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扉の前をうろうろと彷徨う気配は、少年がうんざりする程に行ったり来たりを繰り返している。
溜め息一つ、それだけで脇腹に鋭痛が走る。仰々しく巻かれた包帯の下、裂かれた皮膚はじくじくと疼き、巻かれた布を紅く濡らしている。
声を上げるのも億劫だ。だが、部屋の外を熊のように歩き回る気配が気になって寝られやしない。ベッドに横たわり腹を押さえながら、少年は扉の向こうに居るだろう相手に声を掛けた。
「なあ、いい加減入るなら入ってくんねぇ? 気持ち悪ぃんだけど」
扉の前で、ぴたりと気配が止まった。
暫し逡巡の後、ゆっくりとドアが開けられる。実に覇気のない男が入って来た。
漆黒の瞳は力なく伏せられている。孤高の出で立ちは何処へやら、今やしょぼくれた捨て犬にしか過ぎない。
「……何突っ立ってんの」
仕方なくぶっきらぼうに告げる。怖ず怖ずと部屋に入って来た男は、寝台の傍らに跪いた。
慌てて少年は上掛け布団を腹の上まで引き上げた。包帯を巻いた上半身は服を着ていないが、隠すのは半裸を晒していることが理由ではない。寧ろ原因は上ではなく、下にある。障りがあるのは己の特性の所為であるが、余り他者に悟られたいものでもなかった。
「……傷の具合は」
低い声が跪いた男から発せられる。その響きに、疵ではない部分がずくりと疼いた。腹立たしいことに、男の存在が次第に少年を昂ぶらせていく。
内に向かう力が強いと、大聖女は言っていた。実際、内なる奇跡のお陰で、少年は一命を取り留めた。
赤竜の棘の付いた尾に脇腹を裂かれた少年は、意識不明の重体となった。しかし、竜が飛び去った後、運び込まれた城内で手当をした医師は驚いたと言う。裂かれた腹は既に塞がり掛け、失血死してもおかしくない程の出血も止まり掛けていたのだ。
丁重に包帯を巻かれ、自室で安静にと寝かされた少年は、意識を取り戻して余りの不快さに吐き気すら催した。これは死んだなと自分でも思った重体から、目覚めれば下腹部は欲情を示し、解放を求めて疼いていたのだから。
反吐が出る。全身を巡る聖女の力は活発に、少年の疵を癒すと共にその一点に熱を収束させる。正に発情、少年の嫌悪する力に生かされた。その事実に腹を立てれば立てる程、疵痕と下腹部は疼き、少年を苛んでいた。
「……大したこたねーよ、俺、生命力だけは強いから」
ぶっきらぼうに言い放つ、それが誤魔化しでしかないことは自分が良く知っている。
適当にあしらえばさっさと退室すると思っていた男は、何故だかベッドの脇にうずくまったまま動かない。罪悪感を抱いているのか。莫迦な。赤竜が現れたのも少年が襲われたのも、この男の所為などではないというのに。
「大したことない訳がないだろう。見せてみろ」
「っば……っか! 大丈夫だっつってんだろーが! 布団剥ぐなやめ……ッ!!」
抵抗も虚しく上掛けを剥ぎ取られる。立ち上がり布団を剥いだ男は、ぴたりと動きを止めた。かあっ、と頬まで血が上る。包帯の巻かれた腹の下、ズボンの膨らみを確と目撃され、少年は羞恥で顔から火が出そうだった。
沈黙した男は少年の下腹部を見つめたまま硬直している。せめて何か言いやがれ。苛々しながら少年は脇腹が痛むのも構わず手に取った枕を投げ付けた。
「別に! 好きで! こうなってる訳じゃ! ねーからな!!」
「……何も言っていないが」
「何か言えよ! っ俺が! ……俺だって、聖女の力でこんなんなってるだけで……っ俺が、好き好んでこんなん、なってる訳じゃ……ねーよ……」
取り留めのない反発は力なく立ち消える。いつだってそうだった。いつだって、欲情は少年の意志と遠い場所にある。孤児院にいた頃は、他人の欲望に晒されていた。聖女になってからは、それは己の内に入り込み、制御の利かない処でのた打ち回っている。
