めてないよね。
その言葉に、僕は胸を再び縛り上げられる。
「お前さぁ、もっと空気読めよ!」
「そうだよ、俺たちの邪魔すんなよ!」
僕が小学生のときに浴びせられたその言葉が、頭の中に蘇ってくる。
「あははは、まぁ、いいじゃん。そういう人もいるよ」
僕は再び嫌な思い出を振り払うように笑顔で、成瀬さんに言った。
「もぉ、赤崎君って優しすぎだよ」
成瀬さんが、不満そうな顔のまま言う。
「でも、せっかく誘ってくれたんだから、行かないとね」
僕が困ったように笑顔でそう言うと、成瀬さんがはっと目を大きく見開いた。
それから不満そうな表情を崩して、恥ずかしそうにしながら、僕に聞いてくる。
「じゃあさ、じゃあさ、私がもしも赤崎君を個別に誘ったら、イエスって言ってくれるの?」
イエス。
僕は成瀬さんのその言葉に、満面の笑みで答える。
「ああ、もちろん、だよ」
そうなると、昨年度から恋愛相談をしてきていた小池君を裏切ることになるが、僕は前々から成瀬さんや僕に好意を寄せているであろう女子たちの前でわざと僕は恋愛に興味がないと宣言している。
そうやって、予防線を張っているのだ。
協調性を保つために。
空気を読むために。
無敵のイエスマンであるために。
そうだ。
協調性を保ち、空気を読んで、徹底してイエスマンであれば、僕はこの教室で無敵だ。
文字通り、敵無し。
誰も、僕を敵視しない。
「じゃあ、また今度誘うね」
成瀬さんがそう言って、嬉しそうに長い髪を揺らしながら、女子たちの輪の中に戻っていく。
成瀬さんが、僕に好意を抱いてくれていることは、その言動から分かる。
僕は、見た目が良いらしく、しかも、無敵のイエスマンなので、優しいイケメンというイメージでこの高校では通っている。
だから、女子たちから熱っぽい視線で見られることが多々あった。
でも、僕は恋愛に興味ない宣言を何度も女子たちにしている。
だから、こんな、優しいと評判の僕に告白を断られると立ち直れなくなりそうで、誰も、そしてきっと成瀬さんも僕に告白をしてきやしないだろう。
ただ、待っている。
自分からアプローチして、その後に僕からの告白を。
その、決してありえない可能性を。
ああ。
僕は自分の席に戻って、高橋君から自分のノートを返してもらってから、すぅっと大きく息を吸う。
この教室で、僕は無敵だ。
誰も傷つけずに、誰にも傷つけられることなく、僕は完璧な人間関係を築いている。
何て。
何て、気味が悪くて居心地の良い空間なんだ。
そう。
何せ、僕はこの教室で無敵なのだから。
ただ、ここで言う無敵とは、本来の意味である、非常に強いため敵対するものがいないこと、とは少し異なる。そう、少し違うんだ。
単純に、僕を敵視してくる存在がこの教室にいない。敵がいない、つまり敵無し。ゆえに、無敵。非常に強いから敵対するものがいないというわけではない。
ただ、僕はこの教室で敵を作らないように、僕が言うところの無敵であるために、完璧な人間関係を築き上げていた。
誰よりもうまく人間関係を築き上げている僕に、ぼっち男子が成り上がっていくとか、モテない男子が一念発起して好きな女子のために努力して告白して成功するとか。
そんな世に好まれそうな逆転の物語は、決して必要ない。
とはいって、もちろん、俺つえええで無双してハーレムを作る物語でもない。
それとは一線を画する、僕の面白味のない物語、いや、人生だ。
「おーい、赤崎。数学の宿題見せてくれよー」
朝のホームルームの後、高橋君が、いつも通り、僕の机へとやってくる。
高校一年生のときでもクラスが一緒だった高橋君は、野球部で、高校二年生になったばかりなのにレギュラー入りして、部のエースとして活躍していた。そんな彼は大の勉強嫌いで、そもそも高校受験もスポーツ推薦で合格したのだから、それも仕方がない話だ。
体格はさすが体育会系でがっしりとしており、目は細いが、口は大きく、声も大きい。
僕はそんな高橋君に、にっこり笑顔で応える。
「いいよ、どうぞ」
高橋君は、僕が差し出したノートを当たり前のように受け取る。
「サンキュー、赤崎。いつも助かるわー」
