無敵のイエスマン

春海

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最終章

第24話  決着14

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 そんな僕が恋をしてしまった。
 田口さん、そして成瀬さん、二人に対して同時に。
 そんなこと、許されるはずなかった。
 田口さんは、僕を愛していると、報われなくてもいいというようなことを言ってくれた。
 成瀬さんも、愛していると言えるくらいまで僕を想いたいというようなことを言ってくれた。
 それほど、二人の僕に対する想いは深かった。
 だが、僕が二人に対して等しく恋心を抱いている以上、いつかはどちらかを選ばなければならない。
 そうすれば、選ばれなかった一人が、報われないことを覚悟していたとしても、傷つくことは明白だ。
 いや、そもそもそれ以上に。
 僕は、無敵のイエスマンを続けていくつもりだ。
 もしも、僕が二人のうちの一人と付き合ったとしても、その関係を周囲にひた隠して日々を過ごしていかなければならない。
 僕が公に二人のうちの一人と付き合えば、他の女子たちからの僕に対する想いにノーと暗に言うことになり、敵を作るかもしれない。
 そして、男子たちの中からも、僕を敵視する生徒が現れるかもしれない。特に、成瀬さんは男子たちから人気だし。
 でも、僕は無敵のイエスマンだ。
 だから、もしも付き合うなら、ひたすらに恋人同士であることを隠し続けなければならない。
 バレたら、僕の無敵のイエスマンライフが終わってしまう。
 デートもままならない。
 そんな窮屈な恋。
 二人には、してほしくない。
 だから、僕は、無敵のイエスマンである僕は、好きな二人に対してなすべきことをしなくてはならない。
 だから、僕は。
 午後六時。
 屋上の出入り口の扉が開き、田口さんと成瀬さんが、やや緊張した面持ちで屋上にやってきた。
 僕は夕焼けを背に、二人に対して笑みを浮かべた。
 きっと、悲しい笑みを。

「来てくれて、ありがとう、二人とも」

 僕がそう言うと、成瀬さんは優しく見守るような微笑みを浮かべた。

「赤崎君の頼みなら、何でも聞くよ」

 田口さんも指で金髪をいじりながら、無邪気な笑みを浮かべた。

「お前が呼べば、どこへでも行ってやるからな」

 二人の僕に対する気持ちが込められた言葉に、胸がずきりと痛む。
 僕は悲しい笑顔を崩さないまま、柵から離れて二人の前まで歩いてそして立ち止まって、二人と向き合った。
 二人とも、また緊張した表情になり、僕が一体何を言うのかを待っていた。
 そして、僕は言った。

「僕は、田口さんと成瀬さん、二人のことが好きだ」

 その瞬間に、二人の瞳が、あの雨の日のように、そして、あのよく晴れた日のように、怖いくらい澄んでいくのが分かった。
 じっと僕を見つめる二人に、僕は悲しい笑みを浮かべたまま続けた。

「そして、その気持ちを今日、ここで殺してしまおうと思う」
「え?」

 成瀬さん。

「は?」

 田口さん。
 二人は、呆然とした表情になった。

「僕は無敵のイエスマンだ。敵がいない、敵を作らない、そんな敵無しの、無敵のイエスマンだ。それは、成瀬さんには言っていなかったけど、小学生の頃に悲惨ないじめに遭った後に、壊れてしまった僕が作り上げた人格、自慢の傑作品なんだ。僕は、小学生の頃にもう壊れてしまっている。もう戻れない。田口さん、君はそんな壊れた無敵のイエスマンである僕を変えようと必死だったけれど、決着はついたよ。確かに、僕と田口さんの曲で、クラスメイトたちは、担任の宮田先生は、そして、僕の両親は変わった。でも、僕は相変わらず、無敵のイエスマンのままだよ。これを貫き通していこうと思う。壊れてしまった僕は、それ以外の生き方がもうできないから。だから、決着はついた。僕の勝ちだよ。僕は無敵のイエスマンであり続けようと思うんだ」

 田口さんが悔しそうに俯く。
 成瀬さんが、必死に言葉を紡ぐ。

「そんな赤崎君でも、私はかまわない! 私は、そんな赤崎君をこれから守っていきたいよ。だから、お願い。私たちに対する気持ちを殺すなんて言わないで!」

 その目から、涙がこぼれる。
 田口さんも、悔しげな表情のまま、言葉を発する。

「あたしは、お前を愛している。報われなくても、愛し続けるつもりだ。これからも、ずっと。成瀬は知らないだろうが、赤崎がいじめられたきっかけは、元々いじめられていたあたしをかばったことにある。赤崎は、あたしのヒーローだ。壊れてしまっていようが、無敵のイエスマンであり続けようが。お前を変えたかったあたしは、無敵のイエスマンであり続けようとするお前に負けてしまったかもしれない。けれど、けれどな。赤崎のあたしたちに対する気持ちだけは、どうか殺さないでくれよ。お願いだ。報われなくてもいいけどよ、せっかく好きになってくれたんなら、そのままでいてくれよ」
「駄目だ」