耐え難かった。いっそ屈辱的ですらある発情に身を苛まれ、少年は俯いた。頭に枕をぶつけられた男は、何も言わず沈黙している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
不意に、男の手が少年の下肢に触れた。
布越しに昂ぶりに掌が触れ、少年の全身が粟立つ。
「っば、あんた、何やって……?!」
「これも聖女の力の影響なのか?」
「そ、……だから、言ったじゃねーか、って、動かすなって……っ」
熱量を持ったそこをゆったりと掌が擦る。堪らず少年は身を捩った。
「い……って、」
「暴れない方が良い、傷も未だ塞がってないのだろう?」
「っだったら、その手、止めろって……っ」
脇腹の痛みに呻く少年の膨らみを、無骨な掌が撫で上げる。口から零れそうになる甘い吐息を、少年は手で塞いで抑えた。
情感を煽る手の動きに、生じた熱は全身を駆け巡る。ふ、と口から漏れる吐息に色が滲むのは、最早止めようはなかった。
「癒しの力を使うと、発情するのだろう?」
低い声音を耳元に吹き込まれると、掌の下で欲望が震える。漆黒の瞳が少年を見詰めた。獣の眼光に射抜かれ、息が止まる。
「ならば、発情すれば傷も早く治る。……違うか?」
違う、と言いたかった。けれど言えなかった。思い出す。初めて癒しの力を発動した時に、体に欲望が巡ると同時に頬の腫れが引いたことを。
強ちそれは間違いとも言えず、言葉に詰まる内に少年の欲情を擦る手の動きは激しくなっていく。
「や、め……頼むから、やめて、くれ……っ」
弱々しい依頼は懇願じみていて、自分の口から零れたと思えない程に惨めだ。手の動きは一層激しくなり、遂にはズボンの隙間から入り込んで来る。下着の中に滑り込んだ掌が熱い少年の昂ぶりを握り込み、上下に荒々しく動く。無骨な指先が根本の浮き出た血管に触れ、自然と腰が浮いた。
「ここ、か?」
「っあ、そこ、だ……めだ、って……ぁっ……」
執拗に根本を擦られ、少年は仰け反った。剥き出しになった先端にじんわりと透明な蜜が滲む。完全に反り返った裏筋を辿り、濡れた根本はより滑らかな指の動きで性感をくすぐられた。
誰にもさせたことがないのに。他人の性を煽ることはあっても、自分の身には触れさせない。それが少年の矜持であり、唯一の生命線であったのに。
暴かれてしまう。何もかもが。
「アッ、は……ぁあ、……も、出る、からぁ……っ」
甘い少年の呻きに、大きな掌が欲望を包み、激しく上下に扱き上げる。足の指先がシーツを握り締め、内腿が大きく震えた。二度、三度、痛む筈の腹筋は引き攣れ、欲望を吐き出そうと痙攣する。
「――――レ、オ……ん、ぅ……っ」
無意識に呼ぶ名に、包み込む指先が強くなる。声にならない嬌声を上げ、少年は果てた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。
頭から布団に包まり、少年は恥辱に震えていた。
一体何だってこんなことになってしまったのか。自問しても当然答えは出ない。
「……いい加減出て来たらどうだ」
上掛けの外から困ったような声がする。誰の所為だと思っているのだ。少年は布団の隙間から碧の瞳を覗かせ、傍らの男を睨み付けた。
良いように少年の下半身を弄んだ男は、白濁で汚れた掌を濡れたタオルで拭うと、何故か少年の部屋に居座っている。気拙い、恥ずかしい、腹立たしい。さっさと出て行けば良いものを、そのまま少年の身すら清拭しようとするので、布団に包まり防ぐ羽目に陥ったという訳だ。
下半身がべたべたして気持ちが悪い。だと言うのに男は去ることもせず、あろう事か少年の布団に手を掛けた。
「出る訳! ねーだろ! っつーか布団剥ごうとすんな、さっきそれであんなことになったんだろ!! 反省しねーのかあんた?!」