高橋君は、そう言って僕の前から去って、自分の席に戻り、せっせと自分のノートに僕のノートの内容を書き写している。
「赤崎君さぁ、今日の放課後、新しいこのクラスの親睦を深めようと思って、カラオケやるんだけど、一緒にどう?」
こちらも昨年度も同じクラスだった成瀬さんが、ちょっと頬を赤らめながら、僕に声をかけてくる。
成瀬さんは、このクラスの副委員長で、学級委員長である僕のサポートをしてくれている。二重の大きな目に、鼻は高く、口は小さく、肌は白い。いわゆる美少女の部類に入る。
遠くのほうから、クラスメイトの女子たちが遠巻きに、僕と成瀬さんの様子を見守っている。
「ああ、もちろん参加するよ」
僕は、満面の笑みでそう答える。
成瀬さんの顔がぱぁっと輝いて、それから僕らを遠巻きに見守っていた女子たちの輪の中に入っていって、右手でオーケーサインを作る。
女子たちがきゃっきゃっとしているのを一瞥してから、僕は、そんな僕と成瀬さんのやり取りをこれまた遠巻きに見ていた、恐らくカラオケにお呼ばれしなかったのであろう男子たちに囲まれる。
「なぁ、赤崎君、俺たちもカラオケに加えてくれって女子たちに言ってよ」
昨年度同じクラスだった小池君がそう言った。黒ぶちの眼鏡をかけて、目は細くも大きくもなく、鼻も高くも低くもなく、口も大きくも小さくもない地味な顔立ちをしていた。
他の男子たちも同じような顔立ちをしている。
ぼっちにならないようにコミュニティを形成している地味系男子たち。
その中心人物であろう小池君から、僕は昨年度からずっと恋愛相談を受けていた。
どうやら、小池君は成瀬さんのことが好きらしい。
そんな彼は、このカラオケを成瀬さんとの距離を縮める絶好の機会だと思っているようだった。
他の地味系男子たちも、それぞれ好きな女子との距離を縮められるチャンスだと思っているのだろう。小池君と同じように、必死な表情を浮かべている。
そんな彼らに熱い視線を向けられて、僕は大きく頷いて言った。
「もちろん、いいよ。というか、それなら、クラス全員に声をかけたほうがいいよね」
僕はそれから女子たちの輪の中にいる成瀬さんのほうに向かって行った。
「成瀬さん」
僕が声をかけると、成瀬さんはまた頬を赤らめて、その長くて黒い艶のある髪の毛を触りながら、僕に視線を送って尋ねる。
「何、赤崎君?」
「カラオケの件、クラス全員を誘ってみない?」
「え?」
ちょっと不満そうな表情をする成瀬さん。
それでも、僕は満面の優しい笑みを浮かべる。
「クラス全員が参加したほうが、親睦がより深まると思うからさ。企画者、成瀬さんでしょ? 成瀬さんの人望ならきっと全員参加するよ」
その僕の言葉に、成瀬さんは嬉しそうに僕に微笑みかける。
「そ、そうだね。そうしよう、赤崎君」
「分かった。ちょっと待っててね」
そう言って僕は教壇の上に立ち、大きな声で宣言する。
「はいはい、注目! 今日の放課後、成瀬さん企画のカラオケ親睦会をやろうと思っています! もしも、参加したい人がいれば、今ここで挙手してくださーい!」
僕がそう言うと、教室にいた全員の手が上がった、かのように見えた。
いや、上がったんだ。
ほぼ、全員の手が。
企画していた成瀬さんと、その他の女子たち。
そして、少し意外だったが、高橋君を中心とした体育会系の男子グループ。部活は、今日はみんな休むのだろう。
さらには、僕に熱い視線を送ってきた小池君を中心とする地味系の男子グループ。
そう、それはほぼ全員と言って良かった。
たった一人を除いては。
田口さん。
セミロングの髪の毛を金髪に染めて、切れ長の目で、高い鼻に、薄い唇、褐色の肌。こちらも、容姿だけでいえば、成瀬さんに負けないくらい美少女の部類に入るだろうが。
昨年度は違うクラスだったので、田口さんのことは噂程度しか知らないが、ともかく何でもかんでも拒絶することで有名なギャルらしいのだった。
その田口さんは、じっと僕の目を見ながら、確かに僕の言葉が聞こえている様子だったが、それでも手を上げなかった。
「ええっと、田口さんは不参加ってことでいいのかな?」
僕が笑顔でそう尋ねる。
「ああ、それでいいよ」
