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一章 夕凪モラトリアム
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開け放たれた引き戸の向こう、玄関に数個詰まれた段ボールに、友哉はおやと眉を上げた。思ったより到着が早い。そして荷が少ない。
嫌な予感を抱きつつ、友哉は玄関に入る。たたきに脱ぎ捨てられたサンダルはもう数年来叔父が使っているもので、底がすり減っているのに廃盤だから同じのが手に入らないのは嫌だと、買い換えを渋っているお古だ。
サンダルを揃え、廊下に足を踏み入れる。正面の暗がりにある急勾配の階段は、二階の和室に繋がるものだろう。右手の部屋からカタカタと音がした。半開きの襖から顔を覗かせる。
「おー、ただいまおかえり、友哉君」
何もない殺風景な和室に、見慣れた卓が置かれている。丸い焦げ茶の仕事机にノートパソコンを広げ、こちらを振り返りもせずキーボードを叩いているのは、見間違いようもない、友哉の叔父だった。
「おかえり、ただいま? いらっしゃい? 早かったね、叔父さん。もしかしてまた家電捨てちゃった?」
「隣のアパートのインド人に声かけたら、喜んで貰ってったよ。大体あんなものは耐用年数の割に輸送費が掛かりすぎる。こっちにも大型スーパーはあるんだ、そこで用立てた方が効率的だろう」
「まー、そうかも。そうかな? で、いつ買いに行く? この後?」
「いや、ちょっと、今いい所で……」
カタカタとキーボードを叩く叔父の声が途切れる。こうなったら今夜、どころか暫くは人間らしい生活は諦めないといけないらしい。げんなりと友哉はぞんざいに後ろでくくられた叔父の後ろ髪を眺めた。
叔父は著名な作家で、出版すれば大抵の本は飛ぶように売れる。だが、執筆速度にはムラがあり、行き詰まると兎に角住居を変えたがるのが悪癖だった。
環境を変えて早速筆が乗ったのか、猫背でノートパソコンに向かう叔父が、こうなったら梃子でも動かないことを友哉は知っている。まあ別に多少ものがなくても死にはしないし。悲しいかなこんな状況に慣れっこの友哉は、さして嘆きもせず叔父に問いかけた。
「あー、飯はどうする? 何もなければ散歩がてら買ってくるけど」
「…………………………そっちに」
集中している叔父からの返答は遅かった。生欠伸をかみ殺しながら和室の片隅を見れば、お茶や水のペットボトルや、サンドイッチやおにぎりなどの軽食がスーパーの袋にぞんざいに詰め込まれていた。
「やったー、あんがと、半分貰ってくよ」
今度は返答はなく、只カタカタとキーボードを打ち込む音が響く。叔父にしては気が利く所業に些かうきうきと、2リットルの麦茶とおにぎりを幾つかひっつかむ背に、ふと、叔父の声が掛けられる。
「お前、随分機嫌が良さそうだ」
「え、そう?」
「ああ、海に行ったのか。……海の匂いがする」
海の匂いと、機嫌が良さそうに見えた関係性はさっぱり分からなかったけれど、友哉は二の腕辺りをくんくん嗅ぎながら首を傾げる。機嫌は確かに悪くない。良いと言ってもいい。こんな片田舎に越して来て、家具も家電も何もなく、不機嫌になっても良さそうな状況ではあるが。
だが、機嫌は悪くなかった。
「海に、会ったからかな」
精々が詩的な表現をしてみた台詞は、キーボードの音で黙殺された。些か恥ずかしくなりながら、友哉は食料を手に、急勾配の階段を上る。二階の廊下の先の和室は、窓を開けっ放しにしていた所為か生温い風が吹き込んでいた。
海の匂いだ。先程まで凪と会っていた砂浜は、夕闇に沈んでいる。
――学校で会っても知らん顔してろよ。