「反省はしない。いいから見せろ、傷が悪化していたらどうする」
「っだから、止めろって!!」
またもや強引に、頭から被っていた上掛けを剥ぎ取られる。包帯は白濁にまみれ、ズボンの裾から引きずり出された性器は既に力なく垂れ下がっている。余りにも惨めな下半身を晒すことになり、少年はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「何で待てが聞けないんだ、あんたは! 躾のなってない犬かよ!」
「見せてみろ」
少年の皮肉など意にも介さず、男は少年の汚れも厭わず包帯に手を掛ける。最早抵抗するのも虚しく、少年は包帯が解かれていくのを只見ていた。
濡れた包帯を床に放り投げた男の手が、腹部をなぞる。既に発情の余韻すらもなく、ひたすらくすぐったいだけの感触に、少年は渋面になった。
「……何だよ」
「いや……きちんと塞がったな、と」
男の指先が傷跡をなぞる。でこでこと盛り上がった皮膚は既に塞がり、皮下の痛みは既にない。
「何だ、嬉しくなさそうだな」
「……べっつにー……あんたの言う通りになって、癪だとか思ってる訳じゃねーし」
「癪なのか」
くつと男が喉を鳴らした。驚いて見上げる先、無骨な口の端が仄かに持ち上がっている。不器用な笑顔だった。
じんわりと、男の触れた腹部が熱くなる。欲情ではないそれが、何なのか。考えるのは今の混乱した頭では無理そうだ。少年は金髪の頭をがしがしと掻いた。
「もういいって、離せよ、レオニード」
「……レオ、」
「え?」
「レオ、でいい」
「……あっそ、……じゃあ、離せよ、……レオ」
改めて呼ぶ名は気恥ずかしく、少年は顔を逸らす。苦笑の気配と離れていく掌が、やけに物悲しく感じられた。
レオと呼ばれた男は、ふと身を屈め少年に顔を近付ける。
「それで……お前は何と呼べば良いのだ、第三聖女」
何気なく聞かれたようで、言葉の裏に真剣さが滲んでいる。漆黒の獣の何処か緊迫した居住まいに、少年も身を強張らせた。応じなければならない。だが、何と言えば良い。
かつてはその男の失望を恐れていた。侮られ、軽視されることを恐れていた。だが今はどうだ。
憐れまれること。愛されたことのない子だと知られること。それが何より、耐え難くなってしまっていた。
返答のない少年に、傍らの気配がふっと離れる。俯いた少年はその顔を直視出来ない。
「いや……いい。言いたくないのならば、無理には」
平静を装った口調に僅か感じられる堅さが、また二人の距離を作り出すのだと感じられた。それは嫌だった。嫌なのに、言葉が出ない。そんな自分が、一番嫌だった。
「ごめ……ごめん、なさい」
絞り出した声音は震えている。惨めだった。余りにも。
こんな身でありたいなどと思ったことなど一度もない。娼婦の子として生まれたことも、捨てられたことも、聖女の〝ギフト〟を持って生まれたことも、全て少年が望んだことではない。親の借金を背負ったことも、見知らぬ男たちの性を処理して金を稼いでいたことも。何一つとしてこの身が少年の思い通りになったことなどないのだ。
「ごめ、ん……言え、ない……っ」
喉に詰まった声は掠れ、消えきらない傷跡に落ちる。惨めだった。ぐしゃぐしゃの下半身よりも何よりも、己の存在が一番惨めったらしい。
唇を噛み締める。涙は出ない。
腹部に冷たい感触がする。濡れたタオルが柔らかく腹部を拭う。何かを飲み込む気配が、傍らからした。それが諦めなのか失望なのかは、分からない。
「……無理に聞きたい訳ではない。言えない理由があるのならば、構わない」
柔らかな声音の奥にほんの少しの寂しさを、見出してしまうのは少年の心根の所為だろうか。ごめん、謝るのも違う気がして、少年は小さく首肯する。
いつか言うから。小さく呟いた言葉は届いたかどうか分からない。
