無敵のイエスマン

春海

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最終章

第23話  決着13

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 それから、ステージから降りた僕らに、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。

「何、これ。超良い曲じゃねぇか、新ジャンルっつぅか、なんつぅか、今まで聴いたことのない曲だったぞ」

 高橋君が、がっつりと僕の肩を組んで、感動した声で言ってくる。

「素晴らしかったよ、赤崎君、田口さん」

 小池君が、涙ぐみながら、僕らにそう言ってくれた。
 成瀬さんは言葉にできないのか、ただ、涙を流しながら、僕と田口さんに頷いてくれた。
 他のクラスメイトたちも、感動した様子で、僕と田口さんに声をかけてくる。
 特に女子たちは、僕にこんな声をかけてくれた。

「赤崎君、赤崎君もあんな切ない歌を歌うんだね」
「いつも明るい赤崎君だけど、悲しいこと隠してたりする?」
「何かあれば、迷わずに、私たちに相談してね」

 変わっていく。
 クラスメイトたちが。
 そして、宮田先生が僕らのほうにやってきた。

「赤崎、田口、お前ら、良かったぞ」

 真剣な声で、表情で、宮田先生は言った。

「俺な、高校時代に、クラスメイトたちから無視されていたことを思い出したよ」

 そう言って、自らの過去を明かした宮田先生に、僕らは唖然とする。

「俺な、面倒くさがりなところがあって、そういう面が疎まれて、クラスメイトたちに嫌われてしまったんだ。そのときに、俺は高校の教師になろうと思ったんだ。何て奴だと思われるかもしれないけれどな。そんな、暗い高校時代を送った俺が、高校教師になって、それで高校でふんぞり返ってやるって。間接的な復讐のつもりだった。でも、そんなの復讐でも何でもなくて。そもそも、復讐することすら間違っていて。俺な、赤崎と田口の曲聴いて、高校時代のことを思い出して、考え直したよ。みんな、今まで、厄介事を押しつけてすまなかったな。特に、赤崎、お前には。これからは、俺、もっとちゃんとした高校教師らしくしていくつもりだから」

 僕らは、唖然としたまま、宮田先生の話を聞き終えた。
 僕は驚くしかなかった。
 宮田先生も、壊れそうなときがあったんだ。
 そして、ある意味で、それ以上壊れないように、高校教師になったんだと。
 それはそれで、悲しい話でもあった。
 そして、そんな宮田先生の心に、少しでも僕と田口さんの曲が響いたのが、僕は嬉しかった。
 そうか。
 やっぱり、僕らの曲は、自己満足で終わる曲ではなかったのだ。

「じゃあ、宮田先生、これからは学級委員長の仕事、減らしてください。あと、副委員長である成瀬さんの仕事も」

 僕は笑顔でそう言うと、宮田先生は苦笑した。

「善処するよ」

 そう言って、宮田先生は去っていった。
 それから、成瀬さんが指示を出し、クラスメイトたちは出し物を再開するために校庭に戻っていった。
 立ち去ろうとする成瀬さんの背中に、僕は声をかけた。

「成瀬さん」

 成瀬さんが、不思議そうに振り返った。

「どうしたの、赤崎君?」

 僕は、意を決した表情を浮かべて、成瀬さんに言った。

「今日の午後六時に、高校の屋上に来てほしいんだ」

 成瀬さんは、ますます不思議そうな顔をして、それから僕の表情から何かしらの僕の決意を察してくれたのか、真剣な顔になって、大きく頷いた。

「分かった、必ず、行くから」

 成瀬さんはそう言い残して、去っていった。
 この高校の文化祭は一日しか開催しないが、後片づけはその翌日に行われる。
 そして、文化祭は午後五時に終わる。
 午後六時なら、多分、成瀬さんも仕事から解放されて時間が空いているはずだと思って、そう言ってみたが、どうやら正解だったようだ。
 成瀬さんは行くと言ってくれた。

「田口さん」

 僕は隣に残っている田口さんにも、同じことを言った。

「今日の午後六時に、高校の屋上に来てほしいんだ」

 田口さんは、さっき成瀬さんに対してしたものと同じ表情を浮かべた僕の目をじっと見つめて、それからにかっと笑った。

「分かった、必ず、行くからよ」

 そう言ってから、田口さんは僕に背を向けて、どうやら気づかなかったが来ていたらしい田口さんのお母さんと義理のお父さんらしい人に近づいて行った。
 談笑している三人の様子を遠くから眺めていると、僕の両親が僕のほうにやって来るのが見えた。
 父さんと母さんは、気まずそうな表情で、それでも笑みを浮かべて僕に言った。

「良い……歌だったぞ」

 父さんが言った。

「本当に……、私も感動したわ」

 母さんが言った。
 僕はいつもの良い子の笑顔を作って、お礼を言った。

「ありがとう、父さん、母さん。聴きに来てくれて、そして、そう言ってくれて」

 その良い子の笑顔の僕を、痛々しそうに見つめた父さんが、笑みを浮かべて突然こう言ったんだ。

「将来は、ミュージシャンにでもなるか?」
「え?」

 僕は、思わずそう声を漏らしてしまった。

「冗談じゃ、ないわよ」

 母さんが、笑顔でそう言った。

「父さんたちは、お前の未来を、お前のあり方を、あまりに決めつけていたみたいだ」

 父さんはそう言って、母さんと顔を見合わせてから、優しく微笑んだ。
 僕らは、悲しい家族だ。
 ずっと、そう思っていた。
 僕に良い子を強制してくる両親。
 僕の未来を医者だと決めつけてくる両親。
 そんな二人が。
 そして、そんな二人にあのいじめの後、イエスと言い続けた僕が。
 僕ら家族の悲しい関係が。
 変わり始めようとしている。
 それでも、やっぱり。
 僕が無敵のイエスマンであり続けることは変わらないだろう。
 どの業界でも、僕がこれ以上壊れないために、それをし続けなければならないから。
 それほど、あのときに、僕は壊れてしまったから。
 決着はついたよ、田口さん。
 僕は、変われなかった。
 ただ、田口さんの狙いの半分は、その通りになった。
 周囲は変わった。
 クラスメイトたち。
 宮田先生。
 僕の両親。
 変わり始めた。
 僕らの曲を聴いて。
 僕らの曲に心を動かされて。
 僕は少しの間目を閉じてから、また目を開いて言った。

「ありがとう、父さん、母さん。将来のことについては、またじっくりと自分で考えてみるよ。でも、せっかく高めたこの学力を活かさない手はないから、大学には進学したいとは思っているけれど」

 そうやって、僕はにっと笑った。
 良い子の笑顔ではない僕の笑顔を見た父さんと母さんは、どこか安心したように頷いて、それから僕の前から去っていった。
 
 そして、屋上にて。

 午後五時五十五分。
 僕以外誰もいない高校の屋上を囲む柵に背を預けながら、肩越しに夕焼けを見ていた僕は、自分が書いた歌詞を思い出していた。
 
 夕焼けを見ると、ほっとするのは
 こんな世界とさよならできる
 夜の時間がやって来るから

 そう、夜の時間がもうすぐやってくる。
 だが、無敵のイエスマンは、壊れてしまっている僕は、夜の時間でも泣くことはしない。できない。
 もう、戻れない。
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