思春期の子供みたいなことを言い捨てる凪を思い出しながら、友哉は口の端に笑みを浮かべる。機嫌は悪くない。寧ろ、すこぶる良い。多分きっと、この先もっともっと良くなるだろう。そんな予感が、した。
嫌な予感を抱きつつ、友哉は玄関に入る。たたきに脱ぎ捨てられたサンダルはもう数年来叔父が使っているもので、底がすり減っているのに廃盤だから同じのが手に入らないのは嫌だと、買い換えを渋っているお古だ。
サンダルを揃え、廊下に足を踏み入れる。正面の暗がりにある急勾配の階段は、二階の和室に繋がるものだろう。右手の部屋からカタカタと音がした。半開きの襖から顔を覗かせる。
「おー、ただいまおかえり、友哉君」
何もない殺風景な和室に、見慣れた卓が置かれている。丸い焦げ茶の仕事机にノートパソコンを広げ、こちらを振り返りもせずキーボードを叩いているのは、見間違いようもない、友哉の叔父だった。
「おかえり、ただいま? いらっしゃい? 早かったね、叔父さん。もしかしてまた家電捨てちゃった?」
「隣のアパートのインド人に声かけたら、喜んで貰ってったよ。大体あんなものは耐用年数の割に輸送費が掛かりすぎる。こっちにも大型スーパーはあるんだ、そこで用立てた方が効率的だろう」
「まー、そうかも。そうかな? で、いつ買いに行く? この後?」
「いや、ちょっと、今いい所で……」
カタカタとキーボードを叩く叔父の声が途切れる。こうなったら今夜、どころか暫くは人間らしい生活は諦めないといけないらしい。げんなりと友哉はぞんざいに後ろでくくられた叔父の後ろ髪を眺めた。
叔父は著名な作家で、出版すれば大抵の本は飛ぶように売れる。だが、執筆速度にはムラがあり、行き詰まると兎に角住居を変えたがるのが悪癖だった。
環境を変えて早速筆が乗ったのか、猫背でノートパソコンに向かう叔父が、こうなったら梃子でも動かないことを友哉は知っている。まあ別に多少ものがなくても死にはしないし。悲しいかなこんな状況に慣れっこの友哉は、さして嘆きもせず叔父に問いかけた。
「あー、飯はどうする? 何もなければ散歩がてら買ってくるけど」
「…………………………そっちに」
集中している叔父からの返答は遅かった。生欠伸をかみ殺しながら和室の片隅を見れば、お茶や水のペットボトルや、サンドイッチやおにぎりなどの軽食がスーパーの袋にぞんざいに詰め込まれていた。
「やったー、あんがと、半分貰ってくよ」
今度は返答はなく、只カタカタとキーボードを打ち込む音が響く。叔父にしては気が利く所業に些かうきうきと、2リットルの麦茶とおにぎりを幾つかひっつかむ背に、ふと、叔父の声が掛けられる。
「お前、随分機嫌が良さそうだ」
「え、そう?」
「ああ、海に行ったのか。……海の匂いがする」
海の匂いと、機嫌が良さそうに見えた関係性はさっぱり分からなかったけれど、友哉は二の腕辺りをくんくん嗅ぎながら首を傾げる。機嫌は確かに悪くない。良いと言ってもいい。こんな片田舎に越して来て、家具も家電も何もなく、不機嫌になっても良さそうな状況ではあるが。
だが、機嫌は悪くなかった。
「海に、会ったからかな」
精々が詩的な表現をしてみた台詞は、キーボードの音で黙殺された。些か恥ずかしくなりながら、友哉は食料を手に、急勾配の階段を上る。二階の廊下の先の和室は、窓を開けっ放しにしていた所為か生温い風が吹き込んでいた。
海の匂いだ。先程まで凪と会っていた砂浜は、夕闇に沈んでいる。
――学校で会っても知らん顔してろよ。
思春期の子供みたいなことを言い捨てる凪を思い出しながら、友哉は口の端に笑みを浮かべる。機嫌は悪くない。寧ろ、すこぶる良い。多分きっと、この先もっともっと良くなるだろう。そんな予感が、した。
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