言えるのかどうかも分からない。愛のない結婚だった。愛が欲しいなどと、願えた立場ではないのだから。
溜め息一つ、それだけで脇腹に鋭痛が走る。仰々しく巻かれた包帯の下、裂かれた皮膚はじくじくと疼き、巻かれた布を紅く濡らしている。
声を上げるのも億劫だ。だが、部屋の外を熊のように歩き回る気配が気になって寝られやしない。ベッドに横たわり腹を押さえながら、少年は扉の向こうに居るだろう相手に声を掛けた。
「なあ、いい加減入るなら入ってくんねぇ? 気持ち悪ぃんだけど」
扉の前で、ぴたりと気配が止まった。
暫し逡巡の後、ゆっくりとドアが開けられる。実に覇気のない男が入って来た。
漆黒の瞳は力なく伏せられている。孤高の出で立ちは何処へやら、今やしょぼくれた捨て犬にしか過ぎない。
「……何突っ立ってんの」
仕方なくぶっきらぼうに告げる。怖ず怖ずと部屋に入って来た男は、寝台の傍らに跪いた。
慌てて少年は上掛け布団を腹の上まで引き上げた。包帯を巻いた上半身は服を着ていないが、隠すのは半裸を晒していることが理由ではない。寧ろ原因は上ではなく、下にある。障りがあるのは己の特性の所為であるが、余り他者に悟られたいものでもなかった。
「……傷の具合は」
低い声が跪いた男から発せられる。その響きに、疵ではない部分がずくりと疼いた。腹立たしいことに、男の存在が次第に少年を昂ぶらせていく。
内に向かう力が強いと、大聖女は言っていた。実際、内なる奇跡のお陰で、少年は一命を取り留めた。
赤竜の棘の付いた尾に脇腹を裂かれた少年は、意識不明の重体となった。しかし、竜が飛び去った後、運び込まれた城内で手当をした医師は驚いたと言う。裂かれた腹は既に塞がり掛け、失血死してもおかしくない程の出血も止まり掛けていたのだ。
丁重に包帯を巻かれ、自室で安静にと寝かされた少年は、意識を取り戻して余りの不快さに吐き気すら催した。これは死んだなと自分でも思った重体から、目覚めれば下腹部は欲情を示し、解放を求めて疼いていたのだから。
反吐が出る。全身を巡る聖女の力は活発に、少年の疵を癒すと共にその一点に熱を収束させる。正に発情、少年の嫌悪する力に生かされた。その事実に腹を立てれば立てる程、疵痕と下腹部は疼き、少年を苛んでいた。
「……大したこたねーよ、俺、生命力だけは強いから」
ぶっきらぼうに言い放つ、それが誤魔化しでしかないことは自分が良く知っている。
適当にあしらえばさっさと退室すると思っていた男は、何故だかベッドの脇にうずくまったまま動かない。罪悪感を抱いているのか。莫迦な。赤竜が現れたのも少年が襲われたのも、この男の所為などではないというのに。
「大したことない訳がないだろう。見せてみろ」
「っば……っか! 大丈夫だっつってんだろーが! 布団剥ぐなやめ……ッ!!」
抵抗も虚しく上掛けを剥ぎ取られる。立ち上がり布団を剥いだ男は、ぴたりと動きを止めた。かあっ、と頬まで血が上る。包帯の巻かれた腹の下、ズボンの膨らみを確と目撃され、少年は羞恥で顔から火が出そうだった。
沈黙した男は少年の下腹部を見つめたまま硬直している。せめて何か言いやがれ。苛々しながら少年は脇腹が痛むのも構わず手に取った枕を投げ付けた。
「別に! 好きで! こうなってる訳じゃ! ねーからな!!」
「……何も言っていないが」
「何か言えよ! っ俺が! ……俺だって、聖女の力でこんなんなってるだけで……っ俺が、好き好んでこんなん、なってる訳じゃ……ねーよ……」
取り留めのない反発は力なく立ち消える。いつだってそうだった。いつだって、欲情は少年の意志と遠い場所にある。孤児院にいた頃は、他人の欲望に晒されていた。聖女になってからは、それは己の内に入り込み、制御の利かない処でのた打ち回っている。
