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一章 夕凪モラトリアム
2-1
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自転車で国道沿いの路肩を走っていると、道の先に見覚えのある金髪頭があった。
「おーい! 凪!」
チャリを全力で漕ぎ、その背に追い付く。大声で呼び掛けられた白瀬凪は、ぎょっとしたように振り返った。
「……真壁」
「お、名前覚えててくれたんだ。友哉でいいよ」
「声を掛けるなと言ったろ、真壁」
頑なに名を呼ぶ気はないらしい凪に、友哉はからからと笑った。
自転車を降りて隣を歩き始める友哉に、凪がまたぎょっとしたように青い目を見開く。
「何でだよ」
「いや、どうせ同じ方向だろ? 俺今日登校初日だし、一緒に行った方が効率的じゃん」
「何処が効率的なんだ。意味が分からない。離れろ」
肩に掛けたスクールバッグの持ち手をぎゅっと握り直すと、凪は早足になる。昨日見かけたのと同じ白のシャツと黒のスラックスの制服に、今日は首元に赤のストライプのネクタイを結んでいる。
対する友哉は、白シャツは同じだが、ズボンは前の学校の灰色のものだ。せめてネクタイはあった方が良かったかも知れない。思う友哉を、凪は胡乱な目で見る。
「制服、間に合わなかったのか?」
「んー、元々作る気ないしなあ」
「……それは許されるのか?」
「まあ、家庭の事情だから。俺の叔父さん、引っ越し好きって言ったろ? 最短で何と、一ヶ月!」
「……それは……確かに、制服変えたくもなくなるな」
些か同情的になったのか、凪の歩調が緩まる。自転車を押しながら、友哉は隣で苦笑した。
「中学までは義務教育だったから何とかなったんだけどさあ、高校は正直あんまぽんぽん変えられるもんでもないし。出来れば卒業まで居させて貰いたいもんだけど」
編入試験でそうそう落ちないだけの自信はあるが、だからといって何度もやりたいものでもない。とはいえ、全ては叔父の創作意欲にかかっている。あっさり書き上げるか、それとも難航するか、この田舎町でのインスピレーション次第だ。
「……こんな田舎の高校に卒業までいるだなんて、それはそれで気の毒なことだな」
ぼそりと凪が呟く。昨日から言葉の端々に感じていたことだが、どうやら凪はこの町が好きではないらしい。
田舎田舎、と凪は言うが、正直各地方を転々として来た友哉にとっては、まあ田舎ではあるが、そんなに嘆く程には辺境でもないとは思っている。
食品と衣類を扱っている大型スーパーがあるし、駅まで行けば二十四時間ではないけどコンビニだってある。海辺は夏になればそれなりに海水浴客も訪れそうな観光地と言えるし、だから、この町は田舎にしてもそれなりに栄えた田舎と言って良い。恐らくここで育った凪にはそれが見えないのだろう。
友哉は肩を竦めて見せた。自由に高校を選べた筈なのに敢えて不自由な田舎を選んだ友哉と、窮屈そうに田舎に閉じこめられている凪と、どちらがより大変かなんて、比べようもないものだから。
「……それよりあんた、学校では俺に話しかけるなよ」
「それ昨日も言ってたな。何でだよ、折角出来た知り合いなんだから、話しかけさせろよ水臭い」
「駄目なものは駄目だ」
「凪が俺のこと嫌いで話しかけんな、ってんなら聞くけど。でもこうして会話してくれるってんなら、そうじゃないんだろ?」
凪は押し黙った。憂鬱そうな歩調が一層重くなる。
「……嫌いと言える程、俺はあんたを知らない」
「だろうな。俺もお前のこと知らないし。薄情な言い方だけど、知る必要もないし」
「……いつ引っ越すか分からないから?」
「そ。だから悪いけど、凪の事情とか関係なく、全然普通に話しかけるわ」
悪いな、と言い捨て、友哉は空虚に笑う。引っ越しが叔父の悪癖なら、人間関係の構築に心を砕けないのが友哉の悪癖だった。
小学校の頃はそれでも、何とか前の学校の友達とも手紙のやりとりをしたり、新しい学校で友達を作ったりと、努力をしていた筈だ。けれどそれらはいつでも無に帰した。折角構築した友情は転校と共にリセットされ、手紙はいつしか届かなくなった。
前の高校でもそれなりに友人はいた方だが、もうLINEの一つも送っていない。きっとここでもそうなる。その確信が友哉を不躾で軽薄な人間に仕立て上げていた。
「…………好きにしろよ、もう」