 僕は、はっきりとそう断言した。

「僕は二人のうちの一人を選べやしないよ。だって、そうだろう? そんな残酷なこと、できるはずがない。いくら二人が僕に愛していると、報われなくてもいいと言ったところで、それでも心のどこかで選ばれなかった一人は傷つくだろう。そんなこと、僕にはできない。それに、僕は無敵のイエスマンだ。僕は、誰とも堂々と付き合えない。堂々と二人のうちの一人と付き合えば、今まで散々恋愛に興味ない宣言していたのは何だったのかと反感を覚える女子が現れるかもしれない。それに、例えば成瀬さんと付き合えば、確実に僕を敵視してくる男子が現れるだろう。今まで、恋愛に興味ない宣言のおかげもあって、僕は調和の取れた無敵のイエスマンライフを送っていたんだ。もしも、僕と付き合うなら、堂々とは付き合えず、こっそりと恋人同士であることを周囲から隠し続けながら二人で生きていかなければいけなくなる。堂々とデートもできない、手もつなげない、キスもできない。そんな窮屈な恋を、二人にはしてほしくない。だから、僕の恋を、今ここで終わらせる。無敵のイエスマンである僕のためにも、そして、これからも自由に恋をしていく二人のためにも」

 僕はそこまで語り終えた。
 夕焼けのオレンジ色が濃くなってきている。
 日没が近い。
 泣くことが許される夜の時間がやってくる。
 今日は、二人とも夜に泣いてしまうかもしれない。
 でも、いつの日か、昼も夜も寄り添ってくれるすてきな恋人と付き合えるだろう。
 この二人なら、大丈夫。
 僕はそう思って、相変わらずの悲しい笑顔で二人の顔を見て。
 そして、唖然とした。
 二人ともおかしそうに笑っていたからだ。
 お互いに顔を見合わせて。

「馬鹿なんだね、赤崎君って」

 苦しそうに笑う成瀬さん。

「お前、頭良いんじゃなかったのか?」

 同じく、苦しげに笑う田口さん。

「な……」

 僕はそんな二人の様子に呆然としながら、声を漏らす。
 何だ、何で笑えているんだ、この二人は。

「赤崎君!」

 成瀬さんが笑いをこらえながら、大きな声を出した。

「は、はい!」

 僕は思わず背筋を伸ばして、そう応えた。

「お願い、私たち二人と付き合ってくれませんか?」
「え?」
「あたしからもお願いだ」

 田口さんが、笑いを押し殺しながら、言った。

「あたしたち二人と付き合ってくれないか?」

 予想外の展開だった。
 二人同時に付き合う、だと?
 二股ってこと?
 そんな世間が許さないような最低でクズなことできるはずが……。
 それに、それはそれで。
 僕は慌てて言った。

「な、何言っているんだよ、それはそれで、二人とも傷つくことになるかもしれないじゃないか」
「赤崎君、私、今なら言えるよ、赤崎君に愛してるって、報われなくてもいいって」

 成瀬さんが、真剣な表情に切り替えて、そう断言した。

「あたしも今でも言えるぞ、愛しているって、報われなくてもいいって」

 田口さんも表情を真剣なものに変えて、そう断言した。

「でも、だからこそ、そんな二人には二股でもなく、窮屈でもない、もっと良い恋を……!」

 僕はそんな二人に対して、相変わらず慌てながら言う。
 だが。

「報われなくてもいいって言ったでしょ。それが、少しでもこの想い、報われるなら」

 成瀬さんが、促すように田口さんを見る。
 田口さんが頷いて言う。

「二人同時に、こっそりと付き合ってほしいって心の底から願っちゃうんだよ」

 めちゃくちゃだ。
 この二人、一体、いつの間にこんなに強く強く僕を想うように。
 田口さんは恩を感じているからかもしれないが。
 成瀬さんまで。

「やっぱり、私、今日、あの曲を聴いて、自分の想いが愛しているという境地に達したのを確信したの。あんな美しくも、悲しくて、切なくて、そして最後に救いのある、いいえ、救いを願う曲、赤崎君にしか歌えない。歌い終わった後、そんな赤崎君のことをこれほどまでかってくらい、想っている自分に気がついた。そうして、ようやく胸の中で言えたの。愛しているって。そして、今、赤崎君の過去を聞いて、なおさら深く想えるの、赤崎君のことを」

 成瀬さんは、ゆっくりと顔を傾けて、それから優雅に笑って言った。

「ほら、イエスって言ってよ、私たちの無敵のイエスマン?」

 ぐ……。
 成瀬さんの言葉に困り果てて僕は田口さんを見ると、田口さんはただにかっと笑うだけだった。

「もう……、もう分かったよ!」

 僕はそうして、無敵のイエスマンらしく言ったんだ。

「答えは、イエスだ!」

 それは、禁断のイエス。
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