耐え難かった。いっそ屈辱的ですらある発情に身を苛まれ、少年は俯いた。頭に枕をぶつけられた男は、何も言わず沈黙している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
不意に、男の手が少年の下肢に触れた。
布越しに昂ぶりに掌が触れ、少年の全身が粟立つ。
「っば、あんた、何やって……?!」
「これも聖女の力の影響なのか?」
「そ、……だから、言ったじゃねーか、って、動かすなって……っ」
熱量を持ったそこをゆったりと掌が擦る。堪らず少年は身を捩った。
「い……って、」
「暴れない方が良い、傷も未だ塞がってないのだろう?」
「っだったら、その手、止めろって……っ」
脇腹の痛みに呻く少年の膨らみを、無骨な掌が撫で上げる。口から零れそうになる甘い吐息を、少年は手で塞いで抑えた。
情感を煽る手の動きに、生じた熱は全身を駆け巡る。ふ、と口から漏れる吐息に色が滲むのは、最早止めようはなかった。
「癒しの力を使うと、発情するのだろう?」
低い声音を耳元に吹き込まれると、掌の下で欲望が震える。漆黒の瞳が少年を見詰めた。獣の眼光に射抜かれ、息が止まる。
「ならば、発情すれば傷も早く治る。……違うか?」
違う、と言いたかった。けれど言えなかった。思い出す。初めて癒しの力を発動した時に、体に欲望が巡ると同時に頬の腫れが引いたことを。
強ちそれは間違いとも言えず、言葉に詰まる内に少年の欲情を擦る手の動きは激しくなっていく。
「や、め……頼むから、やめて、くれ……っ」
弱々しい依頼は懇願じみていて、自分の口から零れたと思えない程に惨めだ。手の動きは一層激しくなり、遂にはズボンの隙間から入り込んで来る。下着の中に滑り込んだ掌が熱い少年の昂ぶりを握り込み、上下に荒々しく動く。無骨な指先が根本の浮き出た血管に触れ、自然と腰が浮いた。
「ここ、か?」
「っあ、そこ、だ……めだ、って……ぁっ……」
執拗に根本を擦られ、少年は仰け反った。剥き出しになった先端にじんわりと透明な蜜が滲む。完全に反り返った裏筋を辿り、濡れた根本はより滑らかな指の動きで性感をくすぐられた。
誰にもさせたことがないのに。他人の性を煽ることはあっても、自分の身には触れさせない。それが少年の矜持であり、唯一の生命線であったのに。
暴かれてしまう。何もかもが。
「アッ、は……ぁあ、……も、出る、からぁ……っ」
甘い少年の呻きに、大きな掌が欲望を包み、激しく上下に扱き上げる。足の指先がシーツを握り締め、内腿が大きく震えた。二度、三度、痛む筈の腹筋は引き攣れ、欲望を吐き出そうと痙攣する。
「――――レ、オ……ん、ぅ……っ」
無意識に呼ぶ名に、包み込む指先が強くなる。声にならない嬌声を上げ、少年は果てた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。
頭から布団に包まり、少年は恥辱に震えていた。
一体何だってこんなことになってしまったのか。自問しても当然答えは出ない。
「……いい加減出て来たらどうだ」
上掛けの外から困ったような声がする。誰の所為だと思っているのだ。少年は布団の隙間から碧の瞳を覗かせ、傍らの男を睨み付けた。
良いように少年の下半身を弄んだ男は、白濁で汚れた掌を濡れたタオルで拭うと、何故か少年の部屋に居座っている。気拙い、恥ずかしい、腹立たしい。さっさと出て行けば良いものを、そのまま少年の身すら清拭しようとするので、布団に包まり防ぐ羽目に陥ったという訳だ。
下半身がべたべたして気持ちが悪い。だと言うのに男は去ることもせず、あろう事か少年の布団に手を掛けた。
「出る訳! ねーだろ! っつーか布団剥ごうとすんな、さっきそれであんなことになったんだろ!! 反省しねーのかあんた?!」
「反省はしない。いいから見せろ、傷が悪化していたらどうする」