ぶっきらぼうにそう答えて、それから田口さんはにやっと悪戯っぽい表情を浮かべて言ったんだ。
「ただ、赤崎。明日、あたしと一緒に二人っきりでカラオケ行こうぜ?」
クラス中が注目している中での唐突な誘い。
成瀬さんや他の女子たちが、むっとして田口さんを見つめているのを一瞥してから、僕はただ、僕が僕であるがゆえに、満面の笑みで答えた。
「ああ、いいよ」
とりあえず、今日のクラスのカラオケ親睦会は、田口さん以外の全員が参加することが決定した。
そして、明日はなぜか、僕と田口さん二人だけのカラオケ親睦会が開催される。
「赤崎君」
僕が教壇から下りると、成瀬さんが不満そうな表情で、眉をひそめて僕へと近づいてきた。
「大丈夫? 田口さんと二人っきりでカラオケなんて。田口さん、全然周囲の言うこと聞かないし、何考えてるか分からないし、何されるか分からないらしいよ。私も噂程度しか知らないけど」
言うこと聞かない。
その言葉は、僕の胸を絞り上げる。
「また言うこと聞かずに勉強しなかったな!」
「あなたのために言っているのよ!」
父さんと母さんのかつての怒鳴り声が、僕の頭の中で蘇った。
「ははは、大丈夫だよ。取って食われはしないと思うし」
僕は嫌な思い出を振り払うように笑顔で、不満そうな成瀬さんにそう言った。
「ってか、空気読めてないよね。田口さんって。カラオケ行きたいなら、クラスのみんなと今日行けばいいのにさ。それを、赤崎君だけ誘って。何か、下心丸出しって感じで」
空気読めてないよね。
その言葉に、僕は胸を再び縛り上げられる。
「お前さぁ、もっと空気読めよ!」
「そうだよ、俺たちの邪魔すんなよ!」
僕が小学生のときに浴びせられたその言葉が、頭の中に蘇ってくる。
「あははは、まぁ、いいじゃん。そういう人もいるよ」
僕は再び嫌な思い出を振り払うように笑顔で、成瀬さんに言った。
「もぉ、赤崎君って優しすぎだよ」
成瀬さんが、不満そうな顔のまま言う。
「でも、せっかく誘ってくれたんだから、行かないとね」
僕が困ったように笑顔でそう言うと、成瀬さんがはっと目を大きく見開いた。
それから不満そうな表情を崩して、恥ずかしそうにしながら、僕に聞いてくる。
「じゃあさ、じゃあさ、私がもしも赤崎君を個別に誘ったら、イエスって言ってくれるの?」
イエス。
僕は成瀬さんのその言葉に、満面の笑みで答える。
「ああ、もちろん、だよ」
そうなると、昨年度から恋愛相談をしてきていた小池君を裏切ることになるが、僕は前々から成瀬さんや僕に好意を寄せているであろう女子たちの前でわざと僕は恋愛に興味がないと宣言している。
そうやって、予防線を張っているのだ。
協調性を保つために。
空気を読むために。
無敵のイエスマンであるために。
そうだ。
協調性を保ち、空気を読んで、徹底してイエスマンであれば、僕はこの教室で無敵だ。
文字通り、敵無し。
誰も、僕を敵視しない。
「じゃあ、また今度誘うね」
成瀬さんがそう言って、嬉しそうに長い髪を揺らしながら、女子たちの輪の中に戻っていく。
成瀬さんが、僕に好意を抱いてくれていることは、その言動から分かる。
僕は、見た目が良いらしく、しかも、無敵のイエスマンなので、優しいイケメンというイメージでこの高校では通っている。
だから、女子たちから熱っぽい視線で見られることが多々あった。
でも、僕は恋愛に興味ない宣言を何度も女子たちにしている。
だから、こんな、優しいと評判の僕に告白を断られると立ち直れなくなりそうで、誰も、そしてきっと成瀬さんも僕に告白をしてきやしないだろう。
ただ、待っている。
自分からアプローチして、その後に僕からの告白を。
その、決してありえない可能性を。
ああ。
僕は自分の席に戻って、高橋君から自分のノートを返してもらってから、すぅっと大きく息を吸う。
この教室で、僕は無敵だ。
誰も傷つけずに、誰にも傷つけられることなく、僕は完璧な人間関係を築いている。
何て。
何て、気味が悪くて居心地の良い空間なんだ。
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