ぶっきらぼうに言い捨て、凪は再びスクールバッグの持ち手を握り直す。細い唇を結び足早になる様は意固地な子供のようで、苦笑しながら友哉は、その背中を追った。
「おーい! 凪!」
チャリを全力で漕ぎ、その背に追い付く。大声で呼び掛けられた白瀬凪は、ぎょっとしたように振り返った。
「……真壁」
「お、名前覚えててくれたんだ。友哉でいいよ」
「声を掛けるなと言ったろ、真壁」
頑なに名を呼ぶ気はないらしい凪に、友哉はからからと笑った。
自転車を降りて隣を歩き始める友哉に、凪がまたぎょっとしたように青い目を見開く。
「何でだよ」
「いや、どうせ同じ方向だろ? 俺今日登校初日だし、一緒に行った方が効率的じゃん」
「何処が効率的なんだ。意味が分からない。離れろ」
肩に掛けたスクールバッグの持ち手をぎゅっと握り直すと、凪は早足になる。昨日見かけたのと同じ白のシャツと黒のスラックスの制服に、今日は首元に赤のストライプのネクタイを結んでいる。
対する友哉は、白シャツは同じだが、ズボンは前の学校の灰色のものだ。せめてネクタイはあった方が良かったかも知れない。思う友哉を、凪は胡乱な目で見る。
「制服、間に合わなかったのか?」
「んー、元々作る気ないしなあ」
「……それは許されるのか?」
「まあ、家庭の事情だから。俺の叔父さん、引っ越し好きって言ったろ? 最短で何と、一ヶ月!」
「……それは……確かに、制服変えたくもなくなるな」
些か同情的になったのか、凪の歩調が緩まる。自転車を押しながら、友哉は隣で苦笑した。
「中学までは義務教育だったから何とかなったんだけどさあ、高校は正直あんまぽんぽん変えられるもんでもないし。出来れば卒業まで居させて貰いたいもんだけど」
編入試験でそうそう落ちないだけの自信はあるが、だからといって何度もやりたいものでもない。とはいえ、全ては叔父の創作意欲にかかっている。あっさり書き上げるか、それとも難航するか、この田舎町でのインスピレーション次第だ。
「……こんな田舎の高校に卒業までいるだなんて、それはそれで気の毒なことだな」
ぼそりと凪が呟く。昨日から言葉の端々に感じていたことだが、どうやら凪はこの町が好きではないらしい。
田舎田舎、と凪は言うが、正直各地方を転々として来た友哉にとっては、まあ田舎ではあるが、そんなに嘆く程には辺境でもないとは思っている。
食品と衣類を扱っている大型スーパーがあるし、駅まで行けば二十四時間ではないけどコンビニだってある。海辺は夏になればそれなりに海水浴客も訪れそうな観光地と言えるし、だから、この町は田舎にしてもそれなりに栄えた田舎と言って良い。恐らくここで育った凪にはそれが見えないのだろう。
友哉は肩を竦めて見せた。自由に高校を選べた筈なのに敢えて不自由な田舎を選んだ友哉と、窮屈そうに田舎に閉じこめられている凪と、どちらがより大変かなんて、比べようもないものだから。
「……それよりあんた、学校では俺に話しかけるなよ」
「それ昨日も言ってたな。何でだよ、折角出来た知り合いなんだから、話しかけさせろよ水臭い」
「駄目なものは駄目だ」
「凪が俺のこと嫌いで話しかけんな、ってんなら聞くけど。でもこうして会話してくれるってんなら、そうじゃないんだろ?」
凪は押し黙った。憂鬱そうな歩調が一層重くなる。
「……嫌いと言える程、俺はあんたを知らない」
「だろうな。俺もお前のこと知らないし。薄情な言い方だけど、知る必要もないし」
「……いつ引っ越すか分からないから?」
「そ。だから悪いけど、凪の事情とか関係なく、全然普通に話しかけるわ」
悪いな、と言い捨て、友哉は空虚に笑う。引っ越しが叔父の悪癖なら、人間関係の構築に心を砕けないのが友哉の悪癖だった。
小学校の頃はそれでも、何とか前の学校の友達とも手紙のやりとりをしたり、新しい学校で友達を作ったりと、努力をしていた筈だ。けれどそれらはいつでも無に帰した。折角構築した友情は転校と共にリセットされ、手紙はいつしか届かなくなった。
前の高校でもそれなりに友人はいた方だが、もうLINEの一つも送っていない。きっとここでもそうなる。その確信が友哉を不躾で軽薄な人間に仕立て上げていた。
「…………好きにしろよ、もう」
ぶっきらぼうに言い捨て、凪は再びスクールバッグの持ち手を握り直す。細い唇を結び足早になる様は意固地な子供のようで、苦笑しながら友哉は、その背中を追った。
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