「っだから、止めろって!!」
またもや強引に、頭から被っていた上掛けを剥ぎ取られる。包帯は白濁にまみれ、ズボンの裾から引きずり出された性器は既に力なく垂れ下がっている。余りにも惨めな下半身を晒すことになり、少年はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「何で待てが聞けないんだ、あんたは! 躾のなってない犬かよ!」
「見せてみろ」
少年の皮肉など意にも介さず、男は少年の汚れも厭わず包帯に手を掛ける。最早抵抗するのも虚しく、少年は包帯が解かれていくのを只見ていた。
濡れた包帯を床に放り投げた男の手が、腹部をなぞる。既に発情の余韻すらもなく、ひたすらくすぐったいだけの感触に、少年は渋面になった。
「……何だよ」
「いや……きちんと塞がったな、と」
男の指先が傷跡をなぞる。でこでこと盛り上がった皮膚は既に塞がり、皮下の痛みは既にない。
「何だ、嬉しくなさそうだな」
「……べっつにー……あんたの言う通りになって、癪だとか思ってる訳じゃねーし」
「癪なのか」
くつと男が喉を鳴らした。驚いて見上げる先、無骨な口の端が仄かに持ち上がっている。不器用な笑顔だった。
じんわりと、男の触れた腹部が熱くなる。欲情ではないそれが、何なのか。考えるのは今の混乱した頭では無理そうだ。少年は金髪の頭をがしがしと掻いた。
「もういいって、離せよ、レオニード」
「……レオ、」
「え?」
「レオ、でいい」
「……あっそ、……じゃあ、離せよ、……レオ」
改めて呼ぶ名は気恥ずかしく、少年は顔を逸らす。苦笑の気配と離れていく掌が、やけに物悲しく感じられた。
レオと呼ばれた男は、ふと身を屈め少年に顔を近付ける。
「それで……お前は何と呼べば良いのだ、第三聖女」
何気なく聞かれたようで、言葉の裏に真剣さが滲んでいる。漆黒の獣の何処か緊迫した居住まいに、少年も身を強張らせた。応じなければならない。だが、何と言えば良い。
かつてはその男の失望を恐れていた。侮られ、軽視されることを恐れていた。だが今はどうだ。
憐れまれること。愛されたことのない子だと知られること。それが何より、耐え難くなってしまっていた。
返答のない少年に、傍らの気配がふっと離れる。俯いた少年はその顔を直視出来ない。
「いや……いい。言いたくないのならば、無理には」
平静を装った口調に僅か感じられる堅さが、また二人の距離を作り出すのだと感じられた。それは嫌だった。嫌なのに、言葉が出ない。そんな自分が、一番嫌だった。
「ごめ……ごめん、なさい」
絞り出した声音は震えている。惨めだった。余りにも。
こんな身でありたいなどと思ったことなど一度もない。娼婦の子として生まれたことも、捨てられたことも、聖女の〝ギフト〟を持って生まれたことも、全て少年が望んだことではない。親の借金を背負ったことも、見知らぬ男たちの性を処理して金を稼いでいたことも。何一つとしてこの身が少年の思い通りになったことなどないのだ。
「ごめ、ん……言え、ない……っ」
喉に詰まった声は掠れ、消えきらない傷跡に落ちる。惨めだった。ぐしゃぐしゃの下半身よりも何よりも、己の存在が一番惨めったらしい。
唇を噛み締める。涙は出ない。
腹部に冷たい感触がする。濡れたタオルが柔らかく腹部を拭う。何かを飲み込む気配が、傍らからした。それが諦めなのか失望なのかは、分からない。
「……無理に聞きたい訳ではない。言えない理由があるのならば、構わない」
柔らかな声音の奥にほんの少しの寂しさを、見出してしまうのは少年の心根の所為だろうか。ごめん、謝るのも違う気がして、少年は小さく首肯する。
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